愛について

姫川翡翠

第1部 わたし

0-1

 愛について。

 愛について、わたしは邪魔なものだといった。

 そんなものがあるから——そんなものがないから、彼はわたしに触れてくれないのだ。

 同じベッドの中で、わたしの隣に寝そべる彼は、それを聞いて笑った。

 愛について。

 愛について、彼はよくわからないといって誤魔化した。ただ、それは素晴らしいものだと付け加えた。

 わたしは彼に手を伸ばす。彼はそれを当然のように払いのける。わたしが恨めしくみると、彼はニヘラと笑う。

 わたしはその笑顔が本当に嫌いだった。

「裸の若い男女が同じベッドに入っているのよ? 何もない方が、むしろ不健全だと思うの」

「それは先輩が言ったからでしょう。泊まりに来るたびにいつも訳の分からない理論でぼくも一緒に裸にするんですから。それと、僕は自分が健全だと思ったことはありません」

「じゃあ襲ってよ」

「ムリ」

「じゃあ襲うわよ」

「ダメ」

「なによ。偉そうなこと言って、はヤル気満々じゃない」

「そりゃ僕だって男です。女性の裸に欲情くらいしますよ。それに、先輩は特別に綺麗だ。そんなにエロいカラダを見せられたら、誰だって元気になりますって」

「だったらいいじゃない。セックスさせなさいよ」

 わたしは彼のカラダに絡みつく。華奢にみえるけれど、触れるといやでも男なんだとわからされる、たくましい彼のカラダに。

 それでも、彼はわたしを突き放した。

「先輩、それはいけません」

 無感情に、しかし笑顔が張り付いたおぞましい顔で、

「『愛』がないので」

 わたしはそれを正面から受けても、もう怯まない。

「あなたを愛しているわ」

 真剣に返した。

「そうですか」

 彼はやっぱり誤魔化すようにニヘラと笑って——けれどそれは全然笑っていなくて——言った。

「ぼくは誰も愛していません。そしてこれからも、誰も愛しません」

 

 愛について。

 愛について、語りましょう。

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