第528話「注目のカード」
一回戦二日目である。
二日目のこの第一戦は、一回戦を通して一番の注目カードと言えるかもしれない。
「いや一回戦で一番の注目カードはセプテムちゃんと幻獣王のアレだと思うけどね。次点で怪獣大決戦」
ライラにやんわり否定された。ジャネットたちも頷いている。
そうは言うが、だったら最後にもうひとつ、注目すべきカードが残っているのだが。
しかし確かに、この組み合わせにワクワクするのは知り合いだけかもしれない。
いわゆる内輪ノリというやつだ。内輪ノリというと実にリア充っぽい響きで悪くない。
《──それでは、闘技大会本戦! 【悲嘆のジーク】VS【虚飾のヴィンセント】! 試合開始!》
***
「……こうしてお前と剣を交えるのはいつぶりだろうな」
「さあな。もう覚えていないほど昔の話だ」
ヴィンセントがしゃらりと腰の剣を抜き放った。
それを見てジークも剣を抜き、構える。
「いつぶりか、てのは覚えてなくても、剣を交えたことまで忘れたわけじゃねえよな」
「当たり前だ。254勝253敗1分けで俺の勝ち越しだったな」
「はあ!? ちげーだろ! 254勝253敗1分けで俺の勝ち越しだろ!」
さりげなく過去を改変しようとしている。
ヴィンセントは昔からこういう、姦計に長けたところがあった。
「わかったわかった。いいからかかってこい。この試合で勝った方の主張を正とする。それでいいだろう」
「絶対わかってねえだろお前……。まあいいや。じゃあこれで勝った方が255勝の勝ち越しってことでいいな」
そう言ってヴィンセントは、全身から発していた死のオーラを消し去った。
純粋に剣のみの技で雌雄を決しようということだろう。あの頃のように。
ジークは苦笑し、自分もオーラをオフにした。
お互いの手の内は知り尽くしている。
故にどちらも待ちの手は打たず、同時に地を蹴って肉薄し、ちょうど中間地点で剣をぶつけ合った。
いい剣気だ。
ヴィンセントもジークの腕力に負けていない。かの伯爵から相当目をかけられているらしい。
「……やるようになったな、ヴィンセント」
「……てめえもな。くそ、分が悪いか!」
鍔ぜり合いになるも、ヴィンセントは蹴りを放ってジークの気を逸らし、バックステップで遠ざかる。
そうするだろう事がわかっていたジークはさせるがままにしておいた。
距離を取ったヴィンセントは自分の剣を見て舌打ちをした。刃毀れでもしてしまったのだろう。
ジークも自分の剣をちらりとみるが、こちらは傷ひとつない。
同じ種族で、与えられた経験値は同程度でも、与えられた装備には差があったというわけだ。
実力は拮抗していても、武器の差で上回る。
その事には思うところがないではないが、これも主君であるレアの期待の現れだ。
騎士である以上、主君との信頼関係は切っても切れないものである。
であれば
ヴィンセントはジークを睨むが、攻撃をしかけようとはしない。
剣へのダメージを恐れて消極的になっているようだ。
となれば、ここは剣の破壊を狙って積極的に切り結んでいくのがいいだろう。
「はっ!」
ジークは再び地を蹴り、上段から切りかかる。
剣を合わせるのを嫌がったヴィンセントはバックステップで回避し、距離を取ろうとするが、そうはさせない。振り降ろした剣を流れるように
この斬撃はさすがに回避しきれなかったと見え、ヴィンセントは剣でそれを防いだ。
防がれた事は問題ない。目的は剣へのダメージだからだ。
さらに何度も剣を振り、ヴィンセントに防がせる。
拮抗した実力の2人による度重なる攻防は、僅かなミスも小さなダメージとなって蓄積されていく。
休みなく繰り返されるそれはLP自然回復量を上回り、徐々に無視できない被害として顕在化してくる。
そうやってしばらく切り結んでいると、次第にヴィンセントの顔色が悪くなりはじめた。
剣に蓄積されたダメージがもう限界なのだろう。
これまでにお互いの受けたダメージもかなりのものだ。
ここで勝負に出れば押し込める。
「そろそろ終わりだ! ヴィンセント!」
「……ち! 相変わらずの猪武者だなジーク!」
剣を庇おうとするあまりか、防御にあまり力が入っていないヴィンセントの剣を弾き、その胸に剣を突き刺した。
「ふう……。これで俺の勝ち越しだな」
ヴィンセントの胸から剣を抜き、腰の鞘に納める。
ヴィンセントのLPの光は見えない。急所にあたる心臓を破壊したことで即死させることができたようだ。
倒れ伏すヴィンセントに背を向け、転移装置に向かって歩きはじめた。
しかし。
「──そいつはどうかな」
ジークの胸から剣が生えた。
「……ばかなっ!」
ヴィンセントの仕業だ。
「お前も持ってるだろ。『死背者』の効果だ。『死背者』は、LPを失っても死ぬことはない」
「ぐふぅ……、だが、そのボロボロの剣では俺の鎧を貫くことなど……」
「ああ。ありゃ嘘だ」
「なに……!?」
ヴィンセントはジークの背中から剣を抜き、その刃先に指先をつい、と走らせた。
「この剣はたぶん、お前が持ってるのと同格くらいだろうぜ。ちょっと切り結んだくらいじゃダメージなんて受けたりしねえ。ひと芝居打ってやりゃ騙せるかなと思ってよ」
