第283話「ミ ツ ケ タ」(ブラン視点)





「国境を越えようとする者たちは後を絶ちませんね。入る方も出る方も」


「規制していると言っても国境線の全てを封鎖できるわけではありませんから、あくまで街道付近を移動している者たちだけですが」


「ご主人さまの言う通りならば、ぷれいやー以外ならば手荷物も多く、発見も制止も容易でしょうから、手間ではありますが厄介というわけではありません。どのみちぷれいやーであれば歩いて国境を越えようとする事は無いかと思いますので、楽なものです」


 ブランのいるシェイプ王国は現在、未曾有の食糧難に見舞われている。

 見舞われているというか、お見舞いしたのはブランだが。


 事態は概ね、ブランたち──マグナメルムの計画通りに進行している。

 ブランが下絵を描き、レアが色を付けて、ライラが手直しした計画だ。

 まさにマグナメルム全員の力を合わせた一大イベントである。


「そういえば、ちょっと前に商会に襲撃をかけてきた人たちがいたよね。あれってどうなったの? てか何者だったの? プレイヤー?」


「ああ、あれもよくわからない者たちでしたね。最初の頃は我々に倣って食糧を高値で売ったりしていたようなのですが、何を思ったかある日急に襲撃をかけてきて。

 結局あれは、ええと、どうしたんだったかしら。カーマイン?」


「どうだったかしら……。始末したような事は聞いたような気がしますが」


「ぷれいやーとかだったら、始末してもどこかで復活しているかもしれません。でもあれ以降、特に報告は受けていないので、そうだったとしてももう尻尾を巻いて逃げ出しているのでは」


「どのみち、襲撃で死亡したこちらの手勢も大半はどうでもよい雑魚ばかりでしたので、計画に影響はありません」


「ふうん。ならいっか。

 とにかく、順調なのはいいことだね! 後はこのまま様子を見て、ボランティア団体が現れるようなら嫌がらせで対処、現れないなら王族から金貨を巻き上げて、アーティファクトを引きずり出そう!」


 各地の果樹園に火を放ったり、農地を破壊して再起不能にしたりといった作業はジャイアントコープスやフレッシュゴーレムたちに行わせた。

 ギャングにやらせてもよかったのだが、そのギャングたちが直後に高値で食糧を売るとなれば、顰蹙どころの騒ぎではない。必ず暴力を伴った抗議活動が起き、国中が一気に内乱状態に突入するだろう。

 別にそれはそれでいい気もしたが、それではせっかく策を練ってくれたレアたちに申し訳ない。


 なのでたまにはそのギャングたちを巨人に立ち向かわせたりもしていた。自作自演というやつだ。

 自作自演と言っても、ギャングは支配階級のNPCたちこそ『使役』しているが、構成員の殆どが眷属でもなんでもない他人である。

 ゆえに下っ端たちはマッチポンプであることを知らないし、巨人が下っ端を踏み潰せばわずかなりとも経験値も入った。それがプレイヤーであれば再利用可能なため、一粒で何度も美味しい。


 こういう非常事態になると、ギャングとして活動しているプレイヤーであっても、地域住民との交流によって心境が変化したのか、積極的に巨人に立ち向かう姿もよく見られた。

 つまりブランの行動がやさぐれたプレイヤーの心を開き、更生させたということである。

 そうしたプレイヤーは住民に高値で食糧を売るとなると難色を示したが、そもそもが自分もギャングだったような人間である。ある程度は組織を維持するために仕方がないと受け入れて、または用心棒代も込みなのだと自分を納得させて仕事に従事していた。

 完全に更生してしまった者など、たまに組織から抜けるプレイヤーもいたが、ブランにとってはどちらでも大して変わらない。これを機に一般的な傭兵として心機一転頑張ってもらえれば、巨人が得られる経験値も増えるというものだ。


