第526話「初戦からクライマックス」





 本戦も予選同様のトーナメント戦であるようだった。

 予選ではフィールドは荒野しかなかったが、本戦では選ぶ事が出来るらしい。ただし、対戦相手と別々のフィールドを選んだ場合はランダムでどちらかのフィールドが選択される。

 レアはどこでもよかったので何も指定しなかった。

 相手もそうだったのか、それとも敢えて指定したのかは不明だが、この本戦一回戦第一試合、つまりレアの最初の試合のフィールドは予選同様の何も無い荒野だった。





「──貴様、人族、か? ヒューマンに見えるが、ヒューマンじゃあ有り得ねえ生命力を持ってやがる……。それに、何だか妙な……。ちっ、世の中にはこんなのがいるのかよ」


 レアは自分と対峙している大男を観察する。

 身長は2メートルくらいだろうか。

 かなり立派な服装をしているが、少しだけサイズが小さいようで、はちきれんばかりの筋肉をパンパンに圧迫している。それとも、実はあれは単にオシャレな加圧シャツとかなのだろうか。

 男の耳はヒューマンと同じような位置にあるが、ヒューマンに比べて少しだけ尖っているように見える。といってもエルフほど長くはない。レアやライラに近い形だ。それでいて、髪と同じ色の毛がびっしりと生えている。耳毛が凄い、というよりもそういう種族なのだろう。


 以前に転生させた、ペアレの王に似た容貌である。

 おそらく、この男は幻獣王だ。見えていないが、尻尾もあるのかもしれない。

 『鑑定』でもして確定させておきたいが、試合開始のアナウンスの前はいかなる敵対行動も取る事が出来ない。『鑑定』もそれに含まれるようで、発動する事さえ出来なかった。


 野生の幻獣王がいるとは驚きである──わけでもない。

 この男こそ、かつて黄金龍の封印に尽力したという幻獣王だろう。

 もし黄金龍封印の後に幻獣王が死亡し、その後に新たに生まれた個体であるなら、ワールドメッセージによって災厄認定をされているはずだ。中央大陸にも西方大陸にもそうした情報が無かったという事は、この人物が黄金龍戦で活躍した人物だと見て間違いない。

 あるいはまったく関係なく太古からどこかで生き続けていた個体だという可能性もあるが、それを言い出せばきりがない。

 何にしろ、本人に聞いてみればはっきりする。


「そう言うきみはもしかして、かつて黄金龍封印に尽力したという幻獣王かな。そうだとしたら、噂はかねがね聞いている。ジェラルディンがよろしくと言っていたよ」


「……懐かしい名前だな。貴様、あの自己中女の関係者か。この俺様を呼び捨てたぁ──いや、それが出来るだけの力はあるってことか。そんだけの力を持ちながら、なんであの時は静観していやがった?」


 あの時、とは黄金龍戦の事か。何百年も昔の事である。生まれる前の事に文句を言われても困る。

 しかし仕方の無いことでもある。強い力を持つ者は、必然的に長い時を生きてきたというのが、NPCたちにとっての常識なのだろう。


「その時はまだ、わたしはこの世に存在していなかったからね。

 でも安心するといい。今度はわたしがきっちりカタをつけてやろう」


「生まれてなかっただあ……? てことは、そんな若さでそこまでの力を持つに至ったってことかよ。北の大悪魔どもと言い、このあいだ人間どもの街で暴れた金色の魔獣と言い、どうなってんだまったくよ……」


 幻獣王は忌々しげに地面に唾を吐き捨てた。

 行儀が悪い。

 レアは眉間にしわを寄せた。


 しかしこの言い方からすると、幻獣王は南方大陸に住んでいるらしい。

 であれば、この彼こそがユーク獣人帝国の皇帝なのだろう。

 獣人と言えば脳筋というイメージがあったし、実際潜入させているケリーからの報告ではそんな感じであるらしいが、さすがに王ともなれば以前のライラの乱も把握しているようだ。


 王たる身でありながらこんな大会にのこのこやってくるのはいささか危機感が足りないような気がしなくもないが、獣人帝国は実力第一主義の国である。

 数年に一度各部族の長が戦い、その中で最も強い者が皇帝の座に就くという。そしてもう何百年にもわたり、皇帝の代替わりは起きていないとのことだ。


 つまりこの幻獣王もオークの群れの長と同じく、自らの正統性を証明するために、力比べの大会には出場せざるを得なかったというわけだ。


「……てか、ちょっと待て。

 貴様今、今度は、とか言いやがったか? そいつはどういう意味だ」


「どうって、そのままの意味だよ。今度黄金龍と戦う時はわたしが倒すから、指をくわえて見ているといい。

 ──もうすぐ、そうだな。この大会で他の者たちの大まかな実力を確認する事が出来たなら、あれの封印を解く。

 そしてわたしがこの手で倒す」


 レアの言葉に、幻獣王は血相を変えた。


「ふ、封印を解く、だと!

 バカなことを! あれはかつての俺様たちが束になっても倒しきれなかったほどの魔龍だぞ! 貴様1人で倒せるわけがない!

 くそ、あの自己中女と知り合いなんじゃねえのか! あいつは何をやってやがんだ! なぜ止めん!」


 レアはおや、と思った。

 以前にその自己中女──ジェラルディンから聞いていた限りでは、この幻獣王は彼女と同様、黄金龍の封印ではなく討伐を主張していたはずだ。

 であれば、やはり彼女と同様、今回の話に乗ってきてもおかしくない。

 にもかかわらず、彼はどうやら不満である様子だ。何故だろうか。


「黄金龍を倒すのは、きみにとっても悲願とかじゃなかったの? なぜ反対するんだ? 自分で戦うのが怖いと言うのなら、安心するといい。別にきみたちに何かをしてもらうつもりはない」


「そういう話ではない! 貴様、貴様は知らんからそんな呑気な事が言えるのだ。あれは、あれは常世の者がどうこうできる存在ではない! 弱らせ、封印するのが精いっぱいだ。それだって、エウラリアの命を使ってようやく出来たことだ!

 貴様はそれを、エウラリアの命の結晶を破壊するというのか……!」


 幻獣王の瞳が熱を帯びている。

 これはもしかしてあれだろうか。

 最初は討伐を主張していた彼だが、実際に戦った事で怖気づいた。さらに吊り橋効果か何なのか、戦友の、おそらく当時の聖王であろうエウラリアに惚れてしまった。そして惚れた女──女じゃなかったらちょっとわくわくする──が命を賭して作成した大結界を神聖視している。

 そんなところではないだろうか。


「わたしはそのエウラリアという人物を知らないしね。そんな事を言われても。

 というか、そんなにその結界が大切なら、北でずっと見張りでもしていればいいじゃないか。この間見学に行ったけど、誰にも止められたりしなかったよ。ぺたぺた触っても怒られなかったし」


 封印が解けかけたりはしたが。


「それに、当時直接戦っていたジェラルディンが止めないことからもわかるように、わたしなら黄金龍に対抗できる可能性は十分あるはずだ。それは今から、戦いによってきみに証明してあげよう」


「貴様……!

 ──いいだろう。貴様のその傲慢な性根、この俺様がし折ってくれるわ!」


《──それでは、闘技大会本戦! 【マグナメルム・セプテム】VS【ユーク・オライオン】! 試合開始!》


 いつの間にか、解説役の長い前説は終わっていたらしい。


 ついに試合が始まった。





 先手はオライオンが取った。

 アナウンスが終わると同時に突進してきたのだ。


 試合用特設エリアは、試合開始の合図があるまではセーフティエリア扱いになっているため、一部を除き敵対的な行動はとれないようになっている。

 そのためフライングはないが、アナウンスの直前から準備をしていれば、開幕直後に先制攻撃を仕掛けることも不可能ではない。敵対行為がアンロックされた瞬間にこのように突進を仕掛ければいいだけだ。


 しかしそれは、攻撃のタイミングが相手に完全にわかってしまうということでもある。後手に回るのならこれほど迎撃しやすい攻撃もない。

 もとよりカウンターが得意なレアにとっては、むしろありがたいまである。


「くらいやがれ! 『幻獣化:右腕』!」


 迫るオライオンの上半身を覆っていた服がはじけ飛び、右腕だけが異常に肥大化してレアに襲いかかった。

 よく見れば、その右腕はびっしりと毛に覆われている。

 『幻獣化』とかいうスキルは以前にペアレの王が使っていたが、あのツリーを育てると一部分だけに適用させることも可能になるようだ。

 質量による攻撃力に絶対的価値を見い出しているレアにすれば、それだったら全身を大きくした方がいいのではと思わないでもないが、これはこれで有効ではある。突進に入った後にこうすることで、相手が想定していた間合いを強制的に外させる事が出来るからだ。


 事実、かわしてなして投げ飛ばそうと考えていたレアは予定を修正せざるを得なくなった。

 拳が大きすぎて躱しきれそうにない。今さら間に合わないし、ここは一旦『魔の盾』のひとつで受け、その後反撃に移るしかないようだ。


「甘えんだよ! 『正拳突き・フルコンタクト』!」


 しかしレアが防御のために『魔の盾』を1枚動かした瞬間、オライオンが何かのスキルを発動した。

 すると彼の拳がさらにひと回り大きくなる──いや、これは大きくなったわけではない。衝撃だけが肥大化しているのだ。

 つまり、今のスキルは近接物理系の範囲攻撃であるらしい。

 防御する予定だった『盾』のみならず、他3枚も含めた『盾』全てにも衝撃が伝わり、ひとしくダメージを受けてしまった。いや空手におけるフルコンタクトとはそういう意味ではないと思うのだが。

 しかもそのダメージ量は目で見て変化が分かるほどであった。

 なるほど、長く生きる災厄級は伊達ではない。


「──っち! 何で本体の生命力は減らねえんだ、よ! 『幻獣化:左腕』! 『正拳突き・フルコンタクト』!」


 こちらに大したダメージが無いとみるや、すかさずもう一撃を放ってくる。

 今度は突進の勢いもなく、腰のひねりのみで放たれているため最初ほどの威力は無いが、それでもそこらの魔物なら消し飛ばせそうな衝撃はあった。


「きみの攻撃が弱いからじゃないかな?」


 範囲攻撃である限り、ダメージを『魔の盾』だけに集約させる事は出来ない。

 しかしレアの本体に入るべきダメージはMPで肩代わりする事ができる。できるというか、自動的にそうなる。

 レアのMPを越えるだけのダメージを蓄積させなければ、LPを減らす事はできない。


「舐めた口を……! 『幻獣化』!」


 ここで全身の『幻獣化』だ。

 別にレアの言葉に苛ついたからではなく、両腕だけが肥大化してしまっている不安定な状態で戦い続けるのが合理的ではないからだろう。


 残っていた下半身の服を破り去り、オライオンはみるみるうちに巨大化していく。背中からは猛禽を思わせる翼が生え、大きかった腕はさらに太くなる。全身を獣毛が覆い、口元は張り出し、立派な牙が伸びてきた。

 出来れば服を破る前に毛を生やして欲しかったところだ。そうすれば中途半端な状態の脛毛を見ずに済んだのだが。


「──フゥー……。踏ミ潰シテクレルワ……!」


 変化を終わらせたオライオンは、ペアレ王とはまた違った姿の獣であった。

 ペアレ王は獅子と猛禽を合わせたような姿だったが、オライオンは違う。

 腕はヒトに似た形状のままだし、全身を覆う体毛も顔と手のひらだけは生えていないようだ。


 翼の生えたゴリラ。しかし顔だけはマンドリル。そんな感じである。


「……オライオン、とか言う名前なのに、獅子ベースじゃないのか」


「死ネイ!」


 オライオンがその太い拳を振り上げ、レア目がけて振り下ろす。

 踏み潰すのではなかったのか。いや、これも前足だと考えれば踏み潰すの範疇に入るのだろうか。


 しかしさすがにこれをそのまま受けるのはよろしくない。

 大型化した事でオライオンの攻撃力も増大しているだろうし、レアの足元は大地だ。衝撃を逃がす事も出来ない。

 ただ大型化した弊害で目測が甘くなっているためか、回避は難しくない。


 レアは咄嗟にバックステップで大きく下がり、さらに『天駆』と『飛翔』で高度も上げた。

 その真下を砕かれた大地の欠片が掠めていく。


「エエイ、チョコマカト!」


「わたしがちょこまか動いているんじゃなくて、そっちがバカみたいに大きいだけだよ」


 追撃の拳をひらりひらりと回避しながら、徐々に高度を上げていく。

 人間サイズではロクなダメージが見込めないからと巨大化したようだが、攻撃の精度を犠牲にしていては意味がない。

 無策で巨大化したところで基本的に良い事はないのだ。やるなら命中精度が落ちても勝てるだけの作戦を立ててからするべきである。


 が、それはどうやらオライオンの、文字通り手のひらの上だったらしい。


 ここらで一発反撃をかましてやろうとオライオンの顔を見てみれば、彼は大きく口を開けて構えていた。


「……なるほど。伊達に長生きしてないみたいだね」


 精度の低い攻撃はすべて、自身の顔の前にレアを追い立てるための勢子せこのようなものだったらしい。

 それなら確かに、命中精度はさほど重要ではない。この大きさに見合った攻撃範囲で腕をぶん回されれば、小さなレアは被弾を避けて移動するしかない。


 オライオンの口腔内の魔素の輝きが増していく。


「『ワイルドネスブレス』!」


 直訳するとただの獣臭い息では。

 そう一瞬思ったが、ブレスの効果は幻獣王が放つにふさわしい威力だった。


「くっ!」


 直撃を受けた『魔の盾』のLPがかなり削られる。範囲攻撃扱いであるためか、4つ全てがだ。

 レア本体も同様のダメージを受けているが、こちらは総MPが多いためまだまだLPダメージには届かない。

 とはいえ、MPとは本来ダメージを受けるものではなく、行動の為に消費すべきリソースである。

 これ以上減らされては攻撃の選択肢も減っていってしまう。


「チッ。コレデモ倒シキレネェカ……」


「……いや、悪くない攻撃だった。いかに相手が弱かろうとも、油断してはいけないという基本的な事を思い出させてくれたよ」


 野生の幻獣王というものがどの程度なのかを知りたかった、という理由もあるが、それにしても遊び過ぎだった。


 次は耐久試験だ。

 もちろん、相手の、だが。


「──『魔の剣』によるスキル攻撃は、前回やったっけ」


 ペアレ王の下半身を吹き飛ばしたのが確かそれだった。


「じゃあ今回は事象融合をお見舞いするか。あれ人に向けて撃った事ないし。

 それに『儀式魔法陣』も普及しているし、彼らの目指すべきもののひとつとして、ここは見本を見せておこう」


 翼を解放し、ついでに「翅」やら「光背」やらもオンにして目立たせておく。

 あってもなくても変わらない、と思いながらの行動だったが、意外な効果があった。

 翅の効果か光背の効果か不明だが、MP自然回復量がわずかに増したのだ。ただ光るだけではなかったらしい。これまでMPが減った状態でオンにした事がなかったため気がつかなかった。

 とは言っても今すぐ関係ある話でもない。これが影響するほど戦闘を長引かせるつもりはない。


 明らかに派手に煌めくようになったレアを警戒してか、オライオンは目の前のレアを叩き落とそうと両手を振りまわす。

 しかしそんな雑な攻撃に当たるほどレアは間抜けではないし、その程度で集中できなくなるという事もない。


「『フレイムデトネーション』、『レイジングストリーム』、『レヴィンパニッシャー』……」


 レアの翼に光が宿る。


「何ヲスルツモリダ!」


 オライオンの腕の速度が上がる。しかしレアを捕らえる事は出来ない。


「『セディメントディザスター』、『ゲイルランペイジ』、『クライオブリザード』……」


「……何ダコレハ! 何ダコレハ!」


 オライオンの巨大な瞳が驚愕の色に染まる。

 そしてレアに攻撃を当てるのを諦めると、地響きを立てて飛び上がり、そのまま翼をはためかせて距離を取ろうとした。


「あはは! 愚かな! 逃がすと思うか! オーク・オライオン! 『天変地異カタストロフ』!」


「俺様ハおーくジャネエ──」





《──試合終了です! 勝者、【マグナメルム・セプテム】! ご観覧の皆さま、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に拍手を!》





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