第209話「第六災厄VS第七災厄」(別視点)
「丈夫も行かないか?」
「いや、俺はいいや。まだ大天使VS第七災厄のカードは諦めてないからな!」
「でもこの時代の大天使は討伐不可能なほど強大な勢力って運営から告知があったくらいだし、プレイヤーだろうとNPCだろうと倒せない存在ってことでしょ? さすがに第七災厄でもそんな相手に喧嘩フッかけたりはしないんじゃない?」
「そうだぜ。はがれにくいももう諦めて大天使討伐のレイドパーティに参加しとけって」
「しないって! あとお前ら俺の名前略すのはいいけど統一してくれよ!」
運営によるシステムメッセージに記載されていた内容は、驚きとある種の納得をプレイヤーにもたらした。
まずは、これだけしっかりとワールドを作りこんでいるというのに、いきなりタイムマシンなどというトンデモアイテムをぶちこんでくるのかという驚き。
しかしどうやらそのアイテムは一度設定したら二度と再設定ができないらしく、つまりすでに大天使誕生直後というステージに設定されてしまった以上は、そのためにしか使えない。
設定上、タイムマシンの製作者の生きていた時代までさかのぼることはできないらしい。つまり製作者をどうにかする事で、タイムマシンの存在しない世界にするというようなパラドクスは起こせない。
早い話が、実際の災厄よりも弱めのイベントボスのいるインスタンスフィールドにプレイヤーを誘導するための舞台装置だという事だ。
そして過去の世界で大天使を討伐しても、それですぐさま現代の大天使が消滅するということはない。
何度も過去で大天使を討伐することで、因果がどうのこうのして現在の大天使もいずれ必ず討伐される未来に変わるとか何とか。
言いたいことはよくわからないが、運営がやりたいことはわかった。
要は1体のレイドボスに対して全てのプレイヤーに戦う機会を与えるということだ。
通常、NPCであるイベントモンスターは死亡してしまったら復活しない。
そのためどれだけ強いレイドボスであったとしても、誰かが討伐してしまえばそれで終わりになってしまう。
何度でも倒すことが可能であること。
誰でも挑戦できるということ。
このふたつを同時に満たすために設定されたのが今回のタイムマシン──アーティファクトなのだろう。
そのアーティファクトを使う事で毎回ボスの生まれた直後に送り込まれるのなら、誰でも何度でもボスに挑むことができる。
それに回数を重ねれば現代にも影響を及ぼすかもしれないというのもいい。
ただボスをインスタンス扱いにして各プレイヤーがそれぞれ挑戦可能だとするだけでは、旧世代のゲームと変わらないし、何より世界を救うという実感が得られない。
仮に自分がボスを倒したとしても、他のプレイヤーたちの進行状況とつじつまを合わせるためには、イベント中は常にボスの脅威にさらされている事にしておかなければならない。
それでは何のために苦労してボスを倒したのかわからなくなってしまう。その地に生きるNPCがすべて自律行動をしているタイプのゲームであればなおさらだ。
しかし今回のような設定ならば、無理なく複数回ボスに挑むことができるし、回数を重ねることでモチベーションが下がっていくのも抑えられる。討伐回数を増やしていけば、現代の大天使も弱体化させられるかもしれないからだ。
すべてのボスに対してこれをやられてしまうとさすがに胸焼けしてしまうが、数体くらいならそういうアトラクションのようなボスモンスターがいてもいい。
なにせ
「じゃあ、俺たちはヒューゲルカップに移動するか。人多いだろうな」
「たぶんプレイヤーのほとんどは行くんじゃないかな? 記念受験じゃないけど、勝てる勝てないは別として大天使を拝む為にとかさ」
「いち地方都市で収容しきれるのかな」
「すでに行ってるプレイヤーの話じゃ、郊外に仮設住宅みたいなのが建てられてて、プレイヤーは一時的にそっちに回されるらしい。んでそっから城の地下への地下道通って行くらしいから、思ったほどは混雑しなさそうだってさ。
ヒューゲルカップって街自体もかなり栄えてるみたいだし、飽きたら観光してから帰ればいいし」
「アーティファクトに人が群がってすごい事になってそう」
