第265話「あ、ツレが払いますんで」(ヨーイチ視点)





 リフレの街にクランで借りた、いわゆるクランハウスで行われた結成記念パーティは深夜にまで及んだ。


 途中、言い出しっぺのウェインが出勤のため中座する事もあったが、彼は在宅では出来ないタイプの仕事に就いているらしいのでこれは仕方がない。

 ヨーイチたちが日々安心して生活していけるのも、そうやって自分の生活を犠牲にして働いている人たちがいるおかげなのだ。

 その分給料はいいと聞くし、また給料に見合うだけの能力は要求されるようだが。


 クランハウスにはログアウト用の個室も用意されており、ログアウトの際はその部屋で横になって休むことになる。

 個室と言っても大部屋に仕切りを入れただけのもので、イメージとしては旧世代にあったとされるカプセルホテルに近いものだ。

 こうした改修を行なう事ができるのも物件の買い取りを前提にした契約になっているためだろう。

 個室であるのにベッドひとつ分の広さしかないのはいささか侘しいものがあるが、とにかくこの街は地価が高い。こればかりはどうしようもない。

 荷物を置く必要がないのも、インベントリを利用するプレイヤーならではである。





 パーティも終わり、ほとんどのメンバーがその寝室で眠りについたころ、ヨーイチとサスケは2人、片付けの済んだリビングにいた。


「……さて。これで落ち着いて羅針盤を見れるな。別に隠してるってわけじゃねえけど」


「ああ。では──」


 ヨーイチはインベントリから水晶の羅針盤を取り出した。

 2人顔を寄せ合って盤を覗きこむ。

 先日、ヒューゲルカップでは北を指していた針はしかし、現在は東を指していた。


「……交点なんて作れないぞ」


「むう……」


 ここリフレの街より西に位置するヒューゲルカップにおいて北を指し、そして現在は東を指していることから、針の向く方向に直線を伸ばしていっても交わることはない。

 このゲーム世界が地球のように球体であり、一周して交わる位置というなら有り得ないでもないが、それでは星の裏側あたりになってしまう。つまりここから最も遠い場所だ。さすがにちょっと考えにくい。


「交点が作れないとしたら、考えられる可能性は2つだ」


「2つもあんのか。俺にゃ全く思いつかんが、さすがだな。見た目のわりに」


「見た目は……まあいい。

 ひとつは、このアイテムが示す対象が移動している場合だ。つまり俺たちがヒューゲルカップにいた昨日は北側にあり、今日は東側にあるということだ。

 俺たちはヒューゲルカップから転移サービスでテューア草原に飛び、そこから歩いてリフレに来たから数時間で来られたが、そうでなければ移動には時間がかかる。

 ヒューゲルカップとリフレにおいて90度に近い角度で方向が変わっていることから考えて、移動したとするなら異常な速度と言える。転移したならわからないでもないが、まさかクエスト報酬として渡されたアイテムが特定のプレイヤーの居場所を示すものだとは思えないし、言っておいて何だが正直これはないだろう」


「なら何で言った」


「もうひとつは、このアイテムが示す対象が1つではない場合だ。場所か物かはわからんが、複数の何かを示しているとした場合、示す方角も複数になる可能性がある。これなら、ヒューゲルカップとリフレでそれぞれバラバラな方角を示してもおかしくはない」


「示すべき方角が複数あったとして、それがヒューゲルカップとリフレで違っているのは何でだ?」


「こういう場合は大抵は、現在地からより近い場所を示していると考えるのが妥当だ。実際の羅針盤でも、北極より近くに強い磁場を発する何かがあればそっちの方を向くはずだ」


