恐怖 『エレベーター』

やましん(テンパー)

 『エレベーター』



 『これは、すべて、フィクションです。この世とは、一切無関係です。』




       


 『おい、やましん』


 また、部長に呼ばれた。


 『なんれすか?』


 わが、課長も、部長も後輩で、年下である。


 楽しくってしょうがない、と、いうほどではない。


 しかし、向こうが、先に昇進したんだから、仕方ない。



 外に出れば、ぼくは、市民オーケストラのコンサートマスターで、部長は第1ヴァイオリンのしたっぱである。  


 いっちゃわるいが、かなり、へったくそだ。


 楽譜もろくに読めてない。


 公私混同するなあ、は、部長の口癖である。


 だが、ぼくは、一応敬意は払っているつもりだが、あちらには、その気はないらしい。


 職場の地位は、あなたの意思に関わらず、勝手にお墓の中まで、もれなく、付いてくる。


 軍隊もそうらしいが。


 

 まあ、世の中、そんなもんだ。


 しかし、これも、楽しくってしょうがない、と、いうほどではないのだ。


 親せきのお墓に行けば、伍長で戦死したらしいご祖先様も、たいへん、立派なお墓が建っている。


 それは、財力というものかもしれない。


 それでも、退職後も、もと、上司を持ち上げて、楽しそうにやってる人はある。


 人徳というべきものだな。


 しかし、ぼくは、職場の地位なんて、職場の中だけに限ると思っている。


 上司は、演奏はへたくそなくせに、口はやたらに、たつ。


 部長は、社長の長男である。


 よくある、話だ。




 『あのな、これじゃ、つかえない。ぼつ。』


 ぼくが書いた企画書は、ゴミ箱へと消えた。


 ふつう、返してくれるものである。


 どんなにだめでも、それは、ぼくの分身だ。



 『おまえ、エレベーター行ってこい。はるか。下の方な。』


 『し、した、れすか?』


 『そう、はるか。下の方。ほら、突っ立ってないで、いますぐ。ダッシュ。役立たずめ、』


 部長は、ぼくのお腹を机の下から、足で押した。



 しかたない。


 

 わが社のエレベーターは、上側と下側が、突き抜けているのである。


 つまり、上は、最上階の上に『天国』がある。


 最高級レストランに、エステ、マッサージ、展望風呂、スイートルーム、みたいな宿泊施設。


 下は、言わずと知れた、『地獄』である。


 エレベーターの最下層の、さらにその下にある。どちらも、表向きのスイッチはない。


 というか、普段は作動していない。


 部長などの命令が下った時だけ、命が吹き込まれるのである。


 おそらく、隠しスイッチの類いがあるのだろう。




    ・・・・・・・・・・



 地獄の門が開いた。


 『くわあー! またきたかあ! 役立たずめ。女王さまのおいたわりからだあ。』


 なに、喰ったのかしらないが、地獄課長のお出迎えである。


 これで、一応、礼儀は払っているのだ。


 つまり、ぼくは、係長だから、出迎えは、課長以上でなければ、ならないわけだ。


 感心している間もなく、ぼくは蹴飛ばされて、第1の部屋に転がり込んだ。 

  

