第326話「霧の王都」(クロード視点)





 翌日は天候に恵まれたと言える。

 これもクロードたちの日頃の行いの賜物だろう。


 と言っても晴天というわけではない。

 太陽は分厚い雲に隠されている。

 また湿気も多いようで、王都全体がうっすらと霧に包まれており、何とも言えない不気味さを醸し出していた。

 これから襲撃しようというクロードたちにとっては好都合だ。見晴らしがいいよりはよほどやりやすい。


「おっしゃあ! 元気がねえ住民はまとめて端にでも寄せとけ! 元気のいい住民はたいてい敵だから、殺していいぞ!」


 中隊ひとつ分くらいだろうか。わずかに騎士も残っていたが、中堅以上のプレイヤーばかりであるクロードたちの敵ではなかった。

 鎧袖一触に蹴散らし、外門を破って王都になだれ込む。


 街なかにいる住民の中で、まともに立って歩けるような者はもうほとんど残っていない。

 もしいるとしたら、それはまともな住民ではない。

 貴族か、貴族の眷属か、あるいは例の商会の関係者である。

 いずれにしても討伐対象だ。

 王都にある商会の拠点の場所もいくつか聞いてはいるが、そちらは主目標ではない。今はとにかく王城を目指す。


 王都に入ってから、クロードたちの襲撃の人数は徐々に増えている。

 忍ばせてあったメンバーたちだ。

 中にはここの商会で食糧を高く売っていたような者や、用心棒として雇われていた者たちもいた。

 商会の情報は彼らから得ていたのだが、その彼らでも商会の拠点の場所くらいしか知らなかった。

 商会といってもいくつものマフィアの集合体であり、元々はそれぞれいがみ合って敵対していたらしい。ところが敵対組織だったはずがいつの間にかただの商売敵になり、そしていつの間にか業務提携していたという。