「発動すりゃ全員インスタンスに飛ばされるから、そうでもないんじゃね。帰りは今んとこ全員死んでリスポーンだから、アーティファクトのところにゃ戻ってこない」
そんな話をしながらウェインたちのパーティが転移の為にリフレの街に向かい去っていった。
どうやら馬車を何台かチャーターしているらしい。この世界の馬は現実の馬とは比べ物にならないほど速い。それほど時間はかからないだろう。
いつかの第七災厄討伐レイドを再結集して挑むという事だ。
丈夫ではがれにくいは参加を見合わせたため、代わりにここ最近で仲良くなった蔵灰汁というプレイヤーが穴を埋めてくれた。彼はもともと検証班だが、戦いが苦手なわけではない。
これでまたしばらくは一人だ。
「因果が集約して大天使も消滅するっつったって、まさかそのうち心臓麻痺とかでいきなり死ぬとも思えないし。だとしたらきっと、いや絶対に誰かに倒されるって形になるはずだ。その誰かが第七災厄だって可能性が残ってる以上、俺はそれを信じるぜ……」
あるいは新たに誕生した第八かもしれないが、それはどちらでもいい。
丈夫ではがれにくいが見たいのは、とにかくスケールのでかい戦闘なのだ。
プレイヤーたちが協力し、知恵を絞って強大な敵に立ち向かうというのも楽しいが、元々強大な存在が、別の強大な存在とただ暴力をぶつけ合うという迫力あるバトルも見てみたい。
怪獣映画と同じである。
ジエー隊が怪獣に立ち向かうシナリオも捨てがたいが、やはり花形は怪獣VS怪獣だろう。
「──お、もうけっこう報告上がってんな。やっぱ強いのか大天使。何食らっても即死……って、俺らが第七と戦ったときだってアーティファクトなきゃ即死だったろうし、そのくらい当然だろ。即死攻撃の対策もしていかないとか、それは甘えではァ?」
どうやら大天使は弓主体の遠距離タイプらしい。
今のところ懐まで入り込めたパーティはいないようなので近接戦闘についてはどのくらいのレベルか不明だが、あの第七との戦闘を思い出せば、遠距離主体と言っても別に近接戦闘が出来ないとは限らない。
魔法攻撃メインと思わせておいて突然貫き手でアタッカーの腹をぶち抜いてくるボスだっている。
「ウェインたちは……さすがにまだ到着もしてないかな。さて、王都にひとりかあ……。さすがにひとりで王都のダンジョンはきっついし、どうすっかねぇ」
空を見上げれば、先ほどまでは晴れていたのだが、今は厚い雲に覆われている。
雲はどうやら南から流れてきているようだ。
「
とすると、今頃はちょうど……あっちの分厚い雲の上くらいか。第七パイセン、天空城が領空侵犯してますぜ! やっちまいやしょうよ!」
運営の告知メッセージが来たタイミングも悪かった。
第七災厄と大天使が衝突するとしたら、天空城がヒルスの上空を通る時が最も可能性が高い。
つまり今日だ。
このタイミングでさえなければ、丈夫ではがれにくいもレイドに参加していたかもしれない。
「しかしヒルス上空にある天空城の中って、どこの国の領土になるんだ? リアルの大使館の中なんかはその大使の国の領土扱いみたいになるっていうけど、天空城は……強いて言うなら旅客機とかとおんなじか? 旅客機とかはケースバイケースみたいな話を聞いたことあるけど」
大使館の敷地内が保護されているのはあくまで国交の成立している国同士だからであり、旅客機の場合は様々なケースが考えられるため状況によって対応が異なる。今回のように国交の無い国同士で通達なしで領空侵犯などすれば本来撃墜されても文句は言えない。天空城の敷地内の事など気にするだけ無駄である。
そんなどうでもいいことを考えながらぼうっと空を見ていると、突然雲のカーテンを突き破り、巨大な岩の塊が現れた。
「──へ? なん、え?」
非常にゆっくりとした動きだが、スケールが大きすぎるためそう見えるだけだ。
あの岩の塊は落下している。
「マジかよ! 何だアレ!」
しかし落下のスピードから考えて、例えば隕石のように上空から落ちてきたものだとは考えられない。それにしては遅すぎる。
まだ十分に加速されていない、つまりすぐそこから落下が始まったのだろう。
雲のすぐ上にあんな巨大な岩の塊があるなど通常ではありえない。
あるとすればそれは。
「まさかあれが天空城!? 何で落ちてんの!? いや、なんでとかどうでもいいな!」
