8.反撃の兆し

 二人はドアを開けて壁にかけたランプを手に持って屋敷の長い廊下に歩く。


「……実はな、話したいことがあるんだ。聞いてくれるか」

「えーどうしよっかな~。こう言うのって碌な話じゃない気がすんのよねぇ~」


 マリアがからかい気味に北条に目線を送ると北条は少し気まずそうに目をそらした後〝駄目なのだろうか〟と尋ねるような目線を下から送った。


「もうっ。そんな目しなくても聞いてあげるわよ」

「ありがとう」

「はいはい―― ん? 部屋で話すんじゃないの?」

「いや、部屋じゃ駄目だ。物置まで行こう」

「……? まぁ……いいけど」


 わざわざ物置で話す理由が分からず彼女は不思議に思ったが、自室に洗濯かごを置いて北条の後を着いていった。


 地下の物置には窓がなく締め切られていて閉塞感から息苦しさを覚えてしまう。


 埃を被った絵画や骨董品。予備の家具などが此処には所狭しと置かれていた。

 膝の高さまでの机を挟んで向かい合った椅子が二つ。ランタンを机に置き二人は向かい合って座った。


 北条は一度マリアから目線を外し、自身の決意を改める。


「今から話すことはすべて真実だ――」


 北条は話した。

 帝國によって自身の転生は予測され街長に担ぎ上げられる筋書きが既にあった事。

 時計によって人が操られる事。

 パン屋の孫のセナが死んだのは自身の優柔不断が招いた結果である事。


 帝國の転生者に脅され魔者を狩っていた事。

 現在自分たちの動向は見えない監視者によって常に見張られているという事。

 帝國は悪である事。


 マリアはそれらを神妙な面持ちで聞いていた。


「――済まなかった。失う事の怖さからオレは抱え込んで、君の為だと自分に言い訳をして、現状を維持する事ばかり考えてた。もっと早く君に話しておくべきだった」

「…………そう。でも一つ気になるわね」

「なんだ?」

「きっかけ。アタシに話す気になったね。今日、何かあったんでしょ? 話して」

「……殴られた。同じ学舎のグライスという奴だ」

「へー。その子は友達なの?」


 マリアがそう言うと北条は表情を顰めた。


「あら、アンタがそんな顔するなんて珍しい」

「なんというか、とことん馬が合いそうもない奴なのに妙に言葉が刺さる。鏡に写った自分に罵倒されてるようなそんな感覚だ。だからこそ気付けたのかも知れないが」

「嫌いなんだ?」

「嫌いだ」

「へー……ちょっと会ってみたいかも。紹介してよ。ついでに三人でお茶とかしたいわね」

「勘弁してくれ」

「きゅふふ……冗談。話が逸れちゃったわね、それで、アタシにどうして欲しいの?」

「助けて欲しいんだ。一人じゃあもう無理だ」

「ふーん。子供らしいショージキなこと言うじゃない。いいわ。助けてあげる。その帝國の転生者も一発殴ってやりたい気分だしね。でも確か、見えない監視者って奴が居るのよね。今も私達の事を見てて聞いてるなら。今頃親玉に報告してる頃かしら」

「いや、まだ此処に居る」

「それって、この屋敷に居てスキルか何かで私達の動向を伺ってるってこと?」

「いいや。此処に居るんだ。この締め切られた部屋の中に。昔。オレは一度だけ、見えない、監視者を見た事がある。そして、ソイツの首には時計がぶら下がっていた。帝國の奴が持っていた時計と同じだ。つまり、監視者は操られていた。それから、監視者はオレに見られている事に気が付いていた。だが、ソレを報告するような素振りはまるで見せず。時間になると消えた」


 北条はマリアの瞳を凝視しながら話す。


「監視対象に気付かれたとなれば即座に報告を行う為に身を隠すのが定石だ。しかしそれをしない。これは綻びだ、監視者はいかに緊急性の高い情報を得ても予め条件付されていなければ動くことは出来ない」