 彼らもそんな組織の様子に得体のしれない恐怖を感じていたらしく、今回の蜂起を期に共和国側に寝返る事にしたようだ。





「このまま城まで──! なんだ?」


「──待てい!」


 クロードたちを呼び止める声があった。

 見れば、進行方向に2人の男が立っている。


 ひとりは全身黒のライダースタイル。もうひとりは全身白のコックスタイルだ。

 何と言ってもクロードたちにとっては、白と黒のコンビというのはいい思い出がない。

 それにこの2人は元気に立っている。

 分類上は殺してもいいやつだ。 


「野郎ども! 殺──」


「ま、まてまてまてまて! 早まるな!」


 ライダースタイルが慌てたように手を振った。


「……なんだてめえら。わざわざ列の前に飛び出して来といて命乞いとは変わってるな。

 俺たちもお喋りしてるほど暇じゃねえし、とりあえず死にたい方から手ェ上げろ」


「焦んじゃねえぜ小僧。待てって言ってるだろ? 俺たちはお前らに確認したいことがあって呼び止めただけだ。

 お前らあれか? 最近SNSで告知してた、なんたら共和国ってやつか?」


 コックの方はいくらか落ち着いている。

 プレイヤーであるようだし、敵対意思もないようだ。


 ちらり、と菜富作に視線を投げる。

 いまや菜富作も立派にこの共和国の仲間であるし、表向きの行動については参謀的な役割も任せている。

 クロードたちでは物理で解決しがちな案件でも、菜富作ならば平和に収めてくれる事もあるだろう。


「──そうだね。俺たちはバーグラー共和国のものだよ。

 ここには、この状況を打破するためにシェイプ王国を倒すつもりで来た。

 だとしたら、どうする? 俺たちを止めるのかい? それとも」


 止めるつもりがあるのならこんな回りくどいことはしないだろう。

 出来るかどうかは別としても、声などかけずにいきなり攻撃したほうがまだ可能性がある。

 あるいはボグダンのように何らかの理由から奇襲は好まないのだとしても、戦うつもりならこちらの攻撃に対しても待ったをかけたりはすまい。


 と、ここで今さらではあるが、シェイプ王国内で例の商会とつるんでいたプレイヤーからチャットで情報が入った。

 このコックたちは何度か商会と揉めた事があるらしい。


 そのコックが語り始めた。クロードが暇じゃないと言っていたのは聞いていなかったのか。


「──俺たちはな。この街の飢えた人たちに、ただメシを食わせてやりたかっただけなんだ」


「いや俺たちって言われても、俺は料理とか出来ないけど」


「ヒデオだって、どっかから食材は持ってきてくれただろ? それで十分だったさ。

 そんな俺たちのささやかな願いも、この街は許しちゃくれなかった。さすがに死ぬほどの攻撃を食らったりはしなかったが、それでも随分嫌がらせをされたよ」


 退くような様子も無いし、とりあえず話を聞いてやるしかない。


 しかしクロードの知る限り、あの後ろ暗い商会の者たちはそんなに甘くはない。

 とすると、向こうは殺すつもりだったが、この白黒たちにとってそれは嫌がらせでしかなかったということになる。

 あちらもいちいち本気になるほど彼らが邪魔だったわけではないだけだろうが、だとしても恐るべき戦闘力だ。

 うかつに攻撃を仕掛けなくてよかったかもしれない。

 人数差もあるし勝てないとまでは言わないが、いらない犠牲は出ていただろう。


「なあ、あんたら。あんたらの言う共和国とやらがこの国を支配したら、俺たちはまた誰にでもメシを食わせる事が出来るようになんのか?」


「いや、だから俺は別にメシを食わせたいわけでは……。それにおやっさんの店にだって昔から言うほど客なんて来てなかったじゃなぶふっ」


「──どうなんだ?」


どうなんだ、と言われても困る。今のコントが面白かったかどうかという意味だろうか。


〈芸人かなんかか? こいつら。おひねり投げたら帰ってくれっかな〉


〈芸人だとしても、なんか強そうなのは確かだよ〉


〈……まあ、任せるわ。引き入れた後の手綱もな〉


 素早くチャットで会議をすませ、菜富作に丸投げすることを決めた。

 手綱も任せる、と言ったところで菜富作の眉間に皺が寄ったのが見えたが、見えなかった事にした。


「──SNSでも公表している通り、俺たちは、全ての奪われた者たちのための国を作ろうとしている。それは財産であったり、存在そのものであったり、生きる場所であったり、色々だ。

 人は誰しもが、誰かから何かを奪い、そして誰かから何かを奪われながら生きている。だから全ての人は俺たちの国に参入する権利があるし、俺たちの国を糾弾する権利もある。それだけの事だよ。

 だから俺たちがどうっていうよりは、君たちがどうしたいのかって感じかな」


 この共和国のキャッチコピーは菜富作とクロード、そしてボグダンとで考えた。

 そこそこ詩的で、そこそこスパイスも効いており、またそこそこ逃げ道もある口上になったのではないかと気に入っている。

 ボグダンの話では、なんでも先祖とその兄弟子か何かが現行の王族の祖先に尊厳だか存在だかを根こそぎ奪われたのが全ての始まりとからしい。それを聞いた菜富作はまた緊張していたが、クロードたちにとっては今更の事である。

 ボグダンが在野の没落王家であるという推測は外れてしまったことになるが、些細な問題だ。


「……なるほどな。若干胡散臭えっつーか、ダーティな匂いもするが、そんくらいの方が逆に安心できるか。どう見てもカタギじゃねえのも混じってるしな。

 お前らが、俺の店を邪魔しねえってんならお前らに付くぜ。俺にとってはそれがすべてだからな」


「それと、人々を泣かせるような事をしないのなら、だ!」


 コックはなかなか話せそうなクチだ。

 それに対して黒いジャケットは若干面倒くさそうである。

 これにはジェームズが答えた。


「そりゃ、泣かせることはないようにするぜ。自分とこの国民はな。

 ただ、こんな時代だ。他国の事までは面倒見きれねえ。俺たちだって生きていかなきゃならんし、それこそ共和国に賛同してくれた国民は守らなきゃならん。

 そのためには他の国の人々を泣かせる事も、そりゃあるだろうよ」


 他のメンバーからも、そうだそうだ、と声が上がる。

 どちらかと言えばクロードたちの主目的はこの「他の国の人々を泣かせる」という部分だ。

 国家として、というか組織としての結束が揺らいでしまっても面白くないため、共和国に参加すると決めた者についてはプレイヤーだろうがNPCだろうが保護してやるのはやぶさかでないが、そうではない者についてはその限りではない。