急いで行かなければ。
天空城が落ちる。
それは話題の大天使の滅びを意味する。
タイミングから言って、過去世界にプレイヤーが送り込まれたことと無関係であるとは思えない。
今はまだ誰も倒すことが出来ていないようだが、それも時間の問題だろう。
過去に渡って因果がどうとか言うくらいだし、過去で大天使が討伐される事実と、現代で大天使が滅びる事実は、順番はどちらが先でも変わらないという事なのかもしれない。
プレイヤーによる一定数の討伐という結果はシナリオ上は織り込み済みで、イベントが後半に突入すると同時に大天使滅亡のためのシナリオが動き始めていたとしてもおかしくない。
討伐数を重ねることで大天使が弱体化または消滅するという餌をぶら下げ、プレイヤーのモチベーションを保つのではという予想は外れたが、今それはどうでもいい。
「ってことは、もしかしたらあそこで大天使が誰かと戦ってるかもってことだ!」
すでに天空城は落ち始めている。
大天使が劣勢なのは間違いない。
いや、すでに倒されてしまっているのかも知れない。
「急げ急げ……!」
今ほど自分がスピード型の近接アタッカーだったことをありがたく思ったことはない。
『軽業』ツリーの『俊敏』、そして最近のイベントで稼いだ経験値でようやく取得できた『縮地』を駆使し、異常なスピードで天空城を目指す。
パッシブスキルの『俊敏』はともかく、『縮地』には発動直後にほんの数瞬の硬直が存在する。
そのため何も考えずに連発しても、それほど劇的に移動速度が上がるわけではない。『縮地』の経験値の分AGIを上げて走った方が速い。
しかし実はこれらのスキルは、発動後の硬直直前にわずかに身体をひねる事で、その硬直をキャンセルすることが可能である。
これは『縮地』発動後にシームレスに攻撃に移行するための仕様と思われる。単に『縮地』を発動させただけでは移動後に硬直してしまうが、そのまま攻撃に移る場合には流れるように高速の奇襲攻撃を行なう事が出来るのだ。
元々この硬直が設定されている理由はおそらく、今のように移動のためだけに『縮地』を使う事を規制する目的なのだろうが、キャンセルできる条件が判明しているのなら使わない手はない。
「『縮地』! ほっ! 『縮地』! ふっ!」
結果、生まれたのが『縮地』を発動しながら腰を捻り、着地と同時に再び『縮地』を発動してまた腰を捻る、という不審な動きを繰り返しながら、異常なスピードで滑るように移動する変質者である。
『縮地』発動に必要なコストもあるため、あまり長距離の移動はできない。
それにこれができるのは『縮地』を取得するようなスピードファイターだけであり、通常様々な職種が混在するパーティでの移動にも向かない。
丈夫ではがれにくいも取得後に一応練習だけはしてみたが、実際に使うのはこれが初めてだった。
練習していた時はおそらく使う時など来ない無駄な時間だと感じていたが、まさかその成果が日の目を見る日が来ようとは。
「『縮地』! はっ! 『縮地』! ちょいっ!」
丈夫ではがれにくいは今、努力は人を裏切らないという言葉をかみしめていた。
しかしさすがに天空城の落着までに現地に到達することはできなかった。
なんとか天空城にそびえる黒い立派な神殿を目視できる距離にまでは迫れたが、そこでついに天空城が地表に接触してしまった。
「あー。やべー間に合わなかっ──『パリィ』!」
天空城が大地に落下したことで凄まじい衝撃波が発生し、その衝撃の壁が丈夫ではがれにくいを襲ったのだ。
咄嗟に剣を抜き、衝撃波を迎撃した。
本来『パリィ』は武器などを使って敵の攻撃を受け流すためのスキルだ。
よってこの衝撃波のような逃げ場のない面攻撃に対しては無力である。『パリィ』は必ず失敗する。
しかしこのスキルの仕様として、受け流しに失敗した場合でも使用した武器の攻撃力などに応じてダメージを一定量軽減できるという効果がある。
この衝撃波のダメージがどのくらいなのかはわからないが、やらないよりはいいだろう。
直撃した衝撃波によりLPを8割ほど削られながらも、丈夫ではがれにくいはなんとか持ちこたえた。
せっかく走ってきた距離は吹き飛ばされてかなり後退させられてしまったようだが、死亡してしまうよりはいい。
