第363話「主君元気で留守がいい」(ライラ視点)





 お茶会、とその後の遠足を終えたライラは、ヒューゲルカップ城へと戻ってきた。

 遠足では数年ぶりに頭を悩ませる選択を迫られたものの、答えを先延ばしにして逃げてきた。レアはああ見えて意外と優しいため、ライラの答えも待っていてくれるはずだ。


 本来、大きく情勢が変化したこの時期であれば、ライラも王都に戻って全体の指揮を取るべきだ。陰ながらとは言え、それが国家を束ねる者の責務である。


 オーラル全体で考えても全ての貿易国を失った今、非常に繊細な采配が求められる。

 しかし国としては無くなったとしても、取引先が無くなったわけではない。

 もともと、実取引は各国相手というよりは各都市相手にしていたものだ。

 それを便宜上束ねていた政府が無くなったとしても、今すぐ何か変化があるわけではない。実際、各都市──もとい、各都市国家からも取引の継続の歎願が届いている。


 また一方で大幅に取引が減少しているところもある。

 元ポートリー王国だ。

 もっとも、ポートリー方面は野盗被害に対する食糧援助という意味合いが強かったので、儲かる取引ではなかったため切っても困らない関係ではあるのだが。


 そして現在はその分の援助のほとんどをシェイプ方面に差し向けさせているところだ。

 人口に対して食糧が足りていない比率で言えば、あの国が今最も深刻だ。ブランの仕事の後始末とも言えるが、ブランにとっては一般のNPCなど死のうが生きようがどうでもよかったのだろうし、それは仕方がない。

 ただライラが個人的に、死んでしまうよりは生きていてもらった方が使い道もあると考えて行動しているだけである。


 加えてオーラル王国として近隣諸国に慈善的な印象を与えておきたいという狙いもある。

 これまでは大陸に6つ、いや5つしかなかった国家だが、これからは無数の国家が乱立する世の中になる。

 当然、最も力を持っているのは言うまでもなくここオーラル王国だが、今後大陸の諸国家を牽引していく存在としてプレイヤーたちが台頭してくれば、国の持つ力がそのまま影響力に直結するとは限らない。

 力の大小に関わらず、それぞれの国には等しく発言権があるべきだと考えるプレイヤーも出てくるだろう。

 そうなった場合、一般的に言ってなるべく印象の良い国でいられるよう努力しておくことは重要である。


 別に面倒な事を言い出すプレイヤーや国々を全て力で捻じ伏せるのも不可能ではないし、それが一番手っ取り早くはあるが、それでは捩じ伏せられたプレイヤーたちはゲームから離れていってしまうだろう。

 そうなればサービス全体の縮小につながっていくし、ライラやレアが楽しむこの世界を維持できない。


 ともかく、本来であればオーラル王城へ行き、直接指揮を執る事も考えるべき時期ではある。しかしツェツィーリアにも相応の経験値は振ってあるし、ツェツィーリアの両親も陰ながら彼女を支えている。方針についても言い聞かせてある。

 放っておいても問題ないはずだ。

 それに何かあればあちらから連絡してくる手筈になっている。


 そちらはツェツィーリアたちに任せ、ライラはヒューゲルカップに戻り、イベントの特別報酬をゆっくりと確認することにした。





 ライラが運営に願ったのは情報だった。


 今回の戦争の大まかな絵図を描いたのはライラだが、それができたのもレアたちと気まぐれに旅をしたあの時、古代遺跡というアーティファクトを発見したからだ。

 あれさえなければ、これほどまでに大がかりなイベントを思いつく事は無かった。

 実際にはあれらはNPCでは開放することができなかったし、本当に存在していようがいまいが同じ事だったため、そういうものがあるというハッタリだけでもいけたかも知れない。

 しかし実物を知っていることで、NPCたちに臨場感のある伝説を語って聞かせることが出来たのは確かだ。

 詐欺を行なうにあたり、本物を知っているかどうかというのは非常に大きい。騙す相手もそれなりに詳しい可能性もあるとなればなおさらである。いや別にライラは詐欺師ではないが。