 コックはおそらくそれを分かった上で、黒ジャケットはよく分からないながらも国民だけでも守るならいいかという風で、共和国軍に参加する事となった。









 白黒2人の戦闘力はやはり大したものだった。

 クロードたちもそれなりに自信はあったのだが、この2人はそれ以上だ。

 このゲームでは白黒コンビのプレイヤーには何らかのバフでもかかるのだろうか。クロードもジェームズと組んでファッションで色分けをしてみるべきだろうか。


 それはともかく、異常だったのは戦闘力だけではない。正体不明の謎のスキルもだ。


 特に揉めたのが黒ジャケット──ヒデオの変身能力だ。

 クロードはまずプレイヤーにそんな事が可能だったのかという時点で驚いたのだが、それ以上に驚いていたのがボグダンだった。

 何やらヒデオに詰め寄り、根掘り葉掘り聞いていたようだった。その雰囲気はかつてシェイプ王に啖呵を切った時に似ており、これは関わらない方がいいと感じたクロードはそれを放っておいた。

 ひと通り話を聞きだしたところで納得したらしく、今は落ち着いている。


「──ならば封印が解かれた、というわけではないようだ。となると、もしかしたら急がずとも状況が急激に悪化する事はないかもしれん。

 しかし、そうであるならペアレ王国については冤罪の可能性もあるが……。

 いや、クロードたちから聞いた、ペアレに与する七番目の人類の敵が、今ヒデオから聞いた通りその研究者を攫ったのだとすれば……。

 どのみちペアレ王国が黒幕である事に変わりはないか」


 半分くらいは何を言っているのかわからなかったが、菜富作がメモを取っていたようなので別に聞いていなくても構うまい。

 とりあえず、ヒデオたちを取り込んだ事がプラスに働いたのなら良かった。

 このところの選択肢はどうやら正解ばかりらしい。

 ようやく運が向いてきたようだ。





 参入した2人の戦闘力の高さもあり、王城までの障害はほとんど障害にならなかった。

 商会の用心棒たちも、強いものもいるにはいたが、数をそろえたクロードたちの敵ではなかった。

 あの中にはプレイヤーもほとんど残ってはいないし、倒してしまえば復活しない。

 まさかマフィアの用心棒が誰かの騎士になっているなどあり得ないだろうし、それは確実なはずだ。


「よし、そろそろ王城だぜ! 城の門は魔法で破壊する! 魔法使い組はMPは温存してあんな? ここで使いきっちまっても構わねえから、強力なやつから順番にありったけぶちこめ!」


