第62話「もふ」(別視点)





〈──ボスから命令だ。森にいる敵を全部殺していいらしい〉


 白魔は傍らにいる銀花、それからチビたちにそう伝えた。

 正確にはボス──レアからではなくスガルを経由してもたらされた情報だが、ボスがそれを望んでいるなら命令と言っても差支えはあるまい。

 詳しい事は不明だが、経験値とかいうものが大量に必要なようだ。


 獲物を狩ったり、外敵を撃退したりなどを繰り返していると、ある時ふいに自分が望むように成長できることがある。

 経験値というのはそれを可能にする力らしい。

 今は群れのボスであるレアにすべての経験値が集まるようになっているらしいので、白魔たちは狩りなどしなくても強くなれる。まさに神のごとき力だ。もっとも白魔は神とかいうもののことは知らないので、これはケリーたちからの受け売りだが。

 ケリーたちも、初めて会ったときはすばしっこいばかりの間抜けな猫どもという印象だったが、今は違う。ボスにほんの少しだけ姿が似ていたおかげで、いろいろな仕事を任されて、ずいぶん賢くなっている。


 ついこのあいだも、ここにいる銀花と猫のマリオンでタッグを組み、遠くまでボスを案内する仕事をやりとげてきた。

 氷狼は、というか狼型の魔物は基本的にペアで狩りをする。

 本来であれば白魔もついていくところだったが、チビたちから目を離すのは不安だった。

 そのため北から逃げ出して以降、危険を承知で常にソロで狩りをおこなってきたくらいだ。

 アリたちに子守りを任せてもいいのだが、一対一では大抵のアリよりチビの方が強いため、チビたちはアリを舐めている。言うことを聞くとは思えない。

 そもそも群れの中で子狼の割合がこれほど多いのが異常なのだ。

 それをわかっていて選んだ道だし、後悔はしていないが。


 しかしチビたちもだいぶ体も大きくなってきた。と言ってもそこらにいるコヨーテくらいだし、まだ毛並みがフワフワしているというか、全体的に丸めのシルエットだが、そろそろ狩りについて学び始めてもよい頃だ。最初は遊びながらでもいい。


 それを考えれば、今回の命令はいい機会かもしれない。ただ狩るだけならば、アリたちは数がいるため事足りるだろうが、より経験値を得るという意味で考えれば、子狼たちの初めての狩りの練習というのは悪くないのではないだろうか。


 さっそくスガルにその旨を伝え、大型魔物牧場はアリたちが対処するが、代わりにゴブリン牧場を白魔たちに譲ってもらえることになった。

 その際にくれぐれも繁殖用の個体だけは死なせないようにとの注意を受けた。

 どのみちゴブリン相手に白魔や銀花では経験値取得の邪魔にしかならない。安全のためにも監視に徹するつもりだったので、それは問題ない。


〈よし、チビたち、狩りの練習だ。ゴブリンてわかるか? 小さくて、臭い奴らだ。自分たちを賢いと思っていて、人間みたいに武器を使いたがるが、うまく使えない。まあ今森にいるゴブリンどもの武器は全部取り上げられちまってるが〉


 わかる、知ってる、とチビたちから返事が返ってくる。チビたちは同種の間でなら意思を伝えることができるが、他の種族と会話することはできない。ボスが言うにはとかいう能力が関わってるらしいが、ボスは現状チビたちに何かの役に立つことを期待していないため、特に成長させたりなどはしていない。のんびり育てればいいよ、との言葉をたまわっている。


 しかし群れの中で養われている以上は、群れの役に立たなければならない。チビが小さいうちは白魔や銀花がその分役立てばいいのだが、最近白魔は特に目立った仕事もしていない。ボスは用心棒がどうの、と言っていたが、狼にいざという時の保険などという概念は元々ない為、白魔は用心棒の概念についてはピンと来なかった。


 白魔はチビたちを引き連れ、ゴブリン牧場へ向かった。

 牧場に着くと、銀花に最低限残しておきたいゴブリンの監視を任せ、チビたちに狩りをさせてみた。


〈こいつらの攻撃じゃケガをすることはほとんどないだろうが、世の中には爪や牙に毒を持ってる魔物もいる。そういうやつらと戦う時のために、なるべく攻撃は受けないようにやってみるんだ〉


 そういってチビを解き放つと、みな思い思いに駆けていき、ゴブリンに飛びかかるなり頭から齧り付いたり、手足を噛みちぎったりして遊び始めた。

 この森は安定して質のいい肉が手に入るため、近頃ではチビたちもすっかり舌が肥え、ゴブリンなどの不味い肉には見向きもしない。

 今も噛みついたり、噛みちぎったりはするものの、すぐに吐き出してその場に捨て置いている。

 本来の狩りをする目的を考えれば褒められたものではないが、そういう細かい事はもっと分別がつくころになってからでもよいだろう。

 今は恐れず敵を攻撃することと、敵の攻撃を受けないことを覚えればいい。


 取りこぼしなどをするのはボスにも譲ってくれたスガルにも申し訳が立たないため、敷地から逃げ出しそうな個体がいればチビたちに教えてやり追いかけさせる。すばしっこいゴブリンだが、子供とはいえ狼の足から逃れられるものではない。

 いずれはもっと全体を見て、そもそも逃げ出す隙など作らないよう立ち回ってほしいものだが、最初であるしこんなものだろう。


 制しきれずに敷地から出て行ってしまったゴブリンを連れ戻したり、そういう奴を追いかけて敷地から出て行ってしまったチビを連れ戻したり、そんなことをしばらく続けていると、スガルからもういいと連絡があった。経験値とやらがボスの目標に達したようだ。


 牧場の管理はこの後アリが引き継いでくれるらしい。アリの姿を遠目に認めた白魔はチビたちを呼び寄せる。

 爪や口の周りを真っ赤に染めたチビたちが駆け寄ってくる。どの子も目がキラキラしていて、よほど楽しかったと見える。やはり子供でも狩猟動物だということだ。

 これならば、ボスにお願いしてたまにこうして訓練を兼ねたお遊びをさせてやるのがいいかもしれない。


 すると急に、なんだかよくわからないが誇らしいというか、そんなような妙な感覚が湧いてきた。しかし嫌な感覚ではない。

 見ればチビたちや銀花も意味もなく誇らしげな表情を浮かべているように見える。


 本能的にわかった。


 これはおそらく、ボスが大きく成長したのだろう。強大な存在が後ろについているという安心感と、その存在に跪くことを許されているという優越感が、白魔の胸を満たしている。


 これは一刻も早く、ボスに拝謁してその御姿をこの目に焼き付けなければ。


 しかしその前に、どこかでチビたちを洗ってやる必要があるが。





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