第591話「駆け抜けて」





 そしてイベントが終わった。


 レアがそうである、という事まではわからずとも、この世に新たな神が誕生した事は『霊智』を持つ者ならすでに知っている事だ。

 中央大陸では聖教会関係者以外に確認できていないが、南方大陸であれば大悪魔スレイマンが『霊智』を持っているような言動をしていたらしい。

 それより長く生きている幻獣王オライオンも持っている可能性はある。これは極東列島の精霊たちも同様だ。

 他にも、まだ見ぬ強者がそういう手札を隠している事も考えられる。


 であれば、いずれプレイヤーにも広まる事になろう。


 ならば早めに明かしておいた方が良い。

 イベント中なら混乱にかこつけて口をつぐんでいられようが、それが終わり、黄金龍の端末が鳴りをひそめ、また街の様子も落ち着いたならば黙っているわけにはいかない。


 レアは各地の聖教会に、新たな神の誕生を公表させた。


 もちろん、災厄神国ハガレニクセンのプレイヤーたちにもレアが神化した事を告げてある。

 またその少し前にバンブを通じてMPCにも伝えさせていた。

 このタイミングは、細かいようでほんの少しだけ意味がある。

 災厄神国のプレイヤーたちはこの話を聞けば即座にSNSに書き込むだろう。MPCはそうではないが、しかしSNSの閲覧はする。


 SNSでその情報が拡散された時、MPCのプレイヤーがそれを初めて知ったとなればどう思うだろうか。

 バンブを通じてであったとしても、自分たちの方が先に配下になっていたのに、と思わないだろうか。

 あるいは、マグナメルムの幹部たちは魔物勢力であるにもかかわらず、人類の国家を優先するのか、と思うかもしれない。


 しかし、これが逆であればどうか。

 SNSでその情報が拡散された時、MPCの全員がすでにその件について聞いていたなら。

 自分たちは贔屓された、と思ってくれるはずだ。


 実際のところ、マグナメルムにとっては災厄神国もMPCも大差ない。

 戦力的な事だけで言えばMPCに軍配が上がるが、いずれも今となっては一息で消し飛ばせる程度のものでしかない。

 故にどちらを優先しようとどちらでも構わない。

 しかし、MPCが正規のSNSに書き込みをしない以上、先にMPCに教えた場合は災厄神国がそれを知る事はない。


 ならば先にMPCに伝えるリスクは無視していい。

 大したことではないが、リスクが無く、わずかなりともメリットが見込めるなら、やらない道理はない。

 MPCも災厄神国も、それぞれ自分たちが一番だと勘違いしてくれれば儲けものだ。


 そう言ったくくりのプレイヤーの中では、真に一番だったのはジャネットたちであるが。





 イベントが終わった後、SNSは荒れた。

 荒れたと言うか、沸いた。


 聖教会による、神が誕生したという発表。

 それがマグナメルム・セプテムであると主張する災厄神国。

 それを信じるプレイヤーに、信じないプレイヤー。


 疑うものには『神罰』のひとつでも与えてやればいいのだが、いちいちそんな事をして回るのも面倒だし、別に信じられなくて困る事はない。









 ライラやブランなど、幹部たちがイベント後の後始末に散っていくのを見送ってしばらく。

 レアはひとり、リーベ大森林の女王の間、その石の玉座に腰かけて物思いに耽っていた。


 ワールドクエスト、とやらが終わった。

 まあ起こした記憶もないのだが、知らない間に始まったクエストを終わらせてしまったらしい。


 中央大陸に住まう人類に語り継がれた、六つの災厄。


 すなわち真祖吸血鬼、大天使、大悪魔、海皇、蟲の王、そして黄金龍。


 これらすべては、もはや敵ではない。

 この世から消え去った者か、レアに頭を垂れた者しかいない。


 当初の目的であった、世界最強を証明してやる事は出来ただろう。


 この世界にはもはや、マグナメルムを軍事的に脅かす存在はいない。


 であればこそ、今後プレイヤーたちの目的はマグナメルム、ひいてはレアとなるだろう。


 マグナメルムに仕える者がいる。

 マグナメルムを目指す者だっているかもしれない。

 そして、かつてレアが黄金龍にそうしたように、準備を整え、いつかその手で倒さんと狙ってくる者もいるはずだ。


 それはいい。他人事ながら、楽しそうで何よりである。


 しかし、では自分はどうだろうか。


 もちろん、刃向う有象無象を潰して回るのも悪くない。

 それはそれで楽しそうだ。

 この地位、神の座を目指したい者がいるようなら、ヒントくらいは与えてやってもいいかもしれない。とは言えレアもそこまで詳しく検証出来ているわけではないが。

 仕えたいと言う者に対しては──まあ、好きにさせておく。別段害はない。


 そういった雑事は悪くない。


 悪くはないが、良くもない。


 まだまだ出来る事はたくさんある。しなければならない事も。

 しかし、どうしてもやりたい事はもうやってしまった。





 思えばずいぶん、早足で駆け抜けて来た。


 最初はここ、リーベ大森林の端の洞窟の中だった。

 今はヒルスニュートやヒルススキンクの養殖場のようになっており、アリたちがその世話をしているはずだ。

 もしかしたら、あの細い通路はもう拡張されてしまって存在しないかもしれない。そこまで細かく指示はしていないのでわからない。


 ゲームを始めた時は、それこそクローズドβテストに初めて参加した時は、楽しかった。心が躍った。

 こんなに広い世界を遊び場に出来るのかと。

 公式の発表通りなら、陸地は地球の倍ほどもあるという。

 ならば、たとえ一生をかけても遊びつくせるものではない。


 しかし今。

 その広かった世界は、ずいぶんと狭く感じられるようになってしまった。


 それは例えば、足かもしれない。

 移動速度が速くなれば、その分単位時間あたりの移動距離も伸び、それは世界を縮める事を意味する。

 これは地球の歴史が証明している。

 馬、鉄道、飛行機──新たな移動手段が生まれる度に人類は活動範囲を広げ、そしてその度に人類の世界は狭くなった。


 あるいは例えば、情報かもしれない。

 現在、中央大陸のみならずその近隣にもレアの眷属たちはいる。

 彼らの警戒網と連絡網があれば、レアはこのリーベ大森林に居ながらにして各地の状況を把握する事も可能だ。

 優れた情報通信技術は、たとえ世界の裏側で起きた事件でさえ、たちどころに伝える事が出来る。

 これもまた、人が世界を狭めた要因のひとつだ。


 いいや、おそらくは、そのどちらでもない。


 レアにとってこの世界を狭くした最も大きな要因。


 それは力だ。


 誰もが恐れる六大災厄。その全てを下した力。

 現実では、人間ではどう足掻いても野生の猛獣には勝てない。

 なんなら家猫にさえ勝つ事は難しい。

 そんな常識を覆す、圧倒的な力。


 その遥かな高みからの視点が、レアに世界の狭さを痛感させていた。


 ゲームというコンテンツを楽しむ者なら、誰もがいつか必ず味わう感覚。


 することがない、というやつである。


 こればかりは誰にもどうする事もできない。





 率直に言って、レアはモチベーションが低下していた。





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