第478話「罪と罰」(バンブ死点)





 フレンドチャットを通じ、家檻、スケルトイ、リック・ザ・ジャッパーにトレの森に来るよう連絡した。

 3人とも行った事もないと言っていたが、この森は最初期から登録されていた老舗のダンジョンである。行った事が無くともリストには載っているはずだ。

 転移先の広場にはいつもであれば数名のプレイヤーがいる、はずなのだがこの日は誰もいなかった。

 システムメッセージでイベント告知が来たためだ。

 魔物による襲撃というわかりやすい内容であるためか、戦闘系のプレイヤーはこぞってシェイプのライスバッハに向かったようだ。そうした動きが見られたからこそトレの森に呼んだのだとも言える。





「──よう、来たか」


「マ、マスター? あの、この森は一体……」


 案内のホブゴブリンに連れられて森の広場までやってきた家檻が、きょろきょろと周囲を警戒しながら祭壇のそばに腰かけるバンブに恐る恐る声をかけた。

 腰かけていると言っても地べたに座り込んでいるわけではない。地面から太く黒光りする根が数本飛び出しており、その根に椅子のように座っているのだ。見ようによっては根を模して黒曜石か何かで作られたおしゃれなベンチに見えなくもない。


「この森、あれっすよね……。アプデで☆5から即☆7になったっつーいわく付きの森っすよね……。あの、何で俺ら無事にここまで来られたんすかね……?」


「マスターの配下が案内してくれた、のはいいんだけど……。樹や岩が道を開けるようにどいてったり、いろいろおかしいんですが」


 スケルトイとリックもびくびくしながら辺りを警戒している。

 道を開けたのはレアの配下、というか世界樹の配下のトレントやロックゴーレムたちだ。別にそこまで気を使ってもらう必要はなかったのだが。


「ああ、まあ、気にするな」


「いやいやいや、無理でしょさすがに!」


 突っ込みながら3人がバンブを見た。

 そして一瞬固まり、騒ぎだした。


「──って、マスター何なんですかそのLP!」


「え? バグ?」


「あ、わかった! ネタスキルかなんかで『真眼』のデフォルト設定の色と同じ色で光ってるんでしょ!」


「んなわけあるかバカ」


 面白い発想ではあるが、何のためにそんな事をするというのか。


「その辺も含めて色々説明してやるからもっとこっち来い」


 未だ警戒は解いていないようだが、バンブが言うならという風で3人が歩み寄ってくる。

 そして家檻が気付いた。


「あれ? マスター、何か雰囲気が……。手足が短くなりました?」


「おい言い方!」


 以前のバンブの身長は平均的な人類よりも高く、ミイラだったためその割に身体が異常に細かった。しかし今のバンブは人類と同程度の身長であり、スタイルも整っている。

 見ようによっては手足だけ縮んだように見えなくもないかもしれないが、きっちり胴も縮んでいる。家檻の言い方だと胴長短足になったように聞こえてしまう。


「あ! もしかして転生したんすか? それでそんな……いやそれにしても変わり過ぎっしょ! どこのラスボスすか!」


 惜しい。残念ながらラスボスは他に居る。

 今日は不在だが。


「まあラスボスじゃあねえが、それ以外はその通りだ。何度目かの転生をした。それでようやく、俺もいっぱしのレイドボス──災厄って奴になれたもんでな。その記念ってわけでもねえが、お前らに隠してた事を明かしてやろうと思ってな」


「隠し事……というのは、以前から時々言っていた、協力者の事ですね?」


「そうだ、家檻」


「……もしかして、その協力者って……」


 家檻が辺りを見渡した。

 今は席を外してもらっているためトレントやゴーレムたち、というか樹々や岩々しか見えないが、バンブが合図をすればライラたちも現れるようお願いしてある。

 トレの森はマグナメルムの支配するエリアだという話はプレイヤーの間で半ば事実として扱われているし、家檻は気付いたようだ。


「だがその前に、まず俺の現在の姿からだな──」


 バンブは着ていたローブを脱ぎ捨てた。


「『解放:角』、『解放:三面六臂』」


 バンブの身体が一瞬で変化する。

 額からは角が生え、その顔がさらに3つに分かれていく。

 そして両の肩からは新たに二対の腕が生えてくる。


 阿修羅王が顕現したのだ。


「どうだ」「どうだ」「どうだ」


 3つの口で同時に声を出してやる。

 それで硬直が解けたようで、3人はびくりと震えた。


「──やべえっすね……。何すかそれ……」


「──仏像とかなら見たことあるけど……。実際に腕の生え際とか顔の境目とか見ると自分の中の大事な何かが削られてくような……」


 スケルトイとリックは青ざめている。と言っても骸骨とゴブリンなので顔色などわからないのだが。

 この2人は阿修羅王の美が理解できないようだ。残念だが、最初からこの2人の美的センスは期待していない。

 家檻はどうだ、と目をやると、何やらぶつぶつ呟いている。


「……マスターがイケメンになって、イケメンが分裂して台無しになって、さらに3.1chでマスターの声が……」


 バンブがイケメンになったのは事実だが、台無しとは失礼な。むしろ顔が3つになったことで美しさも3倍になっていると言っても過言ではない。というか、3.1chとは何だ。サブウーファーはどこから現れた。