「ええと、つーことはだ。ヒューゲルカップより北に何かがあって、リフレより東にも何かがある。

 んでヒューゲルカップ北の何かの位置は、リフレからすると東の何かより遠くて、リフレの東の何かは、ヒューゲルカップからすると北の何かより遠い、と」


「サスケは説明が下手だな」


「うるせえな! こういうの苦手なんだよ!」


 ヨーイチは最新版スゴロク地図を取り出した。

 SNSに上げられていた画像をゲーム内で描き写したものだ。

 ただ参考にするだけなら別ウィンドウで表示させておけばいいだけだが、ゲーム内で地図を使って作業をするならこうした方がわかりやすい。


「……意外とマメだな、お前」


「お前が大雑把すぎるだけだ。

 この地図によれば、リフレの街から針の指す方向に線を引いていくと──」


「──ヒルス王都か」


 ヨーイチの引いた線は旧ヒルス王国王都を横断している。


「まだわからないがな。この線の先にはリーベ大森林もある。そちらを指している可能性もあるだろう」


「ああ、まあそうだな」


 より近い位置を指しているとするなら、リーベ大森林では少々遠い。

 ならば王都と考えるのが妥当ではあるのだが、そうとも言い切れない理由もある。


「とりあえず、現状ではこの大陸の外についてはまったくと言っていいほど情報がない。だから大陸に限定して話を進めるぞ。

 今、この針の示す先がヒルス王都なのかリーベ大森林なのかはっきりしない理由だが、これはヒューゲルカップもリフレの街も、大陸の中心に近い位置に存在しているからだ。

 極論を言えば、それぞれの針が大陸の端を指していたとしても、おそらく今と同じように針は動くだろう。示されている物が何なのかがわからない以上は、思い当たる場所の近くに行ってみるしかない」


「例えば今で言ったら、ヒルス王都の周りを羅針盤片手に一周散歩するとかか」


「それができれば話が早い。その際に常に王都に対して針が向いているようならひとつは王都で確定だ。

 ただ、自分の庭の周辺でプレイヤーが不審な動きをしているのを災厄が見逃してくれればだが」


「ああ、目立つモンなお前」


「お前に言われたくはないが」


「だから──、まあいい。王都一周するかはともかく、近くまで行ってみりゃある程度わかんだろ」


 翌日の行動の予定は決まった。

 まずは旧ヒルス王都へ転移し、そこで針を確認してみるのだ。









「……周囲を回る必要はなさそうだな。これは王都、というか王城を指している」


「だな。リフレで引いた線とも一致する。間違いねえだろ」


 2人がいるのは旧ヒルス王都そばのセーフティエリア、その周辺に作られた宿場町である。

 これだけ近ければ、単純に王都の方角と言ってもかなりの幅がある。

 取り出した羅針盤の針が示しているのはその中心、つまり王城だった。


 旧ヒルス王都は天使襲撃イベントの影響で再び☆5に戻っている。そんな高難度ダンジョンを無駄に刺激して、余計なデスペナルティを負うのは避けたい。

 王都の周囲を一周回れば確実だろうが、リフレとここでの測定結果だけでも仮説は補強できる。


「念のため、もう一ヶ所くらいは確認しておくほうがいいか?」


「こっからそれなりに近い場所で転移出来るところとなると……。墜ちた天空城かな」


「あそこか……。行くのはいいが、帰りは時間がかかるな」


 墜ちた天空城は転移先リストに載っているため、行きは一瞬だが、ヒルス王都やラコリーヌの森と違って宿場町のような集落はない。つまり転移装置が近くにないため、そこから移動するのが少し面倒になる。

 ヨーイチたちのアタック失敗以降、プレイヤーたちが挑戦しないのにはそれもあるだろう。

 外周部で出現する魔物だけを考えるのならラコリーヌの森でも同様の種が確認されているし、あちらはさらに、NPCに高く売れる糸が採れるクモ──鑑定によればレッサータランテラというらしい──もいる。天空城でなければならない理由はない。


「ラコリーヌの森はどうだ? あそこなら宿場町もあるし、帰ってくるのも楽ちんだ」


「ダメだな。王城から見れば、今いる王都の宿場町と方角が重なっている。針が同じ方向を指したとしても、それが王城なのかその向こうなのかわからんのは今と同じだ」


 ラコリーヌのさらに向こうにはエルンタールもある。あそこも宿場町が作られていたため、条件は同じだ。方向的には似たようなものだが、ラコリーヌが分岐点になっていることもあり、少し北に寄っている。参考程度にはなるだろう。

