第35話「卵とリビング」
「ありがとう。さて、材料は集まったわけだけど」
レアの目の前には、うず高く積まれた、朽ちかけた武具と騎士たちの骨、そして光沢を放つ金属塊がある。
このうちのどれかが素材となるはずだ。
「魂を必要としないってことは、つまり魂のない存在が産み出されるってことだよね。単純に考えてアイテムとかそういったものかな……」
しかしホムンクルスのレシピと同じ列に並んでいたものだ。
単純なアイテムならば違う列に並んでいるだろう。
事実、『大いなる業』によって開放されたレシピ群には違う列のものも大量にある。もっとも今はどのレシピも材料すらほとんど不明の状態だが。
「まぁ、とりあえずはやってみようか。では、『哲学者の卵』展開」
するとそれなりのMPと引き換えに、レアの前に巨大な水晶の卵のようなものが現れた。
説明によればこれはフラスコであるはずだが、中が空洞なのかどうかは一見しただけではわからない。
『大いなる業』のレシピに記されている手順の通り、レアはその卵に金属塊を近づけた。
「失敗したらもったいないし、まずはそうだね、5キロくらいかな」
卵に触れるかどうか、というところまで近づけると、卵の一部が変形し、穴を生じさせて金属塊を飲み込んだ。
「……なるほど、どうやって入れるのかと思ったら、そういうマジカルなアレか」
そもそも水晶の卵は宙に浮いているため、今更といえば今更であるが。
「問題は騎士の怨念なんだよな。ホムンクルスで言うところの「魂」の代わりだとすれば、堕ちた騎士の魂的なニュアンス? じゃあ」
レアは朽ちかけた騎士の剣を手に取り、卵に飲ませた。騎士の魂として最もそれらしいものといえば、やはり剣ではないかという発想だ。
「だめでもともと的なとこあるし、これで行こう。『アタノール』発動!」
宙に浮く卵の真下に、黄金のランプが現れ、卵を熱し始めた。
「アタノールって言ったら炉じゃないのかな。これじゃ炉っていうよりアルコールランプじゃないか」
とは言うものの、レアも実物のアルコールランプは見たことがない。VRの学校の授業で、仮想空間上で扱ったことがあるだけだ。ある意味、今していることも変わらないが。
やがて卵の中身が虹色に溶け、ぐるぐると渦を巻き始める。
「これでいいのかな? 『大いなる業』!」
現在のレアを持ってしても少なくない量のMPを持っていかれ、卵が金色の光を放つ。
「これ洞窟内の照明に使えないかな」
光は数秒で収まり、やがて卵の中には一振りの剣だけが残っていた。
「あれ? 金属塊が消えてしまった? 失敗かな?」
〈ボス、よくご覧ください。先ほど入れた騎士の剣ではございません〉
「あ、ほんとだ。デザインはあんまり変わってないけど綺麗になってるな。あと卵のなかで浮いてる……」
ほどなく、『哲学者の卵』が独りでに割れ、中の剣がゆっくりとレアの前に降りてきた。
「哲学者の卵使い捨てなのか……。あいつにもまあまあMP食われたんだけど」
剣はレアの前に浮いたまま、微動だにしない。
「これは……。どう見てもただの武器じゃないよね……。もしかしてこういう魔物なのか? ふむ……。使役状態、というわけでもないようだけど」
しかしなんとなく、目の前の剣とレア自身との間に、うっすらとした主従関係のようなものがあるように思える。
「まぁいいや。魔物だったら『使役』できるでしょう。『使役』」
剣には相変わらず変化はないが、たしかに剣が何の抵抗もなくレアの眷属となったことが感じられた。ステータスを覗いてみると、種族名は「リビングウェポン」となっている。
「なるほど! リビングウェポンか! 言われてみればそんな感じだなきみ。しかし、なんというか、意志のようなものがほとんど感じられないな……。とりあえず……」
レアはインベントリから、いつ狩ったものか記憶にないが、何かの肉であろう塊を取り出す。
「これ斬ってみてくれるかい?」
すると、目にも留まらぬといっていい速度で剣が自ら半月を描くように振り抜かれ、音もなく肉が分かたれた。