 おう、という威勢のいい掛け声とともに様々な魔法が放たれ、門に向かった。

 飛翔型の魔法が着弾し、また座標起爆型の魔法も城門を中心に爆発をし、門は一気に燃え上がった。


 かに見えた。


 しかし爆発炎上したはずの門は全く無傷であり、しかもあろう事かゆらりとその輪郭が崩れると、空気に溶けるように城ごと消えていってしまった。


 共和国軍はみな、例外なく自分の目をこすった。

 しかし何度見ても雄大な城門の姿はなく、ただ不気味な霧だけがたゆたっている。

 まるで狐か何かに化かされてしまったかのような気分だ。


 いや、そういえば。

 この霧はこんなにも濃かっただろうか。

 王都に到着したばかりの頃は、もっと薄かったような。





「──残念だけど、今のは幻だよ。本物はあっち」





 城門が消え失せた辺りの上空に、真紅のローブに身を包んだ1人の男が浮いていた。

 男の示す方向には、遠く霧に埋もれた王城が見える。


 どうやら本物の王城よりもはるか手前に、先ほどの幻が映し出されていたらしい。

 そして言い草からすると、それを行なったのはこの男のようだ。


 クロードの背中を冷たい物が流れ落ちた。

 さっき目標にと指示した城門は、どう見ても本物だった。

 しかし現実として、門は破壊されておらず、城は遠くにある。

 あれが例えば催眠術とか、超スピードとか、どんな手段を使ったのだとしても、これだけの人数をあれほど完璧に騙し切るなど尋常なことではない。


 どう考えてもヤバい敵である。


「こんなところまで来てもらっておいて申し訳ないんだけど、王城を今破壊されるのはちょっと困るんだよね。

 それからひとつ忠告しておくと、霧が見えたらそれはわたしが来た合図だから、次からは回れ右をして帰ったほうがいいよ」


「お、お前……! あの時の!」


 菜富作が吠えた。知り合いのようだ。

 よかった。どうやらこれはクロードたちの死亡フラグではなく菜富作の死亡フラグらしい。

 いや何もよくない。今は一蓮托生だった。


「うん? ああ、あの山にいた農夫か。

 ──そうか、君があのエルダー・ドワーフを逃がしたのか。よく見ればその本人もいるね。

 わざわざ連れてきてくれたの?」


「ふっ、ふざけるな! お前が村の皆を!」


 菜富作がインベントリから鎌を取り出し、投げつけた。

 鎌は鋭く弧を描いて赤ローブに迫り、その頭部のすぐそばを通り過ぎ様にフードを払いのけて、遠くへ飛んでいった。

 フードを脱がされた男は煌く銀髪に血のような真紅の瞳のイケメンだ。鎌による傷などは付いていない。

 フードも単に払いのけられただけで切れたりほつれたりもしていない。農具とはいえ鎌にひっかけられても無傷とはどんな素材で織られているのか。


「──前回に比べると、ずいぶん投擲もうまくなったじゃないか。でもちょっと惜しかったな。

 さて、君が満足したなら本題に入ろうか。

 君たちがそんな大人数で押し掛けてきた理由はわからないけど、どうせあれだろう。この城を襲撃して、シェイプ王国を滅ぼそうとかそんなところだろう?」


「だったらどうだって言うんだ! お前も王都を狙っているのか!」


「貴様たちが、奪った秘遺物を利用してあのジャイアントコープスなどを生み出し、このシェイプ王国を疲弊させていたのはわかっておる!

 何が狙いなのだ! やはりペアレ王国と通じておるのか! 今度はこの王都を直接力で攻撃するつもりか!」


 ボグダンの言葉に、赤ローブはしばらく何かを考え込むように眼を閉じていたが、やがて眼を開けてひと言だけ言った。


「のーこめんと」


「ふ、ふざけ──」


「てかさあ、王都を攻撃するつもりかって、君たちにだけは言われたくないんだけど。今まさに軍を率いて王都に襲撃してきてんじゃん。わたしたちが王都を滅ぼそうが、君たちが滅ぼそうが、一緒じゃん」


 自分の事を私などと言っているくらいだし、堅めの性格なのかと思いきや、意外とフランクな話しぶりである。それがどこか人を食ったような印象を与えてくる。ちょっと身長が高すぎる気もするが、まるで創作物の悪の組織の無邪気枠キャラか何かのようだ。

 菜富作やボグダンは面識があるためかヒートアップしているが、クロードとしては正直なところ、出来ればあまり刺激してほしくない。非常に悪い予感がする。


「い、一緒にするな! 俺たちは人々の明日のために──」


「明日のためなら明日やりなよ。『血の杭』」


 男の隣に、滲み出るように赤い杭が現れ、それが高速で射出されて後方のメンバーを貫いた。

 どうやら魔法を放とうとしていたメンバーがいたらしい。

 これだけ異常な雰囲気を放つ相手に奇襲で攻撃しようとは見上げたプレイヤーだ。いくらデスペナルティが緩和されているからと言っても、クロードはあえてやりたいとは思わない。

 そして赤ローブのその攻撃は、同じ事を考えていたらしいメンバーの行動を制止させる事に成功していた。

 後衛職とはいえ、中堅以上のプレイヤーを一撃で葬り去るような攻撃を溜めもなしに放てるのであれば、魔法では勝ち目がない。

 連射が可能かは不明だが、それを確認するための犠牲になりたいという者もいない。


「まあいいや。もっと建設的な話をしようか。

 実のところ、この国を滅ぼすことについては別に反対じゃないんだ。そしてさっきも言ったけど、それを成すのはわたしであろうと君たちであろうとどっちでも構わない。

 ただ電撃的な強襲でいきなり首を狩ろうっていうのも悪くはないんだろうけど、せっかくの戦争なんだし、いきなり王都を落としてハイ終わりっていうのも風情がないとは思わないかい?