 美しそうだが、じつは、もう、50代の女王さまである。


 マスクはしているが、見え見えなのだ。


 本職は、社長の奥さんである。


 会社では、専務さんになっている。


 『またきたかあ? なさけないわね。叩き直してあげるわ。』


 ぼくは、付き人に、上半身の服を脱がされた。


 びしーん、びしーん、ひゅわ〰️〰️〰️〰️。


 『ぎぇ〰️〰️❗』



 びしーん、びしーん、ひゅわ〰️〰️〰️〰️ん。


 『ヒェー〰️〰️〰️〰️。』


 手加減なしだ。


 どういう神経してるんだか、さっぱり、わからない。


 『まだまだあ。はじまったばかりだよ。』


 『ぎぇを〰️〰️〰️。おくさん、ぎえ。逮捕されるよ。近くに。ぎゅわあ〰️〰️〰️』


 『ふん、女王さまと、お呼び。あり得ない。そら。それはね。』


 社長は、たくさんの会社や、学校を持っていて、大統領とは、学生時代からの親友だそうだ。


 ばっちーん。びしーん、、ひゅわ〰️〰️



『どぎゅわあ〰️〰️ ❌❌❌。』



 意識が、遠退くような感じがした。


『ばかめ。寝るなあ。』


 奥さんに、蹴っ飛ばされて、また穴から下に落ちた。


 『とびゃあ〰️〰️』


 ぼくは、飛び上がった。


 それは、まさに、熱湯地獄である。


 まだ、地面が残ってる本島では、源泉が、100℃前後というのはあるらしいが、それは、ちょっとそのままには、浸かれない。

 

 湯船が50℃近いのもあるらしいが、ぼくは、猫舌。ねこ肌で、あついのは、苦手だ。


 寒いのもだめ。


 『おーらー、役立たずめ、ちゃんと入れぇ。』


 これは、まさに、50℃近くはあるだろう。


 サウナではない。


 お風呂である。


 この鬼が、ここの、生意気な主任である。


 『係長が聞いてあきれらあ。どじめ。役立たず。ごみ。できそこない。ばかやろう。ちゃんと、浸かれ。』


 長い棒の先に、太い竹を半分に割ったような、半円の頭が付いたもので、周囲をぐるぐる回りながら、ぼくの身体や頭をお湯のなかに押し込むのだ。


 しかも、なんだか、さらに、痛みが増すようだ。


 『こいつら、まだ、釜を炊いてるな。』


 そいつも、仮面を被っているが、ぼくには、声ですぐわかる。


 ぼくの、耳を甘く見るな。


 皆だれかは、分かっている。


 しかし、これは、殺されるな。


 ばかなとこに、就職したものだ。


 大企業のレッテルに引かれたからな。


 五千人以上の従業員を抱える会社が、これでは泣くな。


 『社長に、忠誠を誓えば、出してやる。』


 いつの間にか、部長か、副社長かが、現れていた。


 『社長に、忠誠を誓え。あたりまえの、事だろう。どこでも。それが、当たり前なんだ。会社も、国もだ。いいか、お前が、変なんだぞ。わかるか? 当たり前の、ことなんだから。』


 『もう、寝ます。』


 『ぱかやろ。寝るなあ。一言言えばよい。はい。と。社長に、忠誠を誓え。』


 『❌❌❌❌❌❌❌❌❌❗』注1)


 『なんだって?』


 『❌❌❌❌❌❌』注2)


 『分かったか?』


 『さぱり。もう、危ないです。』


 『仕方ない。引き上げろ。医務室に。』


 『は、ぴきびき。副社長。』


 


  ・・・・・・・・・・・・・・・・



 ぼくは、死ななかったが、生まれ故郷の海中都市からは、みごとに、放出された。


 撮影した動画は、おまけ付きにして、マスコミ各社に配信した。


 海中都市連合の本部、人権委員会にも。


 どうなるかは、知らない。



 そんなぼくの、新しい引き受け先の海中都市があるはずはなく、小型カプセルのなかで、ただ、ひたすら海の上を、浮いていた。


 だれも、拾ってくれないから、時間ワープもして、江戸時代の日本沿岸にもいったが、あっさり、お払い箱になった。


 しかたがないから、また、さらに、かなり未来に行った。


 人類はいなかった。


 やれやれ、やっと、休めるよ。


 このカプセルは、役に立つ。


 社会にいるより、倍は長生きできる。



 社会にいる意味なんて、なんだろう。


 

 それから、ぼくは、見つけた。


 宇宙に伸びる、ものすごく長いエレベーターだ。


 誰が作った。


 どこに、行くのだろう。



 興味津々だけれど、ぼくは、乗らなかった。


 昔ならば、乗ったろうに。


 ちょっと、怖すぎである。


 


 

注1)『うらがねつくったろ』



注2)『しょうこある』

 


 


            


 







 

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恐怖 『エレベーター』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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