「……相変わらず、お前は嘘ばかりだな」
「褒め言葉として受け取っとくぜ。それからもうひとつ。俺はこういう物も持ち込んでてな」
ヴィンセントは懐から小瓶を取り出した。
「マナポーションってやつだ。お互い『死背者』で虫の息。徐々に減っていくマナが尽きればおしまいだが、こいつを飲めば俺の寿命はその分延びる。
この状態なら肉体的なダメージは受けても受けなくても同じだし、この時点でポーションで時間を延ばした俺の勝ちが決まるってわけだ。
つまり、俺の勝ち越しだな。ご苦労さん、ジーク」
ヴィンセントは小瓶の中身を一気に呷った。
あのポーションの性能は知らないが、自信満々で使うくらいだ。今減っている分くらいは一本で全快するのだろう。
『死背者』発動時のMPは割合減少であり、総量に関わらず死亡までのタイムリミットは同じになる。
ヴィンセントのMPが最大値で、ジークのMPが少しでも減っている状態であれば、確かにヴィンセントの言う通り勝負は決まっている。
このまま何もしなければだが。
「……ヴィンセント、お前、配下はいるか?」
「ああ? 死ぬまでの暇な時間をおしゃべりで潰すってか? 別にいいけどよ。
配下ねー。今はいねえな。塔の回りを掘り起こしゃあちょっとした軍団は作れるかもしれんが、やったところでかつての部下がそのまま蘇るわけじゃねえしな……。
ま、そのうちどっかで適当な死体でも拾ってくるさ。出来ればおっぱいの大きいねーちゃんがいいな」
「そうか。俺には配下がいる。主君より賜ったといっていい者がほとんどだがな。お前もウチの城で何体か会っただろう」
「おお、そうそう! あのメイドさんってどういうアレなの? ちょっと紹介してくれね? フリーのメイドさんの死体ってどっかにないの?」
ヴィンセントはもう剣を納めており、完全に戦闘意欲が失われている。
それはジークも同じだが、どうせ剣を振ったところでお互い意味はない。
そんな必要はもう無い。
「今のお前は配下がおらず、しかも俺の配下の事はメイドレヴナントしか覚えていない、か。なら知らないとしても仕方がないな」
「……何をだ?」
「『死背者』のもうひとつの効果のことだ。『死背者』ツリーにある『死霊昇華』には配下のアンデッドを吸収し、その特性を得る効果がある」
剣のみで勝負をつける。
そう考えていたが、こうなってしまっては仕方がない。
それに剣のみでの勝負を仄めかしたのはヴィンセントだ。この結末を狙っていたとすれば、あの時点からすでにジークは奴の術中にはまっていたことになる。
「エルダーリッチの持つ特性を得たことでアンロックされたスキルだ。存分に食らうといい。『不死者の威圧』」
『不死者の威圧』は自身を中心とした一定範囲のエリアに作用するデバフフィールドで、抵抗に失敗した敵対者のあらゆる行動の消費コストを倍増させる効果がある。
『死背者』において「LPが無くなっても死亡しない」効果を維持しているのは、常に消費され続けるMPである。
試した事は無かったが、そうであるなら『不死者の威圧』の効果範囲に居る限り、『死背者』の制限時間は半分に短縮されるはずだ。
「うおおお! マナの減りが速え! 何だこれは! ジーク! お前ぇ!」
「さて。じゃあ死ぬまでの暇な時間はおしゃべりの続きをするとしようか。もっとも、お前にはもうそれほど時間は残されていないだろうがな」
《──試合終了です! 勝者、【悲嘆のジーク】! ご観覧の皆さま、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に拍手を!》
***
「うん、さすがはジークだ」
「む、ヴィンセントは負けてしまったか」
「ジェフにはそのためにも結構経験値を与えていたと思うのだけど」
「……私自身に使う分もありますので」
「あら。もう「我」とか言わなくていいの?」
「もうやめたげてよお!」
ジークの勝利は良かった、のだが、その次の試合ではヒエムスがブランに負けてしまった。
やはりと言おうか、これは仕方がない結果だ。さすがに能力値に差があり過ぎる。
そしてその次の試合ではディアスも敗退してしまった。
相手は南の大悪魔、スレイマンだ。
一度は死亡したものの、そのまま動き続けるディアスに驚いていたようだったが、すでにジークとヴィンセントの試合を見ていたのだろう。
スレイマンが『飛翔』で空中に逃げ、冷静に距離を取ったまま時間切れを待った形だ。
これは試合の順番が悪かったと言える。そうした要素も含めてのトーナメント戦だと言うことだ。
優勝するつもりがあるのなら対戦相手だけでなく、次に戦う相手の事も見据えた上で戦略を組まなければならない。
ディアスは純粋に運が悪かっただけだが。
災厄級の戦闘ばかりが続き、観戦しているプレイヤーたちも半ば他人事というか、闘技大会ではなく大作映画か何かを見ているかのような心持ちになってきたころではあったが、ここでプレイヤーチームの登場になった。
