神、降臨
第568話「ロスト予想」
「キャラクターロストか。どういう事だと思う?」
「ふむ。黄金龍本体だけでなく、端末による特殊攻撃でも可能性はあると。
であれば、察するにだ。メルキオレ氏やベルタ
誰にともなくレアが問いかけたところ、教授が返答した。その姿はブラウンのスーツを着こなす老紳士だ。
どこか安心する反面、今では何故かこちらの姿の方に違和感を覚えてしまう。
言われなければ気付かない、というか女装姿を見ていなければおそらく気付く事は無かったのだろうが、教授の所作はどこか女性的だった。普段周りに女性しか居ないためわからなかった。バンブは敢えてガラが悪く、ダイナミックな動きを意識しているようで参考にならない。
しかしディアスやジークと比べれば違いは明らかだ。これまでは文系と体育会系の違いかと気にしていなかったが、一度気になると気になってしょうがない。
そんな教授の見解にライラが頷く。
「ベルタ何某じゃなくて、ベルタサレナ・アクラージオね。まあ、もう居ない人だから覚えなくてもいいけどさ。
でも、なるほどだな。これが仮にプレイアブルじゃなくなるってだけなら、通常のプレイは出来なくなるけどキャラクターそのものが消えてなくなるわけじゃないって可能性はあるか」
キャラクターだけ生き残ってもプレイ出来ないのなら意味は無い。
しかし現代の法律では、キャラクターのアバターやビルドそのものにはユーザーにも著作権が認められている。それを考えれば、侵蝕されたキャラクターを運営が勝手に使用する事は出来ないはずだ。
となると、もしかしたら既存のサービスとは別のサービスが用意される可能性もある。例えば、以降は完全に黄金龍側のキャラクターとしてプレイする事になる、だとか。
とはいえメルキオレの最期、黄金怪樹サンクト・メルキオールを見た身としては、積極的に試したいとは思えない。自分の顔が大樹やウツボの腹に浮き出てくるなど、タチの悪い罰ゲーム以外の何物でもない。
ただ、元々のメルキオレの戦闘力がどの程度だったのかは不明だが、少なくとも黄金怪樹は強かった。もしロストした──侵蝕されて変質したキャラクターをそのまま継続して操作できるのだとしたら、手軽な強化方法としては悪くないのかもしれない。
もっとも魔物という選択肢があるにも関わらず人類で始めるようなプレイヤーたちが、キャラクターの変質を甘んじて受け入れるとも思えないが。
──しかし、黄金龍による侵蝕か。
そう言葉にされると、文字化けしたスキルや特性が妙に気になってくる。
自分で取り込んでおいて何だが、これは大丈夫なのだろうか。
別に妙な攻撃を受けたわけではなく、アウリカルクムは黄金龍の端末からドロップして得た素材だし、通常のプレイで入手した素材を使って悪いという事はないはずだが。
「でもあれだよね。そんな爆弾あるならさ。先に教えておいて欲しかったよね」
「まったくだな」
ブランとバンブが揃って口を尖らせて言った。
レアも同感だ。
今回のイベントの開催については、当然ながら事前に運営に申請してあった。
プレイヤーズ公式イベントの申請は、通常は申請後に審査があり、少々の時間を置いてから結果が通知される。
しかし今回に限っては申請メールの送信とほぼ同時に運営AIから連絡が来た。
差出人からそう判断したのか、内容を一瞬で精査したのか、メールの作成作業を監視していたのかはわからない。
メールの作成は全員で相談しながらしていたし、その流れで全員で運営と話が出来たのはよかったが。
運営AIとは主にイベントの細かい日程や段取りについて打ち合わせをした。
メリサンドの人魚王国カナルキアを現地への臨時シャトルバスにするプランも正式に決まった。
この際は人魚王国内にいる人魚たちをどうするかが問題になったが、一時的に別の場所に退避してもらう事をメリサンドが快く了承してくれた。しかも極東列島の防衛も請け負ってくれるらしい。
ブランが連れてきた人材だというのにこの常識人ぶりは素晴らしい。
自前の王国を持っているという意味では同じ立場であるゼノビアにも少しはメリサンドを見習って欲しい。
打ち合わせは滞りなく進み、大筋でレアたちが用意したプランで進行する事に決まった。
それはいいのだが、その際にはキャラクターロストについての話は出なかったのだ。
死ぬつもりはないものの、一応はNPCとして行動している身である。極力リスポーンはしたくない。
またそもそもリスポーン出来ないジェラルディンたちもいる以上、この情報は非常に重要だ。
蘇生や自動リスポーンも封じられるらしい事から考えると、『使役』状態の配下でも危険度は同じだろう。
リスクを考えればプレイヤーたちだけで臨むべきかもしれない。