「うわ、すごいな! これたくさん作ったら色んなゴッコ遊びできそうだ!」
今回は実験する程度のつもりだったため、剣は1本しか拾わせていない。
「スガル」
〈すでに手配してございます。MP消費の事も考えまして、連続して産み出せない可能性もございますので、輜重兵を向かわせました。ご使用なさらない分は、そのまま輜重兵に持たせ、この部屋に控えさせておきましょう〉
「さすが優秀だねスガル」
大抵の歩兵や工兵にはローテーションで仕事がある。アリは眠らないが、とぎれとぎれでも構わないながら1日に合計数時間程度の休憩は必要となる。ローテーションはそのためだ。
輜重兵は数が少ないこともあり、班に編入していない。特に割り振ってある仕事もないため、普段は身の回りの世話などをさせたりしていた。
「もう1回くらいはできそうだし、今度は鎧で試してみよう。鎧だし、金属の量も多めに……50キロくらいかな」
レアは再び『哲学者の卵』を発動し、材料を投入すると『アタノール』で暖めた。前回と同様に虹色のマーブルに変わると。
「『大いなる業』」
金色の光の後、卵の中には、全身鎧が一式佇んでいた。今度は卵の底に脚をつけ、浮いてはいない。
「でも自立してるんだよなこれ」
そして見た目も剣のときとは違い、大幅に変わっている。
レアが生み出したからなのか、鎧はちょうど、レアが着られそうなサイズになっている。
デザインもバケツのようだった兜とは違い、全体的にシャープで、尖ったバイザーがついている。
胸当てと肩当て、ガントレット、グリーヴは特に変化しており、装飾とまではいかないが、それなりの芸術品と言ってもいい程度の彫刻が施され、厚みもかなり増しているようだ。
鎧の関節部や隙間などにも鎖帷子が仕込まれており、弱点をさらさないようになっている。
そしてなにより、色だ。黒い。騎士の怨念の影響だろうか。
やがて卵が割れると、鎧はずしゃりと地面に降り立ち、レアの前に跪いた。
「わたしのサイズくらいなら……仮に鉄と同じくらいの重さだとしたら、30~40キロくらい? 50キロも入れたから厚くしてサービスしてくれたってことなのかな……?」
金属塊を持って卵に飲ませた時、だいたい50キロくらいか、と思われる程度の重さだった。本来であれば両手でも浮かせることさえできない重さであるが、現在のレアの能力値なら片手で持ち上げられる。
「きみ、立ち上がってみて」
がしゃり、と鎧が立ち上がった。
「そこの金属塊を持ち上げてみて」
鎧が金属塊をこともなげに持ち上げる。
「ふつうに人間にできそうな行動はできそうだね。そうだ、『使役』」
鎧を眷属にしたレアは、改めてその能力値を確認した。
「能力値は……STRとVITに偏ってるな。DEXとAGIは人間並、おっと、INTとMNDが超低いな! 『精神魔法』に抵抗とか出来なさそうだけど……『精神魔法』って効くのかな?」
本来、ホムンクルスやアンデッドなどに『精神魔法』は通じない。『魂縛』の説明によれば、ストックしてある「魂」があればそれも通じるということだが、つまり彼らには「魂」がないから『精神魔法』が通用しないのだろう。
しかしホムンクルスは産み出すのに「魂」を使用するにも関わらず、魂がないのだろうか。
魂を使用するホムンクルスと、使用しないこの──なんだろう。
「確認するの忘れてた。まぁ想像は付いてるけど。名前は……」
この「リビングメイル」との違いはなんだろうか。
「積極性とかかな……? 自我?」
リビングメイルもリビングウェポンも、自我が薄いように感じる。命令には忠実に従うようだが。
「なるほど……ホムンクルスはまた他の素材が見つかってから試すとして、リビングメイルとリビングウェポンは使えるな」
先日『召喚』で新たに取得したスキル。眷属たちに協力してもらい、実験はしてみたが、特に有用性は感じられなかった。しかし、このリビングメイルならば。
「バトルロイヤルイベントはもうすぐだね……。楽しみだよ」
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