2-4
彼はわたしを駅まで送ってくれた。いや、彼は駅にわたしを捨てに来たのだ。
「先輩、きっと酔っているんですよ。気を付けて帰ってくださいね」
「あなたは、どこへ行くの?」
「ぼくは歩いて帰ります。下宿なので大学の近くに部屋を借りているのですが、ここからならそれほど遠くありませんので」
「わたしを捨てて帰るのね」
「なにを言うのですか。先輩だってお家に帰るのです」
「わたしに家なんてないわ」
その時のわたしは見せかけじゃなく、弱っていた。
「あんなの、わたしの家じゃない」
そう吐き捨てる。わたしは俯いていて、彼の顔を見られなかった。
「そうですか」
まるで感心のない声音だった。道で蟻を踏みつけたことに気づいたかのようだった。
「気を付けるぐらいじゃわたし、危ない目にあっちゃうよ」
面倒くさい女だ。わたしが一番嫌いなタイプの女。つまらない女。けれど、やめられなかった。
「男の人に襲われちゃうかも」
彼に心配してほしかった。
「エッチなことされちゃうの」
彼に大切にしてもらいたかった。
「あなた以外の人に、犯されちゃうの」
彼に、犯されたかった。
「困りましたね」
彼が言って、つい顔を上げてしまう。
「困ったことに」
彼はやっぱりニヘラと笑っていて、
「なんとも思いません」
歩いて行ってしまった。
わたしは追いかけることもできなかった。
ペタリと座り込んでしまう。
「あの、どうかしました?」
彼が行ってからどのぐらいわたしが座り込んでいたのかわからないが、ふと声を掛けられた。仕事帰りなのか、疲れ切った様子のサラリーマンだった。顔色が悪く、不健康な痩せ方をした、30歳半ばぐらいの、優しくて、可哀そうな男だった。
「すいません」
わたしは手を借りて立ち上がる。そのまま腕に絡みつく。
「へ? え、あのっ?」
急に体がこわばったのが分かった。わたしは、
「帰る家がないんです。今日、泊めてもらえませんか」
哀れで、守りたくなるような弱い女を演じた。
「何でもしてあげますから」
そう言って胸をその人の腕に強く押し付ける。顔を真っ赤にして可愛かった。
「寂しい夜を過ごしましょう?」
その時流れた涙は、演技じゃなかった。
初めて痛みを知った気がした。
それはとても新鮮だった。
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