 それに大陸がこういう形になった以上、これから多くのプレイヤーは、この大陸に自分たちだけの拠点を作っていくことになるだろう。

 運営によって既存の都市が全て都市国家に変わった以上、自分たちだけの領域を確保したければ街の外を切り開いていくしかない。

 それは大陸の未知を減らしていく事につながり、近いうちに大陸の外に目を向ける者も出てくるはずだ。


 しかし交易を通じて漏れ聞こえてくる話では、例えば西方大陸などはこの中央大陸以上に世紀末な世界であるらしい。

 魔物の領域は徐々に拡大し、人々の生活圏は端へとおいやられ、海の魔物が少ない海岸で魚などを獲って、なんとか食いつないでいるような状況だという。


 樹海が広がっていると言われている南方大陸とは交流がない。

 中央大陸の南端にあるのはポートリーだが、この国は海への道をこれまた樹海に遮られているため、あまり海に対して開発等は行なっていないためだ。

 一部ではこのポートリーの樹海も南方大陸から伸びているのではなどと言われており、ポートリー南部に関してはタブー視されている。

 ライラとしてはそんな荒唐無稽な話は信じていないが、しかしもしあまり距離が離れていないようであれば、種子や胞子が風や鳥によって運ばれてきたというなら考えられないでもない。

 そうであるなら、樹海を恐れないのであれば最も近いのは南方大陸なのかもしれない。


 東は広大な海が広がっている。

 大エーギル海とかいう名前で、そこには魚人の王が住んでいるという。

 普通に考えればこれが海皇だろうが、海の底にいるのではコンタクトをとるのは難しい。

 レアの方針次第になるが、海皇をここから手に入れるのであれば入念な準備が必要だ。


 その向こうには小さな島が連なる列島諸国があるようで、そこを支配しているのは蟲だという。

 支配者は蟲の王という話だが、レアの配下のスガルを見る限りでは、女王であるのだろう。

 もし違う種族であり、本当に王なのだとすれば警戒する必要があるが、今考えても仕方がない。


 後は北だが、こちらは最終的な目的地である、黄金龍が封じられた場所がある。

 通年氷で覆われており、住む者はいない。

 だとすれば現在黄金龍がどういう状況なのかは実のところ誰にもわからないということだが、今世界が平和であるというなら封印とやらはそのままなのだろう。


 そんな魍魎どもが跋扈する海外に行くにあたり、今のプレイヤーたちがやっていけるとは思えない。

 どこかで大きなブレイクスルーが必要だ。

 そう例えば、アーティファクトの力を使ってパワーアップをする、というような。


 あの古代遺跡を見つけたことでわかったのは、運営はあらかじめプレイヤーを強化させる手段を大陸中に散りばめていたらしいという事だ。

 それがあればプレイヤーたちの平均レベルを引き上げてやることが出来る。

 そしてその場所をマグナメルムが押さえておけば、そのレベルアップもある程度コントロールしてやることが可能だろう。

 各国王族の末路を思えば、今さらプレイヤーたちが転生したところでそれだけで逆転されることなど考えにくいが、暴走した結果とんでもないキャラクターが生みだされてしまっても厄介だ。


 ゲーム全体の盛り上がりを考えればプレイヤーたちの強化は必要不可欠だが、それは出来ればライラたちの目の届く範囲でやってもらいたい。


 そう考え、ライラが運営に願ったのが「大陸に存在する、設置型アーティファクトの位置情報」だった。

 そして運営から渡されたのが、今ライラが手に持っている古めかしいデザインのコンパスだった。





「──これでいちいち場所を確認して回れ、という事なんだろうけど、面倒極まりないな……。どうせなら地図でもくれればいいのに。

 せめて私以外でも使えたらよかったんだけど」


 現在、針はくるくると回転しており、定まった方向を指す事はない。

 これはライラの座る椅子の遙か下方に、設置型アーティファクト──レディーレ・プラエテリトゥムがあるためだ。目的の物が現在地の真上にある場合は時計回り、真下にある場合は反時計回りに回るらしい。

 しかしそれも、ライラ以外が持った場合は何の反応も示さなかった。

 試しにライリエネに持たせてみたが、その瞬間針は止まり、ぴくりとも動かなくなった。北を指すでも、別のアーティファクトを指すでもない。全く機能していない状態になる。


「運営からの特別報酬ということだし、私本人以外には使用できないように設定されてるんだろうな。つまりコレ持って直接現地に行かないといけないわけだ。あー面倒くさい……」