「えーっと、つまり。アタシ達が今は安心ってことは分かったけど、ソイツは何処に居るのよこの部屋って言ったて隠れる場所なんて無いわよ」

「マリア。ソイツは今、


 北条の言葉に困惑するマリアを他所に、北条は懐から小さく切れた鎖の一部を取り出し掌に乗せた。それはまるで意思を持っているかのように掌の上で前へとミミズの様にうねりながら進んでいた。


「コレは、セナの腕の一部に付着していた帝國の転生者が持つ時計の一部。通常、時計で人間を支配状態に置いた後、ソレが解除されると共に体に張り付いていた時計は消えるはずだ。しかし今こうして残っている。ここからは憶測も交じるが話そう」


 説明を続ける合間も北条はマリアの"瞳"を凝視し続ける。


「以前監視者の姿を確認した際、首に巻かれた時計の一部が欠けている事を確認した。このとこから、時計により支配下に置いた人間に巻きつけられる時計は分体でありながらその状態を常に本体である時計と同期し続けていると考えられる。つまり、分体が壊されれば本体も壊れ、直せば本体も直るということだ」


 北条は変わらずマリアの『瞳』の奥を凝視し続けている。


「そして面白い事に、通常、人がこの時計の引いては時計の一部であろうと触れる事は出来ず。更に時計の部品が欠けてしまった場合、部品がまるで生物物かのような帰巣本能を発揮し、本体または分身のどちらか近い方に戻ろうとする」


 北条は掌の上で蠢く鎖に左手で触れようとするが透けて触れられなかった。


「―― が、『色』」


 左手の指二本に薄い煙のような紅を纏うと、鎖は透けずに触れることが出来た。


「アンタ……それ……!」


 マリアは色を使う北条に対して別の意味で驚いた表情を見せる。


「相反するこの力は、おそらく時計に干渉し破壊する力がある。そして向こうは今のところ、この力を単なるスキルか何かだと思っている。実に好都合」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。そ、その色もそうだけど、話が見えてこないって。つまりよ、私達を見てる監視者は何処にいるっていうの! 目の前にいるって言ってたけどアタシだって言いたいワケ!?」

「そうじゃない。マリア。もし、鏡の世界に入れるとして、人を覗くとしたらどうする?」

「えぇ……? そ、そりゃあ、覗きたい人が使ってる鏡とか窓とか、こそっと」

「そうだ。監視対象に近ければ近いほどよく意識されない場所であるなら特に良い。そして、正確に言えばそれが鏡の世界ではなく、反射するモノ全てに入り込める能力スキルだったとしたら?」

「わ、分かんないのよアンタの言ってること! 簡単に正確に一言で言いなさい!」




「監視者は瞳の中にいる」




 驚きに見開いたマリアの瞳の中にソレは居た。


「目を閉じず。動くな。捕らえる」


 体を乗り出した北条は、左手でマリアの顔を抑えて右目を塞ぎ、右の掌に時計の鎖を乗せたまま色を纏い開いている左目に近づける。

 椅子に座ったまま体を強張らせるマリア。

 掌の鎖は浮き、時計へと還る為、彼女の瞳へと吸い込まれていく。


 そして深海へ投げ入れられた錨を追う鎖のように、煙の根のような彼の色がソレを追従し瞳へ流れる。若干の空白の後、北条はその手に獲物が掛かるのを感じた。


「――捕らえた。引きずり出す」

「――ちょっ――まっ――!」


 藻掻こうとするマリアを抑え、捕らえた獲物を瞳から引きずり出した。


 ぬるっとした感触と共に瞳から引きずり出されたのは、骨に辛うじて張り付いたような濃い紫の皮と尻尾の生えた巨大で異形の怪物だった。

 顔面呼の吸器から細かに数字が漏れている。

 自然界に生息する生物が数字を持つことはない。

 従って彼の者が転生者であり監視者である。


 監視者の体は煙の根が縛り監視者はソレを振り解こうと藻掻いているが、煙であるため触れず切る事も出来ない。混乱しきったマリアは手をワタワタとさせ、自身の顔を何度も触り何度も目玉が健在であることを確認した後大きく息をついた。


