第584話「お前が言うな」
レアの放った『
天より来たりし災厄に、天災を
水が、氷が、岩が、風が、雷が、炎が、少しずつ黄金天龍を砕いていく。
7つの首を丸め、翼を畳み、小さくうずくまろうとする黄金龍だが、元々の体躯が大きすぎた。小さくなるにも限界があった。広範囲にわたる破壊の嵐は黄金天龍に容赦なく降り注ぎ、その生命力をみるみるうちに削っていく。
範囲攻撃による多段ヒットだ。超大型とでも呼ぶべき黄金天龍は、圧倒的なフィジカルと引き換えに致命的なウィークポイントも抱えている。被弾面積が広すぎる、という弱点を。
威力だけでなく効果範囲も桁違いである『天変地異』は、その弱点を正しく蹂躙した。
畳んだ翼は風に無理やり開かされ、氷と岩の礫に穴だらけにされた。
首も何本かは同じ目に遭っている。
濡れた身体は雷に打たれ、炎に焼かれている。
金色はくすみ、もはや見る影もない。
カナルキアの衝突。
カイラス・インパクト。
そしてウェインたちによる『
想定よりも大きなダメージを重ねる事が出来た。
はずだった。
しかし、黄金天龍のLPは消えてはいなかった。
超巨大なずだ袋のような見た目になりながらも、身体も原型を留めている。
これまで消し飛ばしてきた森林や山脈の事を考えれば、これは驚異的な光景だ。
「……なぜ、死なない? このわたしの一撃を受けたのなら、喜んで死んでみせるのがあるべき姿だろうに」
『神の息吹』の効果はまだ残っている。だからと言って何が変わるわけでもないが。
「イキったセプテムちゃんも相変わらず可愛いねえ。まあ、それはともかく、だ」
ライラがレアの近くにやってきて言った。
「黄金天龍の生命力だけど、途中までは景気良く減っていたものの、今のあのくらいになったところでピタリと減少が止まったみたいだったよ。『天変地異』の効果が残ってるにもかかわらずね。
どういうわけだかは知らないけど、何らかのセーフティでもかかってた、ってことなのかな」
なんだそれは。
とするとつまり、最初からどうやっても今の一撃で倒し切ることは出来なかったということになる。
そんな事が許されていいのか。
詐欺ではないか。
しかも黄金龍はワールドクエストのラスボスだ。
そんな存在が即死ダメージ回避とか、反則にもほどがある。
自身の『魔の盾』やくる身代わり人形の事は棚に上げ、レアは憤慨した。
「……一撃で倒せなかったのなら、何度でも殴ってやる」
『魔の剣』でハンマーを生み出し、ぼろぼろの黄金天龍に向かう。
「え? ちょちょちょ、待って! 近づくのはさすがに迂闊だよ!」
「迂闊? 何言ってるの?」
あれはただ生き残ったというだけで、どう見てももはや死に体だ。警戒する必要などない。
それに『神の息吹』もまだ健在だ。
「今のわたしをどうこうできる者なんて、存在する訳がない」
「ああ!? 可愛いけど! 可愛いけどこれ絶対アカンやつ!」
喚くライラを無視し、レアは黄金天龍が横たわるカナルキアの残骸に降り立った。
『神の息吹』による高揚感のせいで警戒心が薄れているという自覚はあった。
問題ない、と自分では思っているが、問題ない訳がない事はこれまでの実績が物語っている。
しかし、それでも黄金天龍にトドメを刺すのを優先した。
『神の息吹』が切れた時、レア自身がどうなるかわからなかったからだ。
以前、プレイヤーたちに『神の息吹』を与えた時は、効果時間終了後に誰も彼もが強力なデバフを受けたような状態になっていた。効果が強力な分、副作用も強いという事だろう。
個人差もあったようだし、どういう基準でその差が出るのかはわからないが、自分に限って大丈夫だと思えるほど楽観的にはなれない。それは現在の精神状態であってもである。
効果が切れるまではまだ時間があるはずだが、切れてから黄金天龍と対峙するのはさすがに危険だ。
だから、トドメを刺すなら今しかない。
『神の息吹』を発動したプレイヤーたちに文句を言う気はさらさらないが、この魔法を受けた時点で選択肢など初めからなかったのだ。
改めて近くで見てみると、黄金天龍はやはり巨大だった。
首も2本しか残っておらず、翼は根元から失われているが、それでも近くから見上げると全て視界には入らない。
何度でも殴る、と言いながらの事だったので何となくハンマーを生み出してしまったのだが、これでどうにか出来るようには思えない。
遠くから投げ槍と『ファイナルスロー』のコンボの方がよかったかもしれない。
しかしこのままハンマーを消すのももったいないし、とりあえず殴ってみる事にする。
そんな程度の考えでハンマーを振り上げ、黄金天龍に振り下ろす。
と、その瞬間だった。
黄金天龍がぶるりと震え、うずくまっていたぼろぼろの身体を起こした。
翼もなく、根もカナルキアに磨り潰されてしまっているため、どうやって起こしたのかはわからない。『飛翔』や『天駆』のような、重力を無視する特殊なスキルだろうか。
黄金天龍はやはり起き上がるとさらに大きく、それだけで威圧感と迫力があるが、そんなものよりレアの目を引くところがあった。
エウラリアの顔に大きく罅が入っていた。
レアの『天変地異』を受けている間、うつ伏せにうずくまっていた黄金天龍だ。状況的にあのデスマスクに損傷が出来るとは思えない。
本体のダメージに耐えきれず、弱点部分が自壊を始めた、とかだろうか。
ならばあそこを殴ればトドメを刺せるかもしれない。
そう考えたが、レアがそうする前にエウラリアの顔が勝手に割れた。