「──お言葉ですが、このヒューゲルカップには私が詰めております。オーラル王都にもツェツィーリアがおりますし、クラールから回収したイライザも、ポートリーが無くなった以上、他者のサポートに全力を傾けることが出来ましょう。取り立てて、特にライラ様でなければならない案件は……」


「なんだよ。つまり居ると邪魔だから宝探しの旅に出ろってこと?」


「そのようなことは! なんでそう、穿った見方をするのですか……」


「穿った見方、という言い回しは、物事の本質を鋭く見極めるためって意味だよ。つまりライリエネ、私の言いようが穿った見方をした結果であるなら、君は正しく私を邪魔だと──」


「もう! 揚げ足を取らないでください!」


「冗談冗談」


 ライリエネの言う事は一理ある。

 最も重要な案件であるオーラル王国全体の采配をツェツィーリアに丸投げしている以上、別にライラがおらずとも問題ない。

 合理的に考えれば、フリーになったライラは今すぐ大陸中を駆け回るべきだ。


 しかし何というか、そういうのはライラのキャラではない、気がする。

 もっとこう、薄暗いながらも瀟洒しょうしゃな部屋でワイングラスなどを傾け、口元のみが燭台の光に照らされたところをにんまりと笑うとか、そういう姿の方がふさわしい、はずだ。


「……外回りやりたくないんだろうな、というお気持ちは伝わってまいりますが、イメージがフワフワしすぎていて何がおっしゃりたいのか一向に分かりません」


 ライリエネが困ったような顔で言った。

 そうだろうと思う。ライラ自身にもよくわからない。

 というかライラはアルコールは飲めないため、やりたかったら果汁100%の葡萄ジュースでやるしかない。さすがにそれはちょっと無い。


「ま、いいや。仕方ない。どうせ次に何かイベントが起きるまで時間があるし、ちょっと色々回ってみるか。

 あそうだその前に」


 ユスティースがログインしていれば、呼び出してオーラル南部方面への出張を命じる、という仕事があった。

 面倒なのであまり乗り気ではないが、やって悪い手というわけでもない。

 生意気なバンブに恩が売れるならプラスと言えるだろう。









「──オーラル南部のグライテン、ですか」


「ああ。君にはしばらく、そちらの方へ出向してもらえないかと思ってね。これは女王陛下から賜った、正式な辞令だ。もちろん君は異邦人だし、本来は私の騎士だ。嫌だというなら断る事も出来るが」


 アリーナを通じて城にユスティースを呼び出し、辞令を伝えた。

 ユスティースはいつもに比べテンションが低いと言うか、元気がないように見える。


「その、それはつまり、左遷、という事でしょうか……」


「いや、そういう意図はない。今回の件で私が女王陛下から褒美を賜ったのは知っているだろう」


「はい。あ、遅れて申し訳ありません。陞爵しょうしゃくおめでとうございます」


「ありがとう」


 今回、大陸のほとんどの国が滅び去るという大戦争において、オーラル王国だけが極小の被害に抑える事が出来た。

 これもひとえにゾルレンの地に自ら赴き戦乱の拡大を防いでいたヒューゲルカップ卿の功績だとして、女王ツェツィーリアを通じてライリエネに褒美を与えさせておいたのだ。

 どちらもライラの眷属であるため、形として残る褒美では単純に保管場所が変わるだけで何の意味もない。

 どうせ対外的な事なのでそれでもいいのだが、せっかくだし他にも有効に使える一手はないかと考えた結果、思いついたのがライリエネを陞爵させる事だった。


 今回の褒美としてライリエネは伯爵になっている。

 客人であるモリゾー侯爵やラッパラン伯爵に接するにしても、以前よりは失礼にはならないはずだ。

 といっても、亡国の侯爵と大陸随一の大国の、まさに飛ぶ鳥落とす勢いのある伯爵では、どちらの立場が上なのかは囚われている彼ら自身の方がよくわかっているようだ。

 現在、あの2人は『使役』もしていないというのに、下手をすればアリーナなどより従順である。

 自分たち以外にエルフの居ないゾルレンで、四方をヒューゲルカップ騎士団に囲まれているとなれば、従順になる以外の選択肢などないのかもしれないが。


「それは今回、戦争による被害を最小限に抑えることが出来たことに対して、女王陛下が高く評価して下さった結果だが、当然ながら騎士ユスティース、君の助力がなければ成しえなかった事でもある」