 しかしやはり、人々をたまには守るとは言っても、ギャングが高値で食糧を売っているというのは世間からの心理的抵抗も大きかったようだ。

 当初はそのせいもあって売上が伸びず、裏でコソコソと食糧を取引する正義の闇業者によく出し抜かれたりもしたものだった。

 しかしその闇業者にしても仕入れのルートが無ければ商売は出来ない。

 主要な都市の主要な商会はあらかた押さえてあったため、闇業者の素性もすぐに割れた。

 そのまま始末してもよかったのだが、それではいずれ新たな闇業者が出てくるだけである。

 そこで炙り出した闇業者については監視をするに留め、傘下の商会に引き続き食糧を適度に卸させる事で闇取引をコントロールし、大勢に影響が出ないよう立ち回った。

 その結果彼らは一部の国民を救うことは出来たのかも知れないが、大多数はブランの計画通りに飢えているままだ。何も問題はなかった。





***





シェイプ食糧難対策スレ









244:その手が暖か

お疲れ様でした。

獲れ高は初回よりも格段に増えてきています。

これもみなさんのおかげです。


245:有機リンリン

今シェイプで農業しようと思うと命の危険があるからね

他の国行ってもいいんだけど、どうせやるなら人の役に立つことしたいし


246:菜富作

にしても魔法ってすごいな

麦ってけっこう連作障害おきたりするんだけど、そういうの全くない

ゲーム内でも連作障害が再現される事は確認してるから、これたぶん魔法のおかげだ


247:マサカリダイナマン

ああ、魔法ってあのおっさんが毎日かけてくれてる奴か


248:その手が暖か

この様子なら巨人たちには見つかっていないみたいですし、このまま生産を続けましょう

あまり高額に設定できないのが、協力して下さるみなさんには申し訳ないところですが……


249:有機リンリン

それは全然

もともと単にトンデモ農業やりたくてやってるだけだし、経験値も入るし

むしろ実費以外はタダでいいくらいなんだけど


250:アマテイン

いや、あまりに廉価で配るのはやめたほうがいい。それでは慈善事業にしかならない

食糧が高騰しているということは市場がそれだけ混乱しているということだ

ならば俺たちがしなければならないのは、それを正常な状態に戻す事だ

実際に食糧が少ないのは事実だから、そのせいで価格が上昇しているというのは確かだが、中には食糧難という言葉や状況に怯えて価格を吊り上げてしまっているケースもあるはずだ

適正な価格で販売を続けていれば、食糧不足というイメージをいくらかは和らげることができるし、市場に蔓延する恐怖心も抑えていけるだろう

不必要な価格の高騰に歯止めをかけることもできるはずだ

慈善事業では市場に影響を及ぼすことはできないし、前にも言ったが相手を一方的に選別することになる

あくまで商取引という形式が必要なんだ


251:マサカリダイナマン

なるほどなー、って言うと思ったか!

なんでお前がしゃしゃってくるんだよ!

俺たちはその手が暖かさんの解説を聞きたいの!


252:アマテイン

誰から聞いても同じだろう


253:菜富作

まあとりあえず俺たちはここで農業してればいいんでしょ

売ったり配ったりとかは任せるよ

もともと俺たちを集めたのはその手が暖かさんたちだしね


254:その手が暖か

みなさんありがとうございます

突然巨人が現れたという事は、突然終息する可能性もあります

がんばりましょう!









***





「──こちらに、おいででしたか。探しましたよブラン様」


「えっ」


 ひどく懐かしい声が聞こえた気がして、ブランは眺めていたSNSのウィンドウを閉じた。

 振り返ると、そこには銀髪赤目の麗しい吸血執事、ヴァイスが立っていた。


「あっ! 久しぶり! 元気だった?」


「久しぶり、ではございません! それはもう元気でしたとも! おかげさまで! 元気に大陸中を探し回ってようやく見つけましたよブラン様! あなたこんなところで何してるんですか」


 何やらヴァイスは怒っている。


「何って……。シェイプ王国ってあるじゃん? ここのことなんだけど。ここをさ、わたしの支配下に置こうかと思って戦争してるの」


「……この国の様子はざっと見回って来ましたが、まともな戦争をしているようには見えませんでしたが」


 各地の農地を襲った巨人はあらかた引き上げさせている。全ての農地を破壊してしまえば、彼らには仕事はない。新たに田畑を開墾するような者が現れた場合には出動させるが、それもそう多いケースではない。戦闘行為も今はもうそれほど行われてはいないだろう。

 金貨や食糧を溜め込んでいる貴族の屋敷などには稀に打ち壊しをかける平民たちがいるようだが、それは別にブランの狙ったことではない。治安の低下に一役買っているため黙認しているが。


「最初は普通に戦争しようかなとも思ってたんだけど、色々足りないなって事に気づいてさ。お金とか戦力とか。それでまあ、色々あって、こういうふうにしたの」


「途中から説明が面倒になりましたね。──まあ、いいでしょう。状況を見れば何となくやりたいことはわかります。

 それについては特に申し上げる事はありませんが、私としても伯爵閣下の手前、ブラン様のお世話をするという役目がございますから、黙って居なくなられるのは困ります」


「あ」


 言っていなかっただろうか。

 言っていなかったような気がする。


「……ご主人さまはもともと、面倒なのがいないうちにさくっと終わらせよう的なことをおっしゃってましたから、当然伝えておりません」


 アザレアの言葉にヴァイスがぴくりと眉を上げ、そちらを睨んだ。


「面倒な……?」


「いやそこまでは言ってなかった気がするけど」


 確かに最初は伯爵やレアたちの力を借りずに1人で国をおとして見せようという計画だった。

 今となっては作戦立案にレアやライラの手も入っているため、今更ヴァイスが混じったところで大差はない。


「まあいいや。黙って出てきたのはごめんね。悪気は無かったんだよ。

 とりあえず、手伝ってくれるんだよね? 来てくれたってことは」


「……はぁ。もういいです。

 そうですね。私に出来ることがあれば」


「ないでしょう」


「黙って見てなさい」


 すかさずマゼンタとカーマインが口を挟む。


「やめなよもう。じゃあさ、そろそろ襲撃しようかと思ってる村があるからさ。そこの襲撃手伝ってよ。

 ヴァイスだったら混じり気なしの純粋なNPCだし、プレイヤーに顔見られても問題ないよね」


 新たに開墾された農地などの情報は、行商人に扮した下級吸血鬼やSNSなどから得ていた。扮したというか行商人を捕まえて眷属にしたので、元々彼らは行商人なのだが。

 そういう行商人が得た情報ならばそれほど問題はないのだが、SNSからしか得られないような情報を元に襲撃をかけるのは危険である。巨人たちの背後にプレイヤーがいる事を声高に宣言しているようなものだからだ。


