意志
私の言葉にシルアは驚く。そして一日だけ、というのがやはり受け入れられないと思ったのかしばらくの間悩んだ。
が、少し考えてどうにもならないと悟ったのか、やがてうなずく。
「分かりました。どうしても行ってしまうんですね」
「うん。それはどうあっても変えられないことだから」
一時間後、私は近くの街の広場にてシルアと待ち合わせた。正直、こうしている間にもレーリアが召喚した魔物が王都を襲っているのではないかと考えると気が気でない。ただ、幸い王都からそういう噂は届いていなかったし、私としては相手がどんな魔物か分からない以上シルアにも手伝ってもらいたかった。
そのためには、シルアとの関係についてもきちんとけじめをつけなければならない。私が広場に向かうとすでにおめかししたシルアが待っていた。私の姿を見るとぱっと表情が明るくなって手を振るが、すぐに口をとがらせる。
「沖田さん、遅いですよ」
「え。多分待ち合わせの時間前だと思うんだけど」
「私はずっと待ってたんですから」
シルアは白いワンピースにピンクのカーデガンを羽織り、頭には花飾りをつけている。普段と違ってうっすらと化粧もしていた。今までずっと旅装だけしか見てこなかったからそんな彼女の姿に思わず見とれてしまう。
「可愛い……」
「そ、そうですか。それなら遅刻の件は許してあげます」
シルアが顔を赤くする。
「いや、遅刻はしてないんだけど」
しかしシルアはよくこんな短時間で支度したな。
ちなみに私は普通に王都で異変が起きていないかの情報収集をしていた。よく分からなかったけど、便りがないのはいい便りということにしておこう。特段王都が破壊されているという噂はなかった。
「じゃあ、だいぶ遅くなってしまいましたが朝食でも食べに行きましょうか」
こうして、私のシルアとの一日デートは始まった。レストランで衆人の目の中シルアに「あーん」させられたり、シルアと手を繋いで街を歩いたり、シルアにこの世界での服を選んでもらったりと色々あったけど、あっという間に時間は過ぎて夜になる。
私はシルアと街で一番高級とされるレストランでご飯を食べ終えたところだった。展望席からはきれいな星空と街の夜景が見える、なかなかのデートスポットだった。周りがみんなカップルなので私は少し緊張したがシルアは満更でもなさそうだった。
「あーあ、一日って短いですね。こんなことなら五日ぐらいもらえば良かったです」
「五日あったとしても五日後には同じこと言ってると思うよ?」
「でしょうね。あーあ、せっかく久しぶりに普通の女の子みたいな楽しみを得られたと思ったのに」
そうか、シルアは今日ずっと私をリードしていたから忘れてたけど、シルアも普通の年頃の女の子とは違う人生を送ってきたんだった。
「大丈夫。闇の十字架は潰れたからこれからは普通に幸せに生きられるよ」
「そんな、私に誰とも知らない人と幸せになれと? ひどいです」
シルアが唇を尖らせる。シルアが私のことを好いていると思って見れば可愛い仕草だ。
「ごめん。シルアが私を大切に思っているように、私にも大切な人がいるの」
「え、沖田さんまさか元の世界に恋人がいるんですか!?」
シルアはテーブルに手を突いて立ち上がる。思わず何事かと周囲の人たちが振り返る。このやりとりを他人に聞かれてるって思うと恥ずかしい。
「そ、そんなんじゃないけど」
「その反応……怪しいです。恋人ではないけど時間の問題、とみました」
私が真っ先に思い浮かべたのは桜ちゃんだったが、さすがにそんなことはないはず、と思い苦笑する。
「いや、さすがにないと思う」
「沖田さんがそう思っていても向こうはそうは思っていないかもしれませんよ?」
とりあえずシルアの言ったことは深く考えないようにしておこうと思う。そんな私の反応が照れているように見えたのか、シルアはちょっと寂しそうな顔をする。
そして。
「分かりました、では最後に一つだけお願いしてもいいですか?」
シルアがまっすぐに私を見つめてくる。その表情からは並々ならぬ決意がうかがえる。そうか、私はシルアの中でそんなに大きい存在になってしまっていたのか、と改めて実感する。
「いいよ」
「キスしてください」
「え?」
思わず私は耳を疑う。やはりシルアの好きはそういう「好き」だったのだろうか。事ここにいたるまで私はそのことを信じてはいなかった。いくら私のことを人間的に尊敬しているからといってそういう気持ちになるだろうか?
