第355話「お、お、おか、おか」





「──メインストーリーに関してはそんなところだ。

 では次に、サブストーリーのポートリー本国について報告してもらおう」


 水を向けると、バンブが立ち上がった。

 それを見て、挨拶から流れで立ったまま話していたレアは席に着いた。

 ライラの隣しか空いていなかったためそこに座った。


 ライラがレアとヴィネアの顔を交互に見てきて鬱陶しいが、無視を決め込む。相手をしている暇はない。

 というか、ヴィネアは別に呼んでいないのだが何故いるのか。


「じゃあ、僭越ながら俺の方から報告しよう。

 知っての通り、俺たちMPCはイベント開始後、ポートリー王国に移動した。移動は主に転移サービスを利用した。メンバーをある程度バラけさせてな。幸いポートリーはイベントの中心からも外れてたし、それでありながら戦争当事国でもあるってんで、イベント参加者もイベント不参加者も両方少なかった。

 でまあ、肩慣らしに適当な街を襲いながら合流してったわけだ」


 しかし実のところ、この時点ですでにポートリー王国はペアレに騎士団を派遣していた。

 それに伴って国内で大規模な避難指示が出されており、王都などの一部の街を除いて一般住民の数は極めて少ない数になっていた。

 そのため街の襲撃自体の難易度は低かったが、成果もまた少なかった。

 国民の半減による国家滅亡を狙うためには結局、住民も騎士も集約されている城塞都市を狙うしかない。


「──そんなわけで、まずはアスペン市を狙う事にした。

 この街はかなり古い街みたいで、南に広がる大樹海からのポートリーの守りの要ってなところだ。相応に壁も頑丈だし、騎士も多いし、人も多かった。

 なんだろうな。国中が危険になるからっつって、わざわざ防備が堅い場所、つまりそんだけ普段から危険な場所にわざわざ移動するって、ちょっと俺にはよくわからんが。

 だがこの判断は俺たちに対しては有効だった。魔物が近くて危険だって条件は俺たちも同じだし、ただ攻略難易度が上がっただけだからな」


「レア嬢たちも、私たちの苦労話など聞きたくはないのではないかな。そのあたりはさらりと流して、早く私の活躍シーンをだね」


「報告ってな、失敗や苦労話の方が重要だろうがよ」


「てか、タヌキのおじさん活躍したの? 活躍できたんだ」


「そりゃするとも。今や名実ともにMPCのエースと言っても過言ではないほどだよ」


「過言だろ」


 苦労話も活躍話も等しく重要だが、これでは話が進まない。


 わいわい騒ぐバンブやブランたちをよそに、ライラがこそこそと話しかけてきた。


「……ねぇねぇ。あっちが盛り上がってる間にさ、ちょっとあの、あっちの子をお姉ちゃんに紹介してくれないかな──」


 もはやカオスだ。


 この日のメインイベントだった、ディアスやジークに対する報告はすでに終わっている。

 すでに実装されている新サービスや今後の動きについても話し合う必要はあるが、それ以外は大して重要でもない。

 多少気が抜けた状態でも問題ないだろう。


 レアは心の中で、以降はだらだらモードで対応する事に決め、ケーキと紅茶に手を伸ばした。


「無視? 無視しないでちょっと。ほらケーキのおかわりあるよ。だからさ、あの子を──」









「なんか、無駄に長引いちまってすまんが、そんな顛末だ」


 しばらくの後、バンブがようやく報告を終えた。

 いつからだったか記憶にないが、いつの間にか彼も着席したまま話していた。


「なるほど、ありがとう。

 しかしその、水晶姫か? そのプレイヤーは少し気になるな。ウェルスにいたビームとかいうプレイヤーや、シェイプで共和国なんてものを立ち上げたプレイヤーもそうだが、色々読めないプレイヤーも増えてきたな。楽しくなってきた」


「ウェルスの、って、神聖アマーリエ帝国建国の事を言ってるんなら、あれプレイヤーの責任者はハセラとかって名前だよ確か」


「え、そうなの?」


 ハセラと言うと、聖王の足にしがみついていた男がそんな名前で呼ばれていた。

 彼からはあまり人の上に立つ者の雰囲気というか、そういう覚悟のようなものは感じられなかったのだが、あれがリーダーだったのか。

 マーレからはプレイヤーズファンクラブの各々の個人情報についてまでは報告を受けていなかったので知らなかった。マーレはただ「ファンの皆さん」とだけいつも報告してきている。プレイヤー個人には興味がないのだろう。


「あと、ビームじゃなくてビーム”ちゃん”までが名前かな多分。SNSだとそう表記されてるし」


「そうなのか。何なんだ。もっとまともな名前はつけられないのか全く」


 ネーミングセンスという意味ではライラも大概だ。マグナメルムの名前を決める時なども、口に出すのも憚られるほどダサいセンスの案を出してきていた。

 そう思ってライラを見ると目があった。


「……たまにさあ、レアちゃんとライラさんって全く同じ表情で見つめ合うことあるよね」


「ないけど?」


「……まあ、いいけどさ」


「まあいいなら次行こうよ。ほら、自己紹介タイムとかさ。いるんじゃないそろそろ」


「え、今さらですか? 何企んでるんですか?」


 ブランが不審な者を見るような目でライラを見ている。

 そのライラの視線は今はヴィネアに固定されていた。その目つきは確かに不審者のそれだ。


 これまで無視してきたのだが、これ以上引き延ばすのも無理だろう。

 全員が自己紹介をするのも時間の無駄だし、ブランの言う通り今さらな者たちもいる。普段はいちいちそれぞれの配下まで紹介する事は少ないため、ここで紹介すべき者は本来はいない。