 しかしエルンタールまで行ってしまうと、今度は王都から離れ過ぎてしまう可能性がある。

 ヒューゲルカップとリフレの間で違う対象を指していたくらいだし、エルンタールまで離れてしまえばまた違う対象を指さないとも限らない。


「……しかたない。天空城まで行くか。帰りは徒歩だが」


「ゴールデンランニングが火を噴くぜ!」


「お前だけ先に帰っても仕方がないだろう。 やるなら俺を背負え」


「絶対ごめんだ!」









 墜ちた天空城の転移先セーフティエリアには誰もいなかった。

 人目を気にすることなく羅針盤を使う事ができるが、それどころではない。


「おい……。天空城ってあんなんだっけ……?」


「いや、違う。違ったはずだ」


 セーフティエリアから見える墜ちた天空城。

 正確にはあれ自体は城ではなく浮遊島とかそういうものなのだろうが、その島全体が水平になっていた。

 前回、ほんの1週間ほど前にここを訪れた際、その時は確かに地面に斜めに突き刺さっていたはずだ。


「あとなんか、やたらでけえ人影がうろついてねえか?」


「あれは……ゴーレムのようだな。初めて見たが」


 ゴーレムをはじめとする魔法生物の存在については情報が上がっている。

 ヨーイチ自身は見たことがなかったが、他の国では稀に見かける魔物らしい。

 それにしてもあれほどのサイズのものが存在するとは聞いたことがない。

 遠近感が狂って見えるが、以前に近くまで行ったあの天空城のサイズから考えると、数十メートルはあるだろうか。あんなものとどうやって戦えばいいのか。


「いやこういう、サイレントにダンジョンをアップデートするってのやめてほしいんだが」


「……運営の意図かどうかはわからんぞ。天空城を支配しているのが第七災厄なら、奴は確か、以前にこう言っていたはずだ。ヒルス王都の街並みが美しかったから支配した、と。だとすれば、新たに支配した天空城の角度が気に入らなかったから無理やり矯正した、としてもおかしくはない」


「角度が気に入らないってなんだよ! 自撮り女子か!」


「ふふ、自撮り女子とは言い得て妙だな……。つまり奴はエモいとかバエるとかの理由で王都や大天使を攻撃したということか……。くふふ……」


「もしかして、今のがツボったのか? わからんなぁお前……」


 そしてその場合、おそらく労働者として使われたのがあそこにいる巨大ゴーレムたちなのだろう。

 浮遊島ほどのサイズのものをあの人数?で動かせるのかは果たしてわからないが、ゲームの世界だし島は意外と軽いのかもしれない。


「……それはともかく。第七はゴーレムまでも支配しているのか」


「ええと、虫とアンデッドとゴーレムか? あとドラゴンか。それぞれに軍団長とかいそうだな」


 サスケは投げやりに言う。

 気持ちは分かる。


「──とりあえず、この件は拡散しておこう。

 それより今は目的を優先しよう。この位置からだと……ダメだな。また方角が狂った。これはたぶん……天空城を指してるのか?」


 取り出した羅針盤は背後の王都には見向きもせず、まっすぐと天空城を指している。


「謎は深まるばかりじゃねーか……。もうとりあえずヒルス王都は確定としてだ。

 ヒルス王都と天空城の共通点と言や、第七災厄さんだが」


「その場合だとやはりヒューゲルカップの北だけが浮いて見えるな」


「いったんオーラルに戻ろうぜ。オーラル王都にでも行ってみてよ、そっからでもヒューゲルカップの北側を指すのかどうかを見てみねえか?」


「ああ。だがその前にもう一度ヒューゲルカップだ。日が経っても指す方角が変わっていないかどうかも見ておきたい」


「そうだな。対象が移動する何かって可能性もまだあったな」









 ヒューゲルカップに行く際には前回と同じ街道を通ることになる。

 しかし前回まみえたPKたちの姿は見当たらなかった。

 『真・真眼』も駆使してチェックしていたのだが、不審なLPの反応も見られなかった。どうやら狩り場を変えたらしい。

 たった一度の敗北で逃げるように去ってしまうとは、と思わないでもないが、あのまま頑張っていたとしたらこの時ここで再び死亡していただろう事を考えると、いい判断だったと言えなくもない。運のいい奴らである。