「そんな! 元はと言えば私の軽率な行動があんな事態を……」


「いや、当時の状況についてはアリーナからも委細漏らさず報告を受けているが、私は君の行動に何か落ち度があったとは思わない。その場その時で最大限、君は自分に出来る事をやった。

 たとえ君がペアレ第1王子と戦わなかったとしても、おそらくポートリー騎士団が彼と戦う事になっていただろうし、そうなれば我が友アマーリエも異邦人たちも騎士団の援護をしただろう。君やアリーナが居ない事で王子が死亡するまでの時間は多少延びたかも知れないが、それは王子の苦しみを引き延ばすだけだ。

 もし、我が国がポートリーの要請を退け、彼らのエスコートを断っていたとしても、あの様子ではポートリー騎士団はヒルス領を突っ切ってでもペアレに向かっていたはずだ。そうなっていれば刺激された第七災厄がどのような行動に出たかもわからないし、我が国にももっと大きな被害が出ていたかもしれない」


 これは事実だ。基本的にライラが仕組んだ事であるため、仮にユスティースがどう行動していたとしても結果が変わることはない。

 ユスティースがエスコート役を断り、ポートリー騎士団がヒルス領内を通過する事になっていた場合に考えられる被害予想についても本心である。

 エスコート自体は規定事項だったため、ヒルス領は横断しない予定だとレアには言ってあった。しかしもし仮にそういう手配をしておらず、ライラの策略でヒルスに再び土足でエルフが踏み入ったとなれば、妹からどんな報復を受けていたかわからない。

 前回は暴れて今回は暴れないというのも不自然だから、というような建前を掲げて嬉々としてライラをぶん殴りに来ただろう。想像するだに恐ろしい。


「──そういった、もしかしたらあったかもしれない被害を食い止めることが出来たというだけでも、君には感謝している。左遷などとんでもないことだ。

 実際、君には今回の報酬として、大きな力を与えたはずだ」


「それは、はい……」


 大規模イベントのリザルトも兼ねて、ユスティースにはいつも以上に経験値を与えておいた。

 この後MPCと一戦交えるのであれば必ず必要になる力である。

 前回、ゾルレンで戦った時の話を聞いた限りでは、ユスティースが彼らを破るのは難しい。あちらもイベントで稼いでいるだろうことを考えれば、ユスティースのさらなる強化は必要不可欠だ。


「だから今回の異動についてはどちらかというと、君も思うところのあるだろうペアレ方面から一旦離れてはどうか、という女王陛下のささやかな気遣いだと思ってくれればいい。私が女王陛下と懇意なのは君も知っているだろう。君の事は陛下にもよく話している。陛下も君の事を気にかけておいでだ」


「そんな、そこまで気を遣ってもらえるなんて……」


 安心してほしい。そこまで気は遣っていない。必要だからするだけだ。


「それに、ポートリーと言えば、先の大戦では魔物に滅ぼされてしまった国でもある。

 ウェルスやシェイプと違い、滅ぼした魔物がかの地にのさばっているとなれば、長い国境線で接する我が国も警戒せざるを得ない。

 君に少し気晴らしをしてもらいたいのも確かだが、君ほどの騎士を遊ばせておく余裕もないのもまた事実だ。

 すまないがオーラルの南方の平和を守ると思って、どうか受けてはくれまいか」


「──わかりました。そういうことであれば、このユスティースにお任せを」


「そうか。ありがとう。これで私も陛下の顔を立てることができる。

 ──期待しているよ、騎士ユスティース」







★ ★ ★


タイミング的にはこのさらに後になりますが、そのグライテンの街で起きる連続殺人事件にユスティースが騎士として立ち向かう番外編みたいな話もあります。

それもそのうち投稿したいと思っています……が、本編のどこかに挿入してもいいものか、番外編なので別作品として投稿した方がいいのか……。

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