「ああ! 姐さんがショックで壊れた!」


「戻してくださいマスター! 出来れば刺激の少ないミイラまで!」


「無茶苦茶言うなお前ら!」





 ミイラは無理にしても、とりあえず角と三面六臂をひっこめ、再びローブを羽織って阿修羅王について説明してやった。

 そうしている間に家檻は落ち着いたようで、今は普通に話を聞いている。


「じゃあ、マスターがいきなりイケメンになったのはその特性のせいだと」


「ああ。人間種の貴族どもも似たようなもんを持ってやがるな。あれと同じだ。差し詰め今の俺は魔物の貴族ってとこだな。いや阿修羅「王」だから王族でもいいか」


「魔物の王なら魔王っすね!」


「いやそれはまずいからやめとけ! 絶対言うなよ二度と!」


「う、うっす」


 スケルトイはすぐ地雷を踏むので困ったものである。


「いやー、でも……」


 ちらり、とリックがバンブの胸板から腹筋を盗み見る。


「そうっすね。これは……」


 スケルトイの視線も感じる。ただこちらは眼球がないため本当に見ているかは不明だ。

 今はローブを羽織っただけで前は閉めていない。バンブの引き締まった肉体がローブの隙間から見え隠れしている状態だ。男であるリックやスケルトイをも魅了してしまったとしても仕方がない事だが、バンブにはそちらの趣味はない。2人の気持ちはうれしいが、受け入れる事は出来ない。

 美しいとは実に罪なことだ。


「ふっ。どうした、ちらちらと。そんなに気になるのか」


「ええ、まあ……そりゃ」


「おいバカ、余計なこと言うなよ」


「ふふ。構わんぞ。言ってみろ」


「え? いいんすか? じゃあ」


 スケルトイは意を決し、深呼吸して言った。


「──緑のローブから赤い地肌がちらちらみえてて、なんだかその、叩かれて割れたスイカみたいっすね」


 バンブは真顔になった。









 その後バンブは機械的に森エッティ教授を呼び、彼の種族についても説明し、彼が元々協力者から派遣されてきた立場だった事などを明かした。

 タヌキの身体にリスの尾という姿を見た家檻はバンブを見た時以上にはしゃいでいたようだったが良く覚えていない。


「──あの、大丈夫ですよマスター! イケメンなのは確かなので、きっとファンも増えると思います!」


「……気を使う必要はねえぞ家檻……。どうせ俺はスイカ王だからな……」


 自分の美しさに目が眩み、色合いなど全く気にしていなかった。

 いや、そもそもそんなに言うほど美しくもないような気もしてくる。本当に目が眩むほど美しければ、たとえどれだけ奇抜な色合いでも受け入れられたはずだ。少なくともスイカと比べられる事などなかったに違いない。

 ライラが「隣を歩いてほしくない」と言っていたのが今頃になって効いてきた。

 とんだ勘違い野郎だったというわけだ。


「いや、ローブがダメなんすよ! 中身はマジイケメンなんで! ちょっと顔色が明るすぎるっていうか、日焼けし過ぎた肌弱い人っていうか」


 モテようと日焼けサロンに行ったはいいが肌が弱すぎて赤くなっただけで帰ってきた人、と言われているかのようだ。

 これは効く。


「お前ちょっともう黙ってろ!」


 スケルトイはリックによって口をふさがれた。


「──いやいやいや、笑わせてもらったが、そろそろ次にいっていいかね。名残惜しいがキリがない」


「キリがないってなんですかタヌキ! マスターの恥ずかしい話そんなにあるんですか!」


「おいもうやめてくれマジで」


「バンブ氏もああ言っていることだし、先に進めよう。

 私を派遣した組織のことだ。君たちをこの森に呼んだ事で薄々気付いているかとは思うが──」





 その後、どうにもやる気の出ないバンブに変わって教授──慈英難がライラとゼノビアを呼んだ。一緒に現れたフレスヴェルグやニーズへッグが彼らの度肝を抜き、今後のMPCの活動は秘密裏にマグナメルムの指揮下で行なわれる事が通達された。というか、家檻たちが黒幕の存在を理解するようになったというだけでこれまでと基本的に変わらない。


 マグナメルムに忠誠を誓えばバンブや慈英難のように特別な転生のチャンスを得られるかもしれないことや、特殊なスキルの取得のヒントも教えてもらえる可能性がある事なども伝えておいた。

 家檻は忠誠のくだりで少しバンブを気にしていたようだったが基本的には3人とも同意し、そういう「黒幕の手先」プレイをすることを誓っていた。





 ちなみにローブの色変更はライラによって却下された。

 どこかで話を聞いていたらしいライラとゼノビアはそっくりな顔つきでニヤニヤしていた。

 ライラはともかくゼノビアはスイカを知っているのかと不思議に思ったが、スイカは西方大陸で自生してるらしい。

 なるほど。いつかすべて焼き払ってやろうと思う。






★ ★ ★


あーしまったーサブタイトルで誤字ってしまったー(

次回はシステムメッセージですので深夜0時に投稿いたします。

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