「サスケ、待て」


「あんだ? またPKか?」


「いや。逆に周囲にそういう者が見当たらなかったから、羅針盤を取り出してみたんだが」


 羅針盤は東を指している。

 転移先に選んだダンジョンはヒューゲルカップの西にあるため、針はヒューゲルカップを指していると言ってもいい。

 前回そのヒューゲルカップでは北を指していた事を考えると、これはおかしい。


「……移動する何か、の可能性が濃厚か? リフレにいたときと似た方向だな」


「……いや、まだもうひとつ可能性がある。とにかくヒューゲルカップに急ごう」


 ヨーイチは一旦羅針盤をしまい、針の指していた東、ヒューゲルカップの街へ急いだ。





 街に着いた2人は、とりあえず人目を避け、路地裏で羅針盤を取り出した。


「──やはりヒューゲルカップ城か。指しているのは」


「あー。なるほど、ヒューゲルカップでは北を指していた、んじゃなくて、単に北に建ってる城を指してただけってオチか」


 あの時とった宿は確かに、城から見て南に建っていた。


「今のところ、わかっている範囲で言えば、指していると思われるものはヒルス王城、天空城、そしてヒューゲルカップ城だ。すべて城だな」


「つまりこれは、近くにある城の方角を教えてくれるアイテムだってことか。なんだそりゃ」


 難易度も相当高いと思われ、かつワールドイベントを進行させるほどのクエストの報酬である。そんなわけがない。

 あのクエストをクリアした結果、大天使弱体化につながるイベントが発生した事を考えれば、このアイテムはそれを後押しする機能を持っていたとしてもおかしくない。弱体化した大天使の位置を探れるような、つまり天空城の位置を探れるような機能を持っていた、ということなのだろうか。


「可能性としてあり得るのは、本来これは天空城の位置を探るためのアイテムだったが、すでに天空城が墜ちてしまっているために機能がおかしくなって、地上にある城を無差別に示すようになってしまっている、とか」


「それこそなんだそりゃ、だろ。天空城だって結局NPCのレイドボスがカタ付けちまったんだし、だったら最初からおかしくなる前提のアイテムってことじゃねーか」


 サスケの言う通りである。

 それに今は城の方角を指しているとしても、本当に城に反応して針が動いているのかはまだ確定していない。針を動かしているのには、単なる建築物としての城以外の理由があってもおかしくない。


「……もうこうなったら、各国を回って調べてみるしかない。明確に城があるのは各国王都の王城くらいで、例外はヒューゲルカップ城と天空城だけだ。もしもこの8ヶ所しか示さないのなら、このアイテムは城マニア御用達の観光サポートアイテムだ。SNSで城マニアを探して売りつける」


「ははははは! まあそうだな! 飛行できそうな魔物を探すついでってことなら大して苦でもねえか」


「そしてもし、城以外を指すことがあるようなら、その時は城を含む何らかの共通点があるということになる。それこそが真の報酬ということだろう。さすがに王城や領主の居城の中にある何かを手に入れられるとは思えないが、それ以外の場所の物なら可能性はある」


「よし、そうと決まりゃ、まずはオーラル王都だな。こっからだと、いったんフェリチタの街に移動してから馬車乗った方が早えな」


「そうしよう。馬車の支払いは任せた」


「うん? あれ? 前回お前だっけか?」


「ああ。間違いない」


 ヨーイチとサスケはオーラル国内を放浪して各地で魔物と戦うプレイングをしているため、馬車もよく利用する。馬車をチャーターする場合は何人であっても金額は変わらないが、他のプレイヤーよりは多少懐具合に余裕のあるヨーイチたちは2人で借りる事も多い。その際、料金をいちいち折半して支払うのは面倒だった。

 そのためどちらか一方が一括して支払い、その次の移動の際にはもう一方が支払う、という具合に交互に交通費を負担していた。

 このやりとりはそういう事だ。

 今回はで支払う事になったが、このように馬車以外の移動が間に挟まるとよくわからなくなることもあるため、自分が支払った時についてはきっちりと覚えておく必要がある。






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