第333話「ジャ…ネットやさか」





 レアがキーファ周辺でオコジョを遊ばせていた間にも、ペアレ北部のパストの街にはシェイプの軍が迫ってきていた。


 そちらへはペアレ聖教会の主教、名前は知らないが、熊獣人らしき凛々しい女性が向かったはずだ。

 彼女にはジャネットたちを監視につけている。そしてそのジャネットたちにはさらに、密かにライリーを監視につけていた。

 別にジャネットたちを信用していないという意味ではなく、単に何かあった際の連絡手段がないためだ。


 南での騒動が一段落し、現場から去ったレアは、ペアレ王都の寂れた教会──ペアレ総主教が言うには「大聖堂」だそうだが──に用意されたケリーの部屋にいた。

 そこでライリーに断りを入れ、彼女の感覚を一部拝借した。









 ジャネットや例の熊系の女主教は、揃って高い建物の屋根の上にいた。

 視界の高さからすると、ライリーも別の建物の屋根か何かに潜んでいるらしい。


 ライリーの強化された聴覚が熊の言葉を拾う。


「──ふん。ドワーフの騎士というのは見たことがなかったが、大したものでもないようだな」


 この口ぶりからするとすでに何度か、シェイプ騎士団の攻撃は退けているようだ。

 パストの街は城壁が無い。ライリーの視界に映る範囲では、街の外縁部の建物の一部などが崩れてしまったりしているが、それ以外には目立った被害は出ていない。

 仮にも軍隊を相手にひとりでこれだけの被害で済ませているのは大したものだ。

 シェイプ側としても、この街は制圧後に拠点にするつもりなのだろうし、極力被害を出したくないという事情ももちろんあるのだろうが。


「……その割には、毎回私らのポーション飲んでますけどね」


「これ経費で落ちるかなあ」


「税金取られてるわけじゃないし、経費って概念そもそもなくない?」


「セプテム様はお優しいから、お伝えすれば代替品を下さると思うけど」


「言うほど優しいかなあの人……」


「ああん? あんたセプテム様に対してなんてこと言うのよ! どう見たってただの「人」とは格が違うでしょうが!」


「そこかよ!」


「──ええい! やかましいぞ貴様ら! ポーション係ふぜいは静かにしておれ!」


 こうして見ている限りでは、なんだかレアが赴いた南部よりもずいぶんと楽しそうに見える。


 それはそれとして、ジャネットたちはあれでも一応、マグナメルムの下部組織だ。

 その愉快な言動は個人的にも気に入っているし、ご褒美ということもあり、強化には力を入れてある。

 熊女についてはノータッチであるため詳細は不明だが、王都で『魔眼』や『真眼』を通して見た限りではジャネットたちより強いようには見えなかった。

 南で果てた狐オコジョや、また王都で待つ総主教たち同様、こちらもきっちり調子に乗っているらしい。


 となると例の高揚感などの現象については、性別や種族による違いは無さそうだと見ていいだろう。


「これは申し訳ありません、ベア様」


「私の名前はベラだ! 次に間違えたらドワーフどもの前にお前たちを八つ裂きにするぞ!」


「失礼しました、ベラ様」


 ジャネットは恐縮しきりで頭を下げているが、後ろの方でエリザベスがニヤニヤしている。

 間違えたのはわざとのようだ。


「それより、連中はすぐにでもまた復活し、攻めてまいりますよ。ささ、ポーションをどうぞ」


 ジャネットが懐から瓶を取り出し、ベラに差し出した。

 胸元にあんな瓶が入っていたようには見えないため、そういう振りをしてインベントリから取り出したのだろう。芸が細かい事だ。


「……これは疲労回復ポーションではないのか? 大丈夫なのか? その、健康上の影響とかは」


 ベアだかベラだかいう女主教は自身の二の腕をさすりながら不安げに瓶を見つめている。

 あの鍛え上げられた筋肉は健康を気にしてのことだったのか。

 レアが担当した狐男はどちらかと言えば細身で、現地に走って向かう際のフォームからも、元々運動が好きだったようには見えなかった。

 ウェルスやオーラルの聖教会の修行者たちはもっとストイックだったように思えるのだが、ペアレ聖教会の面々は少々個性が強すぎないだろうか。

 小さい組織にはありがちといえばありがちだが、こんなことだから一般市民に浸透していかないのではないのか。


「ご安心くださいベラ様。こちらの商品には新たに異邦人たちが開発した最新の成分が配合されておりまして、健康への影響は最低限に抑えられております。

 さらに、ご覧ください。私たちのこの肌を。

 この新成分には美肌効果も認められており、人によっては肌年齢を20歳は若返らせるとの研究結果も出ております。使用者の皆様からは続々と感謝の声も届いております」


 ちら、とジャネットがマーガレットを見た。


「え? あ、はい。あの、えーと、これを飲み始めてから、ハリが出ました?」


「えっと、見てくださいこのツヤ。私がほにゃらら歳だなんて、もう誰も信じませんよ」


「……あくまで個人の感想です」





「んふっ。何やってるんだあの子たち」


「ボス? どうかしましたか?」


「いや、何でもないよケリー」





 根が純朴なのか、そういうマーケティングに慣れていないのか、ベラはジャネットの言葉をすっかり信じてしまったようで、嬉々として疲労回復ポーションを飲んでいく。

 さらに勧められるままLPポーションやMPポーションも空にした。


 あんな調子で消費していては、大した金額ではないと言っても確かに負担になるだろう。

 なにしろレアはジャネットたちに金貨で給料を支払ったことがない。

 消費した分を現物で支給してもいいが、今のジャネットたちにそうそうポーションが必要なケースがあるとも考えにくい。今回の件が終わったら、一度きちんと活動資金を渡してやった方がいいかもしれない。