しかしそんな余裕があるとも思えないし、NPCを北の極点に連れて行かなかったとしても、どうせ端末は世界中に現れる。
逃げ場などない。
しかし今さら退くつもりもない。
「特殊攻撃とやらがどんなものかはわからないけど、当たらなければどうということはないはずだ。そもそも戦闘で被弾は避けるのが普通だし、全力を尽くせば問題ない。当日はみんな、命を大事にでいこうか」
封印を解放した場合、世界中に端末が現れる。
となると決戦の地、北の極点に向かうメンバー以外も注意が必要になる。
こんな事もあろうかと、とまでは言わないが、レアの配下の中でも重要なポストを占めるマーレは先日聖王へと転生させておいた。これには以前にライラが調べた、オーラル王国内にある転生の祭壇を使わせた。
もちろん、転生の祭壇自体はウェルス領内にもある。
しかしライリーからレジスタンスが不穏な動きを見せていると報告もあったため、ついでに一網打尽にしてしまおうと、なるべく神聖帝国から遠ざけるためにあえてオーラル王国まで旅をさせたのだ。
そのレジスタンスの始末はジャネットたち4人組に任せるつもりだったのだが、謎のプレイヤーたちに横から掻っ攫われてしまったらしい。
ジャネットたちに始末を任せたのは、あのレジスタンスがジャネットたちにとって一連のイベントのきっかけになった組織だからであり、そこまでこだわっていたわけではない。
報告してきたジャネットたちもあまり気にしていないようだったので、横取りについては気にしない事にした。
マーレが転生した聖王であれば、そう簡単にやられてしまうことはないはずだ。
加えて聖王を用意しておけば、もし万が一黄金龍を倒せなかった場合、再度封印を施せるだろうという目論見もあった。
ただし、再封印については実は本当にできるのかどうかわからない。
というのも『クリスタルウォール』なるスキルは聖王の持つスキルツリーの中に見当たらなかったためだ。
しかしこれについてはある程度の予測は立っている。
何しろマグナメルムには当時封印に立ち会った生き字引がいる。
そのジェラルディンの話によれば、『クリスタルウォール』の発動時には周囲に光り輝く魔法陣が展開されていたのだという。
スキルツリーに現れないスキル。
複数のキャラクターのマナを必要とした事。
そして魔法陣。
これらの事から考えると、『クリスタルウォール』というのは『儀式魔法陣』を用いた事象融合によるものなのではないだろうか。
参加者であるジェラルディンが積極的に何かをした記憶がない以上、通常の事象融合のように参加者それぞれのスキルや魔法を組み合わせるタイプのものではないのかもしれないが、方向性としては同じものである可能性が高い。
とはいえ確証はないし、検証も出来ない。
一応密かにマーレを連れ出し、隙を見て『儀式魔法陣』を習得させておいたが、これで再封印が可能になるかはわからない。
もっとも、これはあくまで保険だ。
黄金龍に負けないのなら必要ないものである。
そしてレアは今まで、負けるつもりで戦いに挑んだ事はない。
ライラもオーラル女王のツェツィーリアを聖王にしたと言うし、ブランの吸血三姉妹も伯爵級まで成長させたと言う。
ケリーたちも全員幻獣王まで転生させ、アド・リビティウムとか言う街を守らせている。
これはジャネットたちが決戦に同行を希望したからだ。
曲がりなりにも最終章などと名がつくイベントである。プレイヤーとしてボスと戦いたいという気持ちは理解できるし、これは断れなかった。
その代わりに南方大陸が手薄になってしまったが、それならばと逆にグスタフをはじめとする重要な配下をすべて中央大陸に戻す事にした。
ノーガード戦法というやつだ。ノーガードというか、破壊されても別に困らない程度まで資産を引き上げただけだが。
あちらには野生の幻獣王だの大悪魔だのもいるのだし、自分の大陸くらい自分で守ってほしい。
ユーク城には文官代わりのケリーの配下はそのまま置いてある。レアにとっては代わりのきく人材にすぎないが、あれもいないよりはいいだろう。
西方大陸は、セプテントリオンから始源城や地底王国ケラ・マレフィクス周辺まで広く守れるよう、七幹部はすべて留守番にしておいた。
あの大陸のプレイヤーはほとんどが北の極点に来るようだし、まさかサソリやオークに頼むわけにもいかない。
不安な部分もあるにはあるが、言いだしたらきりがないし、時間もない。
出来る限りで全ての準備は終えたと言っていいだろう。
「──じゃあ、行こうか。メリサンド、異邦人たちの運搬、よろしくね」
★ ★ ★
今話から、ついに最終章です。
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