しかしシルアの表情は真剣だったし、ほのかに緊張している。これは本気だ。そう思った私に拒絶することは出来なかった。
「分かった」
私はシルアに顔を近づける。するとシルアは一気に私の唇を奪った。今まで感じたこともないような甘い感覚。それはさっきまで一緒に食べていたデザートのケーキのせいだけではないだろう。
するとこともあろうにシルアは舌を突っ込んできた。私の身体を電流のような衝撃が走る。日本でもまだこんなキスしたことなかったのに。が、私は今日一日はシルアに身を任せると決めていたのでなされるがままになる。私を好いてくれる人に身を任せるというのは相手が同性とはいえ悪い気分ではなかった。
が、そんな中私はふと違和感を覚えた。ここまで深いキスをするのは初めてだが、口内に何か異物が入ったような感覚がする。いや、動揺しているだけだろう。
そう思っているとシルアの舌は帰っていき、キスは終了した。シルアの顔を見ると、かなり紅潮している。まあ無理もない。私も似たような顔になっていることだろう。
でも本当にこれで終わりだ。
「さ、出よっか」
「ですね」
今の行為の恥ずかしさもあって私たちはお互い無言だった。が、店を出て夜風に当たっていると不意に体が少し重くなったような感覚に襲われる。
この感覚は……。似たような感覚を少し前に味わったことがある。咳が止まらなくなって眠り薬を呑んだときだ。反射的に私は気を強く持つために口の中を噛む。激しい痛みが口内を襲い、一気に目が覚める。
こんなことをする心当たりは……目の前にいる。
シルアはそんな私に気づいたのか、興奮した声で話す。
「私、沖田さんにこんな自分を肯定されて嬉しかったです。今までこんな嫌な私を肯定してくれる人なんていませんでしたから。だから、これは沖田さんのせいですよ」
そうか、シルアがキスしたときに見せていた興奮は恋愛感情による興奮だけでなく私に一服盛ることに対する興奮だったのか。キスしたときに感じた衝撃も薬の異物感だったのかもしれない。もう少しキスの経験があればもっと早く気づけたかもしれないけど。
まさかここにきてそういう経験の無さが響くとは思わなかった、と私は思わず関係ないことを考えて現実逃避してしまう。
諦めの悪さと目的のための手段を選ばなさ。やっぱりシルアはシルアだった。驚愕もあったが、同時にそこまで私に執着してくれることに嬉しさも感じてしまう。
「いや、私のせいにしないでよ」
「宿まで送るので安心して眠りについてくださいね。ふふ、眠ったら沖田さんのあんなところやこんなところも触り放題……」
興奮したシルアの口からはあらぬ本音まで漏れ出している。恋愛感情による興奮だけでもなく性的な興奮も混ざっているのだろうか。が、残念ながら私はこの世界の毒があまり効かない体質であった。
「シルア、キスで私に薬を飲ませたってことは当然解毒薬も持ってるよね?」
「さ、さあ、どうでしょう」
シルアは私がなかなか眠りにつきそうにないことに動揺を見せ始める。とはいえこのままでは怖くて今夜は眠りにつけない。いくら効きづらいとはいえ、眠りが深くなる可能性は高い。それではシルアの襲来を察知することが出来ない。解毒薬をもらって安心した状態で寝ないと。
「私としては大人しく渡して欲しいんだけど」
「沖田さんの頼みでも、無い袖は振れないですよ。それに解毒薬を欲してるということはあと一息ってことですよね?」
シルアは動揺と興奮の挟み撃ちで少し異様なテンションになっている。
となるとシルア相手でもやるしかないか。
「う……」
私は薬が効いてきたかのような雰囲気でその場に膝をつき、さらに床に倒れ込む。横になると本当に眠気が襲ってきて軽く危機感を覚える。でも、私は帰るんだ、元の世界に。そう意志を強くして私は口の中を噛んで懸命に意識を保つ。口の中にじんわりと鉄の味が広がっていく。
「はあ、危ないところだった」
そう言ってシルアが私に近づいてくる。
そこだ。
「せいやあっ」
私は居合の要領で鞘ごと刀を抜くと近づいてきたシルアを思いっきり強打する。
「ぎゃあっ!」
油断があったのだろう、重い衝撃とともに私の鞘はシルアの側頭部を直撃した。桜ちゃんに居合を教えてもらっていて良かった。
意識を失ったシルアはよろよろとその場に倒れる。するとシルアのポケットから小さな包みがこぼれ落ちた。これか。
私はほっとしてその薬を飲むと、気絶したシルアをおぶって宿に戻った。さっきからうんともすんとも言わないけど大丈夫だろうか。明日魔物との戦いを手伝ってもらう予定だったんだけど、仕方ないか。そう思った時、突如私は眠気に襲われた。
まさか……
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