「いてて、うあーっと、あれ、どっちだったかな。ぐへっぺっぺっ! すごい土煙だぜ……」
辺りは落下した天空城が巻き上げた砂塵によって視界が失われている。
大地も今だに揺れている。落下の衝撃で局地的な地震が引き起こされたのだろう。その余波がまだ続いている。
「この揺れる足元で
ここまで育てたプレイヤーキャラクターだからこそ、この程度で済んでいるのであり、仮に普通のNPCなら最初の衝撃で跡形もなく消し飛んでいたはずだ。そうでなくても鼓膜は使い物にならなくなっているだろう。
LPを削られただけで済んだのはそれだけで大したことだ。
「……しょうがないな。幸い鼓膜……聴覚は無事だ。だったらこいつに賭けるしかない」
イベントで取得した経験値は、いくらかはいざという時の為に残してある。本来はイベント以外の時のデスペナルティ用なのだが──
「……いつ使うのか、今でしょ!」
丈夫ではがれにくいは『聴覚強化』を取得した。
そして耳を頼りに、何かの音がする方向へと走り始めた。
*
舞い上げられた土煙は、地表付近には未だ滞留しているが、上空では一部晴れてきているところもあるようだ。
これなら上空で何かが起こっているのなら見えるかもしれない、と考えたところで、何やら周囲にどさどさと重たいものが落下したような、いや着地でもしたかのような音が聞こえた。
何事かと上を見上げれば、ノイズ混じりではあるが途切れ途切れの青空を拝むことができた。
丈夫ではがれにくいの目は、その中に対峙する二つの白い影を捉えた。
白いと言っても片方は白いのは翼だけで、髪や服装は金色だ。
そしてもう片方は翼だけが黒く、それ以外は白い。
「っしゃあ『視覚強化』取得ゥ!」
揺れの収まった大地を蹴ってゴールデンランニングでさらに近くを目指す。
「───はない。死ぬといい。無駄な抵抗はするなよ。『恐怖』『イヴィル・スマイト』『ダークインプロージョン』『解放:糸』『斬糸』『ガトリング』」
わずかに声が聞こえてきた。
その瞬間羽根の黒い方が何かの魔法かスキルを発動し、羽根の白い方は漆黒の槍に貫かれ、暗黒に握りつぶされ、突如全身に切り傷が走り、最後は穴だらけになって消えていった。
「……マ……っジかよ……。あれ、羽根の黒い方は……第七か? なんで羽根黒くなってんだ? いやそんなことよりやっぱ第七が勝ったのか? 俺、もしかしてその瞬間に立ち会えたのか? うおおおおおおおおお!」
すばらしい。
諦めないでよかった。
戦闘の規模がいかに大きかったのかは、この大地の惨状を見ればすぐにわかる。
島1つが丸ごと地表に突き刺さり、周囲は荒野と化している。
残念ながら丈夫ではがれにくいはその戦闘のすべてを見ることはできなかったが、決着の瞬間を見ることはできた。
多くのプレイヤーがヒューゲルカップを目指して移動しているだろう今、この光景を見ることができたのは自分だけだろう。
この感動は是非他の連中にも伝えたい。
だがその前にまずは街まで帰らなければ。
帰りは急ぐ必要もないし普通に歩けばいいのだが、非常に時間がかかるだろう。
この余韻を楽しみながらゆっくり帰るのもいいが、今は一刻も早く落ち着ける場所でSNSに書き込みをしたい。
幸い今はイベント中でデスペナルティも軽い。できれば死に戻りでもさせてくれそうなモンスターでも──
「──うお!? 何か出た! 何か来る!? あいつか! まじかよ!」
見上げたその先、第七災厄と思われる者の傍らに二つ首の赤黒いドラゴンが現れた。
このドラゴンには見覚えがある。先日ヒルス王都でウェインたちとアタックしていたところ、第七と共に現れた個体だ。
そいつは一直線に丈夫ではがれにくいの元へと向かってきた。
迫りくる4つの目には殺意がみなぎって見える。逃げ場はない。
「……帰りのチケットまで手配してくれるとは。なんて優しんでしょ。俺第七パイセンのファンになりそう」
そして丈夫ではがれにくいはヒルス王都最寄りの宿場町で目を覚ました。
★ ★ ★
システムメッセージがありましたので、あの、あれです。
深夜にも更新します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます