第523話「予選開幕」





 闘技大会予選が始まった。


 似たようなイベントで言えば第一回イベントのバトルロイヤルもそうだったが、今回は予選から対戦形式であるようだ。

 各参加者からあらかじめ参加可能な時間を聴取しておき、その時間に応じて運営がブロック分けし組み合わせを作ったらしい。

 そのように時間ごとにブロックが決められてはいるが、それでも参加人数が多すぎるため、同じ時間帯でもいくつものブロックが存在している。

 予選期間中は効率最優先で、複数の特設エリアを使って次々と試合が行われるため、参加者としても参加可能だと提示した時間帯であればいつ呼ばれるかわからない。

 そのせいもあってか、このイベントは拘束時間が非常に長く、ほとんどの参加者は観戦用特設エリアに詰めているようだった。


 観戦用特設エリアには上空にいくつものモニターが浮かんでおり、フィールドとしては緩やかな傾斜がついただだっ広い草原になっている。

 草野球の観戦でもしているような気分になる。やった事はないが。

 野球はルールが複雑すぎるので、レアはあまり興味を惹かれなかったのだ。せっかくバットという、人間工学的に考え抜かれた振り回しやすさに特化した長物を持っているのだから、あれで殴り合えば話も早いのに。


 ともかく、そんな特設エリアに転移してきた一般のNPCたちも始めは驚いていたようだったが、しばらくするとすぐに慣れ、モニターを見て騒ぐようになった。今では酒などを持ち込んで予選を肴に宴会をしている者もいる。





「あ。ドロテアが消えた。呼ばれたみたいだ。どのモニターだろ」


「今から探しても遅いでしょ。見つけた頃には終わってるんじゃない? ていうかさ、ヴィネアちゃんとか参加してるの? 応援しなきゃなんだけど」


「参加させてないよ」


「えー! なんで!」


「なんでもいいでしょ。あの子はもう人前には出しません」


 これまでの経験から、ヴィネアを目立たせるとだいたいレアが精神的ダメージを受ける結果になる事がわかっている。それがわかっていて参加などさせるはずがない。


 しかしそれ以外の眷属たちについては、本人が希望する限りは参加を許可していた。

 レアの眷属たちは賢いため、ほとんどは「どれだけ勝ち残ったとしてもいつか必ず勝ち目のない戦いを強いられることになる」という事実に気付き参加を辞退していたが、ディアスやユーベルを始めとする一部の災厄級の配下たちは力試しとばかりに参加を決めていた。


 今しがた消えていった、セプテントリオン代表とも言える魔王ドロテアの目的はレアとの再戦らしい。可愛いものである。

 わざわざこんな大会に出なくとも頼まれればいつでも戦ってやるのだが、死を恐れずに全力でやれるというのは確かに貴重な体験だろう。

 なお彼女の曽祖父アルヌスは参加していない。


「──ただ今戻りました!」


「早っ」


「おかえりドロテア。どうだった?」


「どうと言われましても、別に、としか。あれならセプテントリオンのカカシの方がマシですね」


 セプテントリオンの畑にはカカシ代わりにエルダートレントが植えてあり、更にフェンリルである白魔たちが番犬をしている。

 もしあれより強い参加者が在野にいるとしたら注目するに値するが、今の相手は違ったらしい。


「ええと、今ドロテア様が戦った相手は多分、NP……現地人の傭兵グループですね。地元ではそれなりに名の知れたパーティらしいです。ひとりだけ異邦人が混じってましたが、グループ登録用でしょう」