一方はマグナメルムの関係者だが、相手のプレイヤーも見覚えがある者たちだ。
「あいつら予選突破出来たのか。それはお互いそうだけど。ていうか、何か数増えてるな……?」
《──それでは、闘技大会本戦! 【闇に生きる者たち】VS【仮面戦隊ライダーコック】! 試合開始!》
*
戦闘開始の合図と共に、まず動いたのは仮面戦隊ライダーコックのセンターに立っていた見覚えのある革スーツ男、ヒデオだ。
動いたと言っても攻撃を仕掛けたとかそういうものではなく、特性解放による変態である。
「──やはり、博士とは戦う運命にあるのか! なら、力づくでもその野望を打ち砕く! 見ててくれ、俺の……『変身』!」
着ている革のライダースーツのような服を破り、中から黒光りするフンコロガシ怪人が姿を現す。
その様子をモニターで観ていたレアは感心した。
「最初から変身してこいよって思ったけど、なるほどね。あのフィールドの中でならいくら服を破いても試合が終われば元通りになるからか。外で全部脱いで変身してくるよりスマートだね」
「意外と考えてんのかな」
ただ変身したのはヒデオだけで、それ以外のメンバーはそのままだった。
そのままの姿で十分異常だとも言える。
まず、闘技大会だというのにコックのような格好をしている男がおかしい。
どこからともなく両手にそれぞれ4本ずつ包丁を取り出しているが、それで何をするつもりなのか。
それにヒデオとコック以外の6人の格好もおかしい。
全員が全身タイツに、顔だけは無骨なフルフェイスの兜をかぶっている。赤、青、緑、黄、桃、白とカラフルだが、寒そうなコンビニ強盗と言った感じだろうか。
体形からすると黄色と桃色は女性のようだが、よくこんなチームに参加したと思う。そしてよく予選を突破出来たなと思う。防御力など頭部にしかなさそうなのだが。
「──ヒーローチームか。相手にとって不足はないな! 博士! あんたも”力”を解放しな! 出し惜しみは無しで行くぜ!」
タケダがスタニスラフにそう呼びかけると、スタニスラフもひとつ頷き。
「──ぬううん! 『変態』!」
ヒデオ同様に着ていた服を破り、現れたのは全長3メートルに届くかという大きさの、まさに怪人だった。
頭部からは以前のブランのような、カブトムシを思わせる立派な角が生えている。さらに背中には虫の翅が広がっており、『飛翔』を持っているだろうことをうかがわせる。
両腕はゴリラのように筋肉質だが、手首から先はサメの顔になっていた。もちろんノコギリの刃もついている。いや何がもちろんなのか。本来サメとノコギリは連想されるものではなかった。ちょっと毒されてきている。
脚は木の根がいくつも寄り合わさって出来ているような姿をしており、使われた素材が虫や魚だけではないことが分かる。
「──そ、そのおぞましい姿は……! 博士! 人を捨ててしまったか!」
「──人などという、脆弱な存在に固執していては、真理に到達する事など出来ぬわ! まあ少々やりすぎて、生殖機能は失われてしまったがな!」
「──それでも、それでも俺は!」
なんか楽しそうで何よりである。
肝心の試合の中身もなかなかいい勝負だった。
特にレアが注目したのは、トオルと名乗るコックの使っていた技だ。
と言っても包丁を無限に出す方ではない。その包丁を投擲するスキルの方だ。
『ファイナルスロー』と言う名のそのスキルは、『投擲』ツリーに何らかの条件でアンロックされるもののようで、投げたアイテムが凄まじい威力で対象に衝突するというものだった。
ただしこの時投げたアイテムは完全にロストするらしく、欠片ひとつ残らない。
ダメージ係数は元々のアイテムの性能に依存するようだが、使い捨ての包丁であってもかなりの威力が出せるようで、変態したスタニスラフの身体にさえ穴を開けていた。
しかし変態スタニスラフは『再生』を持っており、身体の穴も短時間で元に戻っていた。
トオルの包丁も無限に出せるようだったが『ファイナルスロー』の消費MPは馬鹿にならないようで、結局攻めきれずにスタニスラフに倒されていた。
ヒデオとタケダの戦いは特に目を引くところはなかった。レアがトオルに気を取られている間にいつの間にかタケダが勝っていた。
カラフルな全身タイツたちはスタニスラフが連れてきていた実験体のホムンクルスたちを相手に奮戦しており、こちらは全身タイツが勝っていたが、最後はトオルとヒデオを倒したスタニスラフとタケダに一掃されてしまった。
《──試合終了です! 勝者、【闇に生きる者たち】! ご観覧の皆さま、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に拍手を!》
「そろそろお昼にする?」
モニターから目を離し、振り向くとジャネットたちはバタバタと弁当箱を片付けていた。
「あ、すみません今用意します。私らはもういただいたので」
「え、見てなかったんだ。今の試合」
「あっはい。いわゆるトイレタイム枠かなって思って」
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