「──おっと、来たな。性懲りもなく。美しさを増したこの私が、不届きなドワーフどもを蹴散らしてくれよう。

 ポーション屋、お前たちはここで見ていろ。

 あとその、さっきのあれ、また用意しておくように」


 ベラは自分の顔を撫でながら颯爽と屋根から飛び降りると、遠くに見えるシェイプ騎士団に向かって走って行った。

 美しさを増したかどうかはわからないが、造形的に整っているのは確かだ。それはポーションの怪しい効能などではなく、超美形のためだが。

 ジャネットたちが妙な小芝居をするものだから、ベラによる彼女らへの認識はついに「ポーション屋」に固定されてしまったようだ。





 騎士団に特攻をかけたベラは、その勢いを保ったまま上空にジャンプした。

 そして着地と同時に両足で地面にストンピングを敢行した。遠目では走り幅跳びのようにも見える。

 着地点は敵部隊の鼻先だ。

 その衝撃で大地は割れ、蛇のように伸びていく地割れが騎士たちの一部を飲み込んでいく。


 これはおそらく『素手』系の上位のアクティブスキル『地龍撃』の効果だろう。走り幅跳びをしただけで地割れが起きるとも思えないし、スキルで大地を割ったのだ。

 武術系のスキルは変態発動時に使えない可能性が高いから出来ればやめておけと言ったはずなのだが、狐男と違って熊女は話を聞いていなかったらしい。耳の大きさの違いだろうか。


 屋根の上で見守るジャネットたちもその光景に驚いている。初めて目にするらしい。

 察するに、これまでの襲撃の時点ではこのスキルはまだ取得出来ていなかったのだろう。襲撃を撃退する事で経験値を得、それを使い『素手』ツリーを伸ばしたようだ。

 出来ればその経験値はいざという時──ペアレの王族が使えなくなった時──のために取っておいて欲しかったのだが、使ってしまったのなら仕方ない。熊女はスペアの候補から外すしかない。


 変態による形態の変化を発揮しないのなら、確かに武術系のスキルは有効だ。

 相手の数が多いなら、攻撃範囲が広い分巨大化した方が有利だが、巨大化しなくとも有効な範囲攻撃を持っているなら無理してそうする必要はない。

 ベラはそれを証明するかのように戦場を駆け回り、次々と騎士やプレイヤーたちを葬っていく。

 高い敏捷性を活かして行動するベラに、騎士たちは攻撃をかすらせる事もできない。


 街への被害を抑えてパストを占領するためにはこの熊女を倒すしかない。そう判断したらしい騎士団は、その全戦力をベラに差し向けている。

 たったひとりの敵ならば、数で押し切れないわけがない。

 そう言わんばかりに敵はベラに殺到しているが、その影すら捉えられるものはいないようだ。


 そうして騎士やプレイヤーが死亡するたびに、ベラは少しずつ自分を強化するだろう。

 これを続けている限り、そしてジャネットたちがベラに美容を勧める限り、騎士たちがパストを制圧する時は来ない。


 結局、初撃の地割れによる被害から立ち直る事も出来ず、それからしばらくして騎士団は全滅した。


 南部方面軍に比べてプレイヤーらしき数が少なかった事もあるだろうが、明らかに狐オコジョより成果を出している。

 素体にしたキャラクターの元々の性能の差なのか、戦い方の差なのか、それともサポートをしている人間の差なのか。

 いずれにしても、この分ならパストの街については任せて問題ないだろう。


 ライリーには引き続きジャネットたちを見守るよう指示しておき、感覚を戻した。









 ケリーの自室に意識を戻す。

 傍らには先ほどと変わらぬ姿勢でケリーが立っていた。


「──ずいぶん、楽しまれていたようですね」


「ああ。まあね。コントか何かを見ている気分だった。詳細はライリーにでも聞いておくといい」


 そこにフレンドチャットが届いた。ウェルスにいるマーレからだ。


〈ボス。そろそろこちらも頃合いかと〉


〈わかっ──あれ? わたしのことボスって呼んでたっけ?〉


〈ケリー先輩がそう呼んでいらしたので。いけませんでしたか?〉


〈いや別にいいけど。ケリーのこと先輩って呼んでるの? 仲良いんだね……〉


 ちらりと傍らのケリーに目をやるときょとんとこちらを見つめている。


 この様子ではライリーやマリオンたちの事もそう呼んでいるのだろう。

 種族は違えど、人類種カテゴリということもあるし、もしかしたら友人と言っていい関係なのかもしれない。


 ふと自分を振り返り、指折りで友人を数えようとして、片手の途中でやめた。

 重要なのは数ではない。


 ともかく、頃合いだと言うならそろそろ行くべきだろう。

 確かにすでに、公式サイトからはウェルス王国の名は消えている。


 公式サイトでこれを初めて知った時、さすがに驚いた。

 まさか何もしていないのに国が滅んでしまうとは思ってもいなかった。

 いや、何もしていないというのは彼らに失礼だ。

 この結果は、かつては単なるマーレのファンクラブでしか無かった彼らが、その存在の誇りを賭けて勝ち取ったものなのだ。


 このような事は、レアでは到底不可能だっただろう。

 どういう形にしろ、自分に出来ない事を成し遂げた者には敬意を示すべきだ。


 あるいはその結果、倒すべき敵として認める事もあるのかもしれないが。





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