 北条も安堵の息をつき椅子に座った。


「な、な、なんてことすんのよ!! 目が取れちゃったらどうするわけぇ!? ていうかほんとに眼の中に居たのまじありえないんだけど! い、何時からいたのかしら……ってそうじゃなくて! アンタ! やるならやるって最初から言いなさいよォ!」

「……ちゃんと言った」


 その言葉に腹を立てたマリアは立ち上がり、北条の顔を感情に任せてもみくちゃにする。


「実行から二秒前に伝える奴が何処に居るのよ!! バカ!!!!」

「やめてくれ、目を傷つけないようにかなり神経を使ったんだ」

「なーーーにが神経よ!こっちは視神経が冷えまくりよ!!」

「ははっ」

「ナニ笑ってんのよぉぉ!! アタシはねぇ――――」


 そこまで言いかけて彼女は急に言葉を止めスッと黙り込むと北条を見つめた。


「なんか、アンタがそうやって笑うの初めて見たから、どうでも良くなっちゃたわね。うん」

「そうか?」

「そうよ、もっと見せて……きゅふふ……」


 そう言って北条の傍から離れると、今も藻掻く獣の元へと寄る。


「それで、どうすんのコイツ? 時計が付いてるみたいだから外して支配から解く?  なにか知ってるかも知れないし」


 確かにそれが現状に置いて最も理のある行動なのかも知れないと北条は思った。

 だが、北条には疑問もあった。

 何故この監視者は初めから自分の瞳の中に居なかったのか。

 もしそうであれば自分が監視者を発見する事など出来ず。

 こうして捕らえる事もなかったはずだ。


 もしかすると、マリアや身近な人間を何時でも殺すことが出来るという意思を示す為の指示だったのかも知れない。


 そこまで考えて、あの日あの時の言葉がよぎる。


〝前にも君みたいなうんと首を縦に振らない強情な男が居たんだ。人は変わるし変えられる。もしそれができないなら、壊して扱いやすいように組み直す。〟


「そうか」と呟いた北条のこめかみがまた熱くなった。


 霊紋はなから火の種を掴み監視者を捕らえている煙に種を埋め込むと種は煙の中で砕け、そこから煙は液体である火の根へと変化していった。


 煙から実態のある熱へと変化したそれは捕らえた監視者を容易に消し炭へと変え始めた。監視者は抵抗せず、やがて液体に溶け、火の根と共に蒸発して消え、時計だけが残った。


「よかったの?」

「ああ、コレでいいんだ」


 時計は薄く消えかかっていたが、北条が色を纏って時計を掴むとはっきりと形が戻る。


「さっさと壊しておいた方が良いんじゃない? それを壊せば本物の時計も壊れるんでしょ?」

「いや、それは危険だろう。奴は妙にこの時計に対して固執している様だからな、此処で破壊して逆上した奴が物理的に街を滅ぼそうとする可能性もある。現状、オレの手元においておくことが大きな抑止力…… いや、立場を逆転させるほどの力があるだろう。オレがこの時計を握っている限りは破壊されることを恐れて迂闊に動くことが出来ないはずだ」

「じゃあ、しばらくは安全そうね」

「ああ。しかし油断は出来ない。暫くの間一人での行動は避けてくれ、君を守れないからな」

「あら、アタシのこと守ってくれるんだ。助けて欲しいだけじゃないのね」

「オレの心はもうずいぶん助けられている。だから、出来る事はしたい。失いたくないんだ」

「格好いいこと言ってるけど、それじゃあアンタを守ってくれるヒトが誰も居ないじゃない…… だからね、守るわ。同じくらい。アタシも。アンタを失いたくないから」


 彼女と心が重なったような気がした。


 踏み出せば希望はこんなにも近くにあった。


 ひび割れた時計の硝子には心から反射した二人の情景が映る。

 北条は時計を握りしめた。


 ソレはⅠを繰り返し続けている。

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