推しの為に私、義姉兼主人公になります!

沙羅音(さらね)

プロローグ

 ーー何で私、こんな事になってるんだろう。


 彼女は思う。

 血溜まりの中に寝転ぶ自分に対して思う。


 ーーあーあ、肺も一部やられてるか、息しにくいし。


 思わず溜息を吐こうと口を動かせば、零れ落ちるのは赤みの帯びた黒い液体。ごぼっといった鈍い音が聞こえ、呼吸が急激に荒々しくなる。体は酷く損傷しており、痛覚はとうとうイカれ、内臓も機能が一部止まりかけているのが分かる。冷静でいられるのは、これが初めてという訳ではないからか。


 ーーだから止めとけば良かったのよ、冒険者なんて。


 もう一度溜息を吐きそうになるのをどうにか止め、彼女は心の中で溜息を吐く。


 ーーそうよ、私、平凡なんだもの。


 先程まで薄っすらと残っていた意識も朦朧とし、思考さえ鈍り始めた。


 暗い。


 目も見えず、感覚もない。


 彼女の目に灯されていた光が消える。


 ただ暗闇の中に1人佇み、このまま息絶えるのを待つかのようにそこにいる。


 ーーもう、ここまでなのかも。


 自分が成せるのはここまでだ、これ以上は無理だと心が働きかけ、それに答えるかのように彼女の体は生命力を失っていく。


「ーー」


 そんな中自分の名前を呼ぶ声は、随分と聞き慣れた心地の良いものだ。……彼だ、と彼女は危機的状況にも関わらず深い安堵を覚える。


 ーーとうとう幻聴まで聞こえてくるようになったわ。今彼は


 今聞こえている声は自分が妄想で創り上げた幻聴で心の願望だと、彼女は信じて疑わなかった。最期のお迎えが彼なら死ぬのも悪くはないな……なんて、単純な自分に思わず笑いが込み上げそうになる。



「ーー……おい、ーー!! 」


「お前……こんな所で死ぬつもりじゃないだろうな」


 ーー幻聴の割にはリアルね。彼が言いそうだわ。


 彼女の中では、幻聴以外の何物でもない。しかし、朦朧とした意識の中やけにクリアに聞こえてくるその声に、思わず希望を抱かずにはいられなかった。

 

「自分の目的、果たさないのかよ」


 ーー目、的?


 彼女の虚ろな瞳にほんの少しだが光が灯る。

 

 今まで危機的状況に見舞われる事など何度もあった。それでも諦めず進んできたのには、彼女に確かな目的があったからだ。


「ここで諦めるのか? お前の愛ってやつは、その程度だったのかよ」


 そうだ、彼女は"彼"の為に冒険者となり、"彼"の為に今ここにいる。そこに存在する愛は、この程度で揺らぐようなものではない。彼女はそれを再び思い出し、心を奮い立たせる。


 ーーそうよ。何でこんな所で寝転んでるのよ、私。


 彼女の先程まで閉ざされていた世界に一筋の光が差し込む。



 

 目を覚ますとそこには"彼"がいた。


「ようやく起きたか、このねぼすけ」


「ゔるさい゙……ごほっ、何で貴方が出できてる゙のよ゙……」


「あいつが"気絶"しやがったから、俺が出てきた。意外と元気……と、そうでもなさそうだな。ほれ」


 彼は少し大きめなアンプル管の先をへし折ると、瑠璃色の液体を彼女の口に流し込む。急な液体の流入に彼女は大きく咳き込んだ。

 しかし、先程のように赤黒い液体が彼女の口から出てくる事はない。彼女の体のあらゆる外傷、見目ではわからない体内の損傷、その全てが治癒したからだ。


「ごほっ、ごほっ……いきなり流し込む事ないじゃないの」


「そんな事も言ってられない状況だっただろ?」


「うん、そうね。ありがとう」


 彼女がそう言うと、彼は安心したのかフッと微笑む。随分見慣れた顔ではあるが、いつもと表情が違う彼に思わずドキリと心がざわついた。


「それで? ここからどうする。"エマ"」


「どうするも何も"アイン"、やるしかないでしょ?」


「お前、さっきまで随分と負傷してた癖に大丈夫なのか?」


「大丈夫よ。それに……約束したもの。覚えてるでしょ?」


「……勿論だ」


「なら……やるのよ。アイン、貴方にとって特にメリットはないわ。それでも私は……約束を守りたい。だから手を貸して」


「……仕方ないな」


 アインはエマの真剣な眼差しを受けると深く頷きを返した。エマはその返答に思わず笑みを溢す。


「それに他にも理由があるんだろ?」

 

 アインは、少し仕返しとばかりに、にやりとした笑みを浮かべてエマを煽る。全て知ってるぞというその笑みは、煽るどころか彼女に安心感を与える役割を担った。


「……分かってるくせに」


「あぁ、分かってるさ。」

 

 

 2人はまだ危機的状況から抜け出せた訳ではない。しかしそれでも、彼等は勝利の為には命をかけるのだろう。エマは、自分の使命を全うするのだろう。何故なら彼女は"己"をよく知っている。


 大事な人の為ならなんだって出来る事を、よく知ってる。




「……だって私」


 

 

 ーー主人公おねえちゃんだもの。





これは、主人公になってしまった

とある義姉の物語。

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