 そのためそうした場所を襲撃する場合、しばらくの間様子を見てからにするようにしていた。

 場所を知っているのに巨人が襲撃を待つ理由はないし、理由のわからないタイムラグは相手を大いに考えさせるはずだ。

 思わせぶりな行動や時間を与えてやれば、後は誰かが勝手にそれらしい理由をつけてくれるだろう。

 ブランはそれほど頭が回るほうではないため、襲撃の理由や農地のサーチ方法などのややこしいことは他のプレイヤーに考えてもらおうというわけだ。


 それにこのスレッドにあるように、巨人を恐れて隠れて田畑を開墾しているくらいなら、開墾当初はさぞ厳重に警戒しているはずである。

 何度か収穫に成功した後ならば、きっと気も緩んでいるに違いない









 恋人らしき者たちが手を取り合い笑いながら、純白の丘に足跡をつけ駆けていく。

 その屈託のない様子からは何の不安も感じ取れず、現在のシェイプ王国の状況を考えればあり得ないことだ。


 シェイプ王国というのは国の南北に峻厳な山脈が横たわる、起伏の激しい国土をしている。

 しかしポートリーとは違い、気候的にはやや寒冷で、特に山脈の西側は積雪がひどく、人が住むにはあまり向かない土地柄である。

 そのため山脈の西には大きな街や集落などはあまり見られず、破壊すべき大型農園もないため、ブランはそれほど重要視していない地域でもあった。


 それに目を付けたらしい一部のプレイヤーが有志を募り、ここにあった集落の周辺を開発して、新たな農場を切り開いたということらしい。先ほど覗いていたSNSのスレッドはそれに関するものだ。

 どうやってこんな厳しい環境下に農場など作ったのかは不明だが、ブランにとって重要なのは作る方の手段ではなく、壊す方の手段とタイミングである。


 そうして直々に様子を見に来てみれば、雪の降り積もる丘でアオハルごっこをする村人らしき恋人がいたというわけである。

 と言っても恋人達はドワーフである。

 女性は背が低めで若干ぽっちゃりめに見えるくらいと言うか、身長の割に空間占有率が高めと言うか、そのくらいなのでまだいいのだが、男性の方はすでに立派な髭をたくわえている。おそらくは2人とも若いのだろうが、髭面のオッサンと小さいぽっちゃりさんの組み合わせからは若干の犯罪臭というか、事案的な何かを感じずにはいられない光景だ。


「──これほんとに倫理的な審査通ってるのかな。絶対アウトっていうか、女性のこの仕様知ってたらシェイプで始めるプレイヤー絶対多かったよねっていうか」


「なるほど、確かにこの気候では生育が難しいはずの作物が実っていますね。しかもどうやら、村や畑の周辺を警戒しているらしい傭兵の姿も見えます。

 ご主人さま。状況から見て、おそらくここは隠れ里です。それも相当大規模なものです」


「かくれざと」


「税金の徴収をごまかすために、領主に黙って開墾された畑と、その周辺の集落の事です。魔物などの襲撃に遭う可能性がありますからそういう事例は少ないですが、歴史上では何例かの摘発事例があったようです。私も見るのは初めてですが」


「そりゃそうでしょ」


 マゼンタが例の伯爵の図書館ソースの蘊蓄を語ってくれたが、それらしく言ってはいるものの、彼女は生まれてからそう経ってもいないため、それほど稀な光景なら見たことなくて当たり前だ。

 それ以前に基本的にマゼンタたちはブランと共に行動している。ブランが見たことのないものを見たことがあるわけがない。


「隠れ里なのはいいんだけど、畑がうまいことやれてるのは不思議だな。今だって超寒いのに」


 ブランは今、アザレア達3人にヴァイスを加えた5人で、上空から村を観察している。

 薄暗い曇天の上、吸血鬼由来の霧系のスキルや『闇の帳』でごまかしているため下から発見される可能性は低いだろうが、それはそれとして非常に冷える。

 上空で吹きさらしという点を差し引いても相当な気温の低さだ。まともな農作物が育つ環境には思えない。

 また頭上の雲も実に重たく感じられる。

 おそらく西から流れてきた雨雲が山脈を越えられずに停滞し、気温が低いせいで雪雲に変わり、それが地上への日光を遮っているのだろう。もちろん受け売りである。半ば聞き流していたため誰が言っていたのだったかは忘れたが。


「──ブラン様。ちょうどよいところに農作業従事者が現れたようですよ。彼らの作業を観察してみましょう」





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