割れた顔はどろりと溶け、黄金天龍の身体に染み込み消えていく。
それと同時に、黄金天龍のLPがわずかに回復した。
意味が分からない。エウラリアはどこに消えたのか。
そして黄金天龍のLPはなぜ回復したのか。
「……まさか、取りこんだエウラリアにダメージを肩代わりさせた、のか……?」
その処理のせいでLPをゼロまで持っていくことが出来なかった、のだろうか。
そして、その処理で消費しきれなかったエウラリアの力を今、わずかなLPを回復する事で使い果たし、デスマスクが消えた。
そういう事なのか。
黄金怪樹を消し飛ばした時はそんな器用な事はしていなかった。というか、あれは主人格がメルキオレの顔の方にあったように見えたが、黄金天龍のエウラリアは違う。どちらかというと囚われている感じだった。
完全に取り込めればその力や知恵を使う事が出来るが、取り込めない場合はその限りではない。しかし、身代わりにする事は出来る。
そうだとすると、あの顔は弱点ではなく、いざという時の保険にするために破壊されたくなかっただけ、なのかもしれない。
ただ身体の一部ではあるので、多少の損傷なら修復できる、とか。
要はくる身代わり人形を内包しているようなものである。
「まあ、考えても分からないな。何にしても、回復した分だけ削ってやればいいだけだ」
エウラリアの顔が失われた事でぽっかりと窪みの出来た黄金天龍の腹。
そこに『ファイナルスロー』を発動しながらハンマーを投げつけた。
『ファイナルスロー』は投擲した武器なら何でも発動可能なため、別に投げ槍でなくとも問題ない。
もちろん投げ槍の方が遠くまで届くが、ここまで近づいていれば射程距離など関係ない。
投げられたハンマーは腹の窪みの奥に消えていき、一瞬だけ光ると、黄金天龍のLPがわずかに減った。
『神の息吹』を受けている割には大したダメージにはならなかったが、どうせ相手にも禄にLPは残されていない。
このまま魔力の塊を投げつけて削り切るか、それとも『フェザーガトリング』あたりを使うか。
と、考えたその瞬間だった。
黄金天龍の腹の窪みのふちから、何本もの巨大な触手が伸びてきた。
まるで肋骨が伸び、牙をむいたかのような光景だ。
触手はレアの背後まで伸びると、包み込むように閉じる。
これはまずい、と本能的に感じた。
ものすごく嫌な感覚だ。
精神は高揚しているはずなのに、冷や汗が止まらない。
とっさに両手を真横に広げ、上下左右に『魔の盾』を移動させ、直接触れられるのを防ぐ。
『魔の盾』の耐久もかなり減っているため、この触手との接触がダメージを伴っている場合はあまり長くはもたない。
しかしわずかにでも時間が出来れば、『魔の剣』で斬撃武器を生み出して突破する事も出来るはず。
というレアの目論見は、残念ながら叶わなかった。
レアの正面、黄金天龍の腹の窪み、その暗闇の中から、さらに一本の触手が現れたからだ。
蛇の形をしたその触手は、無防備なレアの胸を貫いた。
そして悟った。
これこそが運営の言った「特殊な攻撃」だと──
レアは自身の胸でもぞもぞと蠢く蛇をひっつかみ、引きちぎった。
腰に吊り下げていたくる身代わり人形が崩壊していくのを感じる。
驚いたように目を見開いたその蛇の残骸を投げ捨てると、『魔の剣』で薙刀を生み出し、レアを包み込んでいる触手を切り払う。
「……MPとの境界線が無くなってるから自覚しづらいけど、わたしはまだLPは減ってなかったはず。それなのに人形が反応したということは、つまり今のは即死攻撃だったということ。さすがにそれは反則だろう」
やっていい事とそうでない事がある。
黄金龍はワールドクエストのラスボスだ。
そんな存在が回避を封じた上で即死攻撃とか、反則にもほどがある。
『
正確には『天変地異』は食らえばだいたい死ぬというだけで即死効果はないし、『慈悲の一撃』はダメージ&即死効果だが。
触手から抜け出したレアは薙刀を消すと、投げ槍を6本生み出し、それぞれを翼に握らせた。
「ラルヴァと違って口がひとつしかないから、同時攻撃というわけにはいかないけど。『ファイナルスロー』6連射だ。これで観念し──」
言葉の途中でがくん、と視界が揺れた。
動けない。
見れば、すぐそこに巨大な龍の首があった。
レアの右と左の翼を三枚ずつ、ふたつの龍の顎が咥えこんでいる。
そういえば、まだ破壊されていない本来の頭部が2つ、残っていたのだった。
上からライラやブランが慌てた様子で近付いてくるのが見える。
その後ろには他の皆もいる。
レアに咬みついた龍の首も、『天変地異』の直後よりさらに傷が増えていた。
たぶん、首が動き始めてから皆で必死で止めようとしてくれたのだろう。
しかし黄金天龍もここが正念場だ。なりふり構わず彼らを振りきって、こうしてレアにかぶりついてきたらしい。
振りほどこうとするが、硬く閉じられた顎は全く動かない。
単純なSTRではさすがに黄金天龍の方が上なのか。
「──何をする気か知らないけど、先にLPさえ削りきってしまえば!」
残りのMPのほとんど、それこそLPにまで手を付けて、
両手でそれを振りかぶり、『ファイナルスロー』を発動しようと口を開き──
左右の翼を咥える龍の首のうちの片方、その喉を食い破り、一匹の蛇が現れた。
「────」
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