 ここは報告会の主役でもあったディアスとジーク、それにライラが異常に気にしているヴィネアだけでいいだろう。


「ディアス、ジーク、ヴィネア。

 申し訳ない事だが、お客様がたにきみたちの事を紹介するのを失念していた。それぞれ、自己紹介でもしてくれないか」


 何やら緊張した面持ちで張り切って立ち上がったヴィネアを窘め、まずはディアスが立った。

 年功序列というよりはレアの配下となった順か、あるいは今レアが名を呼んだ順で話すつもりのようだ。

 こうしたところに細やかな配慮が出来るからこそ、彼を重宝しているというのもある。そのせいで組織内部の調整やフォロー役に回る事がどうしても多くなり、本人の希望とは裏腹に内地勤務になりがちなところは申し訳ない限りだ。


「憤怒のディアスと申します。不死者の王イモータル・ルーラーとして、魔王レア陛下の軍の末席を汚させていただいております。よろしければ以降、お見知りおきを。

 本日、わたくしどもがこちらの席にお呼ばれいたしましたのも、魔王陛下の格別な──」


「長い! 次行っ──痛った!」


 ディアスのセリフを遮ったライラの後ろ頭をはたいた。

 それが自称大人のやることか。


「いえ陛下。これはわたくしめの配慮が足りませなんだ。紹介は速やかに行ないましょう。

 わたくしの横に控えますこれは、名を悲嘆のジークと申し、わたくし同様不死者の王として陛下にお仕えしておるものです」


「ジークと申します。よろしくお願いします」


 呼ばれたジークは武人然とした振る舞いできびきびと立ち、一礼してすぐに座った。

 それを確認するとディアスも一礼し、席に着いた。そして目を白黒させているヴィネアに視線をやり、発言を促した。

 実に出来る配下を持ってありがたい限りだ。なんだか申し訳なくて涙が出てくる。


 しかしヴィネアはディアスのその視線には気付かない。

 何をそんなに緊張しているのかは不明だが、まったく余裕がない様子だ。


「──ヴィネア殿、次は貴女が自己紹介をする番ですぞ」


 ディアスが小声でそう言うが、この場にいるほとんどの者は『聴覚強化』を持っている。残念ながら丸聞こえだ。

 それはヴィネアも同じであり、距離が近い事もあって、小声であってもはっきりと聞こえたらしいヴィネアは弾かれたように立ち上がった。


 そんな様子をライラはだらしない顔でにやけて眺めているが、レアとしては自分に似た顔がテンパっている様子は正直見ていられない。立ったり座ったりするたびに胸部が揺れるように見えるからでは決してない。


「は、はい! えと、わた、わたしは大悪魔をやらせてもらってます、ヴィネアです! よろしくおねがいしみゃす!」


「……あなんかライラさんの気持ちわかったかも。ちょっと変な気分になってきた。この子ってお土産にもらえたりしないの?」


「……ライラの気持ちなんてわからなくていいし、お土産にあげたりもしないよ」


 がたがたと椅子ごとレアたちのテーブルに寄ってきたブランをあしらう。

 こういう時こそ霧でもなんでも使うべきではと思わないでもないが、このふざけた態度はある意味空気を読んでいるようにも思える。


「へー。ヴィネアちゃんていうんだあ。かわいい名前だねえ。ケーキとか好きかな? たくさんあるよ? お姉ちゃんのお城に来ればもっとたくさんあるけどどうする?」


 こいつはもう駄目だ。


「は、はい! あの、ありがとうございましゅ! なま、なまえは! 名前はその、お、お」


 一方のヴィネアの緊張もピークに達している。

 そんな可愛げのある性格だっただろうか。

 いや可愛いのは確かだが、もっとふてぶてしいというか、生意気な可愛さだったように思えるが。


 様子のおかしいヴィネアの姿に、レアは少し不安を感じたというか、何やら嫌な予感がした。


「おか、おか、お母様につけていただきまいた!」


 一瞬何を言われたのか分からなかった。


 会場も水を打ったように静まり返っている。

 どこかのテーブルから、おそらく紅茶のお代わりが注がれたカップから溢れたのだろう音だけが響いている。

 注いでいるのはメイドレヴナントのはずだし、種族的にも性格的にも冷静な彼女たちがそんなミスをするなど異常な事態だ。


 ヴィネアの言葉を冷静に考察すると、この「お母様」というのはレアの事で間違いない。

 ヴィネアという名を付けたのはレアだし、大天使のサリーが創造者のレミーを母と呼んでいた関係性を思えば、サリーと仲が良いらしいヴィネアがレアをこう呼ぶのも理解できる。


 自分自身が母と呼ばれることについては、なんとも言葉にしづらい違和感のようなものもあるが、ヴィネアがそう呼びたいのなら別に構わない。

 呼ばれるたびに角の代わりにゴボウが生えた、着物を着こなす悪鬼羅刹のイメージが浮かびそうだが、そのうち慣れるだろう。


「──さて、じゃあ自己紹介タイムとやらは終わりでいいかな。ヴィネア、座っていいよ。

 じゃあ次は──」


「え!? スルー!? ふつう今のをスルーする!?

 おか、お母様ってなに!? 誰の事!? レアちゃんの事なの!? どういうことなの!? あの子産んだの!? もう1人産める!?」


「うるさいなあもう! あと顔が近い!」





 ライラを黙らせ、次の話題に入れるようになったのはそれからしばらくしてからだった。


「なんかさあ。レアちゃんの陣営ってなんか面白いよね」


「いやブランにだけは言われたくないんだけど」


 仲良く顔を真っ黒にして何を言っているのか。




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