 半眼で目玉だけをせわしなく動かしながらジャネットが教えてくれる。どこかのまとめサイトか何かをチェックしているようだ。


 こういった、普段は行動を共にしない者たちと並んで観戦するというのも実に新鮮で何となく楽しい。運動会を思い出す。

 お尻の下にはレジャーシート代わりの毛皮が敷いてあり、ちょっとしたピクニック気分でもある。

 皆上空にいるため、モニター以外に見えるのは空と地平線くらいだ。眺めもいい。


 最初のうちはレアたちも地上で観戦していたのだが、近付こうとするプレイヤーがあまりに多く、鬱陶しいため全員で空に逃げていた。

 現在はブランの協力の元、完全体となった最高の空、ジズの背中に毛皮を広げて皆で座っている。

 ブランやライラ、ジェラルディンたちといったマグナメルム幹部だけではなく、ジャネットたちの一味も同じ毛皮だ。


 タケダなる怪人やジョー・ハガレニクセンと名乗るプレイヤーもいるが、それらはバンブらと共にアビゴルの背中に乗っている。アビゴルはインディゴの隣に並んで浮いていた。

 あちらは男子専用観客席だ。ディアスや伯爵たちも向こうである。

 ジョー・ハガレニクセンの仲間の女プレイヤーはこちらに同乗してもいいのだが、遠慮してか地上で観戦しているようだった。


「まだ予選だし、実力差が大きい試合が多いみたいだ。みんなまだ実力を隠して──」


《抵抗に失敗しました》





「──るね、って、わたしの番か」


 ゆらりと景色が切り替わった。『召喚』で移動した時のあの感覚だ。


 地面には消えゆく魔法陣がうっすらと残っており、魔法陣の周囲には8人の傭兵組合職員がいた。みんな辛そうに肩で息をしている。

 この者たちが今、レアを観客席から『召喚』したのだろう。


 これこそが『儀式魔法陣』を利用した、事象融合による多重の『召喚』、『指名召喚』の威力である。今回のイベントに使われている新技術だ。

 システムメッセージに書かれていた「プレイヤーの皆様のゲーム進行状況が規定の条件を満たした」というのは、この『儀式魔法陣』を発見した事を指しているのだろう。

 運営は傭兵組合の職員に『儀式魔法陣』を使わせ、『召喚』を複数重ねた強力な『指名召喚』によって、試合会場にプレイヤー、NPCの区別なく選手を喚び出しているというわけだ。


 この『指名召喚』は通常の『召喚』と違い、対象を指定する事が出来る。しかも先ほどのシステムメッセージからも分かる通り、抵抗はほぼ不可能だ。

 また今回も大天使戦と同様、特設エリアはインスタンス扱いとなっており、通常の『召喚』は発動できない。

 にもかかわらず『指名召喚』が発動するのは、そういう設定になっているのか『指名召喚』を封じる手立てがシステム的に存在しないのか。検証してみたいがレアたちでは8人で息を合わせることなど不可能だし、試すにはヒューゲルカップ地下から大天使の部屋に行く必要がある。


 何にしても非常に強力なスキルだが、前述の通り8人もの人数が必要であり、しかも一日に一度しか発動できないというデメリットもある。加えて消費MPも破格で、専用に用意されたであろう職員でも一度の行使でMPが尽きる。どのみち一日一度なのでMP残量など関係ないのだが。

 いわゆる、大儀式によって魔王とかを召喚する系のイベントクエスト用に設定されたのであろう、雰囲気スキルのようなものだ。

 運営はそれを利用し今回の闘技大会を企画した、という流れである。


 座ったままの姿勢で『召喚』されたレアは、立ち上がりスカートについた砂を払った。

 見れば相手側の8人のプレイヤーらしき傭兵たちも立ち上がり、尻の砂を払っているところだった。

 観戦用エリアで待っているような真面目な参加者であれば、レアやあのプレイヤーたちのように座って観戦していただろうし、『召喚』直後は毎回必ずこうなるのだろう。モニターには試合開始からしか映されないのでわからなかった。