 そこで提案なんだけど、まずは周辺の都市を順番に攻略してから、最後に王都を攻撃するというのはどうかな。

 他の都市で戦闘の経験なんかを十分積んでから、王都の攻略はそれからでも遅くないんじゃない?」


 遅いに決まっている。

 クロードたちが最初に王都を目標に定めたのも、時間があまり残されていないからだ。

 時間をかければかけるほど、シェイプの国民の体力は失われていき、救える民が減っていく。

 共和国に参加する多くのメンバーにとってはどうでもいいことだが、一部のメンバーにとっては何より優先すべきことでもある。

 そしてその一部のメンバーというのは共和国の中核を担う者ばかりだ。


 それにもし、シェイプ王国首脳部がペアレ侵攻を諦め、本国に取って返すような事になったらたまらない。

 王都に残っていたような雑魚ばかりなら問題はないが、さすがに遠征軍すべてを相手に勝てるなどとは思っていない。騎士団に随伴している上位層のプレイヤーだっているだろう。


 それを誰より分かっている菜富作は当然反発して叫んだ。

 なおクロードとジェームズは先ほどからさりげなく菜富作とボグダンの背後に回り、気配を消していた。

 こういう場で目立っても何もいい事はない。


「そんな話が──」


「あ、ごめん嘘。提案じゃなかった。強めの要請とかそういうアレだった。つまり君らに選択肢はないってこと。『血の霧』」


 周辺を覆う霧がどんどん濃くなっていく。

 濃度がではない。色がだ。

 そしてその色は、赤ローブの宣言通りの血の色だった。

 わずかに鉄くさい香りが鼻腔をくすぐる。

 と同時に全身を言いようもない緊張感が走った。

 まるで全身にナイフか何かでも付きつけられているかのような、鋭い殺意に囲まれている感じがする。


「でもせっかくここまで来たのにまた来た道帰るっていうのもダルいだろうし、そこは手伝ってあげるよ。どうせあれでしょ。君たち死んでも復活するやつでしょ。

 帰りのお代はサービスしておくね。『血の杭』」


 突然、あたりの霧が杭に変わった。


 そして周囲が一瞬、明るくなる。


 恐る恐る振り返ると、共和国のメンバーたちが次々と光になって消えていく、ある種幻想的な光景が目に映った。

 あわてて見渡せば、生きているのはクロード、ジェームズの他には菜富作とボグダンしかいない。

 白黒コンビでさえ、全身を何本もの杭が貫いており、今まさに消えていくところだった。


 この杭は先ほど、男から滲み出た血のような赤いものから形作られていた。

 そして周囲の霧が男のものであり、その霧を血に変えることができるのだとしたら、つまりこの霧がある限りどこにでも瞬時に杭を出現させる事ができる、という事になる。


 クロードは思わず息を止めた。

 さっき霧が血に変わった時に血の匂いを感じ取っている。

 それはつまり、体内に血の霧を取り込んでしまっている事に他ならない。

 あんなものが突然身体の中に出現したら、どうやっても即死だ。というか、即死だとしてもそんな死に方はしたくない。


「そこのエルダードワーフは死んじゃったら生き返るかどうかわからないからサービスは無しね。お供もちょっと残しておいたから歩いて帰れるでしょ。

 じゃあまたね。わたしはしばらく王都にいるから、死にたくなったらいつでもおいでよ。

 さっきも言ったと思うけど、霧があるうちはわたしがいるから、来ても死ぬだけだからね。霧がなくなったら攻略解禁てことで──」


 言いながら男は溶けるように姿が薄れ、霧と同化していった。


 もしかして城の時と同様あれは幻影で、この霧こそが男の真の姿なのだろうか。

 いや、だとしたら菜富作の鎌でフードが飛ばされたのはおかしい。

 となるとあの男は、これだけの広範囲にわたって即死攻撃を仕掛けられる殲滅力を持ち、しかも神出鬼没な移動手段を持っているということになる。

 ちょっと勝てそうにない相手だ。


 戦争自体が公式イベントであることを考えると、今はまだシェイプ王都には手を出すなということなのだろう。

 クロードは悔しげな菜富作とボグダンを連れ出し、そそくさと王都から撤退した。





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