 間が抜けているにもほどがある。試験的な運用とはいえ、もう少し考えてほしかった。


「──で、きみたちがわたしの対戦相手というわけか」


 組合の職員たちが転移で去っていくのを確認してから、対戦相手に語りかけた。

 一日に一度しか使えないスキルに8人、相手側と合わせて16人もいちいち投入していては人材がいくらあっても足りないのでは、と思ったが、よく考えればここは試合用特設エリアである。仕様通りなら、職員もここから出ればMPやクールタイムがリセットされるはずだ。意外と合理的なシステムだった。精神的な疲労度を一切考慮しないという意味ではとんでもないブラック労働環境だが。


「マママ、マグナメルム・セプテム!?」


「クジ運悪すぎィ!」


「ま、まて逆に考えるんだ。どう考えても優勝は彼女だ。ってことはだ、その彼女と直接当たって負けたとなれば、実質俺たちは準優勝……!」


「いやそうはならんやろ!」


 実に面白いプレイヤーたちである。


「──なんだ。きみたちは戦う前から負けるつもりなのか? それはよくないよ。せっかく参加したのなら、わたしを倒すつもりで戦わなければね」









「ただいま」


「早っ」


 戻りは特設エリア内の簡易転移装置に触れれば一瞬だった。

 『指名召喚』前に居た場所に転移する仕組みらしい。効果が限定的すぎるが、このイベント以外で使うことがあるのだろうか。


「おかえりセプテムちゃん。どうだった?」


「どうって言われても。別に、としか」


 対戦相手にはああ言ったが、実際のところ予選でレアが苦戦する事はおそらく無いだろう。


 どうやって振り分けているのかは謎だが、どうも実力がある者同士は当たらないように調整されているがある。

 数値的に戦力を把握できる運営にとって、この予選はあくまでも「本戦に参加するには実力が足りないキャラクターをふるい落とす」だけの意味しかないようだ。

 それなら最初から能力値で足切りしてほしいところだが、稀に数値にとらわれない結果を叩き出す者もいる。それは運営にもわかっているのだろう。


「そういえば、メリサンドのところはメリサンドしか出ないんだっけ」


 レアやライラの配下には立場的にも参加せざるを得ない者もいるが、それ以外の配下たちは基本的にはよほどの戦闘狂でもない限り参加を見合わせている。理由は先に述べた通り、どこかで絶対に負けることになるからだ。

 勝てない戦いがしたくないのはメリサンドの配下も同じであるようで、カナルキアから参加しているのはメリサンドだけだった。


「……そうじゃ。そうじゃけど、そうじゃけど!

 お主らずるいぞ! 出るって言ってたじゃろ!」


 急にキレた。

 視線の先にはジェラルディンとゼノビアがいる。

 どうやら、マグナメルムのNPC3人組の間で参加するしないの話し合いがあったようだ。


「あら。言ったかしら、そんなこと」


「いや、言ってないよ。僕らはただ、たまにはそういう催しに参加するのも楽しそうだね、って言っただけで」


「そういうの、詐欺っていうんじゃぞ!」


「だって、勝ち進んでいったらいつかはセプテムさんとも当たる時が来るのでしょう? セプテムさんに手をあげるだなんて、とても無理だわ」


 ジェラルディンがちらりとレアに流し目を送ってきた。

 むしろ大切な相手だからこそ、試合においては全力で相対あいたいするべきなのではと思うのだが、そうした考えは武道家特有のものなのかもしれない。対立イコールどちらかの死である事が普通のバイオレンスな魔物社会では「試合」という文化さえないのだ。


「大丈夫だよメリーサン! わたしも出るし、さみしくないよ!」


 肩を落とすメリサンドをブランが慰めた。


「さみしいわけではないわい! というか、もうただ純粋に戦うのが怖いのが一部おるっていうか……。ああ、なんでわしこんなのに参加しちゃっ──」


「あ、消えた」


「どこかしら、メリサンド」


「たぶんだけど、飛ばされてからモニターに映るまでにはタイムラグがあるよ。すぐに探しても居ないんじゃないかな」






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