対決Ⅱ
そこでレーリアは美しい銀髪につけていた宝石のついた髪留めをとる。彼女が宝石に触れると中から緑色の実が姿を現す。まさかそんなところに隠し持っていたとは。
「かくなる上は……異界に棲む七つ首の大蛇よ、我とこの実を対価に王都へ降臨せよ!」
突如レーリアの上に幾何学模様の光が現れ、そこから彼女に向けて光が降り注ぐ。レーリアはその光に捧げるように実をかざす。
まずい、これでは魔法の対価に実が失われてしまう!
「させない!」
私は剣を振るって植物を斬りさく。しかしレーリアの体は虚空から注がれる光に照らされる。植物がなくなったところで実を捧げるようなレーリアの右手を斬り落とそうとする。
が、私の剣はなぜか空をきった。
まるでレーリアの存在が薄くなってしまったかのように。
そして次の瞬間、レーリアは捧げ持った実ごと光の中で消滅した。まるで最初からレーリアという人物など存在しなかったかのように。カラン、と音を立てて彼女の足元に転がった髪留めだけが彼女が本当に存在していたことを裏付けているようだった。
「こ、これは」
「レーリア様……」
後ろで見ていた者たちはその光景に呆然とする。
私は思わず先ほどまで剣を交えていた相手に尋ねてしまう。
「ど、どういうこと!?」
「レーリア様は王都を滅ぼすため、異界の魔物を顕現させることと引き換えに身を捧げられたのです!」
男は興奮した口調でまくしたてる。
「何!?」
そんなことある訳ない、と言おうとして私は思い出す。例の闇神官のことを。
レーリアが頑なに実を手放そうとしなかった理由はこれだったのか。本当にこの世界の人々は自分の命を粗末にしがちだ。
「かくなる上は準備が整っていようといまいと計画を決行する他ない!」
そう言って男は走り去っていった。
想像するにレーリアはどこかで魔物を王都へ召喚し、その混乱に乗じて挙兵しようとしていたのだろう。だが私に斬られては魔物を召喚出来なくなるため慌てて魔物を召喚。計画は狂ってしまったということだろう。
レーリアは王国を滅ぼした後のことは考えていないと言った。それはそうだ。
自らは対価として消滅し、王都は魔物により蹂躙される。その後がどうにかなる訳がない。
無責任な、という気持ちもあったが同時にそれは私にも言えることだった。もし私が介入しなければレーリアが魔物を召喚しない道も絶対になかったとは言い切れない。そして魔物召喚と引き換えに死んでいくレーリアと、目的を果たしたらこの世界からいなくなる私は似たような存在だ。
確かな事実は二つ。実を得られなかった私はまだこの世界にいなければならないということ、そして闇の十字架は追手どころではなくなり、カイラとシルアはおそらく助かったということである。
安心したら、傷を負っていた右肩と手の甲が急速に痛み出した。
「ただいま」
その後レーリアを討った私は堂々と村に戻ってきた。闇の十字架の心ある者は私への復讐ではなく王国の打倒に向かうだろう。大局を見ない者たちは復讐のために襲い掛かってくるかもしれないが、その程度なら気にすることはない。
帰ってきた私を出迎えたシルアとカイラは私の傷を見て顔を強張らせる。シルアは私を心配している。カイラはどうだろう、もしかしたら私より私の任務の心配かもしれない。
「どうでしたか?」
シルアがおそるおそるといった雰囲気で私に尋ねる。成功と失敗が半々だった私は微妙な表情だったから怖いのだろう。私は黙ってレーリアの髪留めを差し出す。
「「っ!?」」
それを見た二人の表情は変わる。シルアは純粋な驚愕、カイラははっきりした安堵の表情を浮かべていた。
「ありがとうございます。これでようやく解放されました」
「沖田さん、あなたは本当に何でも成し遂げてしまうんですね」
シルアの表情は憧れのような感心のような呆れのようなちょっと複雑なものだった。
とはいえ、そう言われたところで私の無力感というか、やるせなさのようなものが晴れることはない。
「何でもは出来ない。剣で解決出来ることだけだよ。結局、本質的なことは何も解決してない」
私のしたことがこの世界にとっていい影響を与えるのか、悪い影響を与えるのか、それは分からない。ただ、いい影響を与えるとしてもそれは誰か偉大な人が後始末をしてくれた場合だけだ。おそらく私はレーリアの暴発を早めてしまった。
そして今回で言えば自分の目的すらも達成出来なかった。
「沖田さん、何で私なんかを救うためにそんなことまでしたんですか」
シルアの顔には尊敬と怪訝がないまぜになっていた。
「それは途中でレーリアが生命の実を持ってるって分かったからだよ。私の主目的は実を手に入れること」
「それで実は手に入ったんですか?」
「いや、それは……」
何で私がしどろもどろになっているのかはよく分からないが、しどろもどろになってしまう。
「ほら、結局自分のことよりも私のこと優先してるじゃないですか」
「いや、別にそういうつもりじゃなくて、今回は本当に結果的にそうなっただけだって」
そもそも生命の実をもらうなんてことが無理な以上、正攻法をとるしかない。だったらどの道あの結末になっていたと思う。
「そんなことないですよ。そういうことなら私を連れ帰って実をもらえば良かったんです。私は沖田さんを利用した。だから沖田さんも私を利用すれば良かったのに」
「私はそういうの出来ない性分だから」
とはいえ、レーリアの計画上仮に二人を連れかえってきたとしても実がもらえることはなかっただろうが。
カイラはそんな私とシルアのやりとりを聞いて首をかしげる。シルアが私のことを心配してくれているのは分かるが、確かにカイラから見るとシルアは私に突っかかっているように見えるだろう。
「シルア、せっかく助けてくれたのにそれはないんじゃない? 沖田さん、私は本当に感謝してます」
「いや、シルアのあれはそういうのじゃないから」
「すみません、助けていただいた上面倒な娘で」
なぜかカイラはシルアの保護者であるかのように頭を下げる。
「いえいえ」
「あと、図々しいお願いですがシルアをよろしくお願いしますね。あなたを慕ってるみたいなので」
「いや、それは……」
彼女を置いて元の世界に帰るつもりの私は曖昧に苦笑いするしかない。やはり私はシルアに尊敬されるほどの人物ではない。
ともあれ、カイラは祖母とともに穏やかに暮らしていくだろう。私たちのことは心配でも私たちと旅をすればせっかく助けた祖母と一緒に暮らせない。私とシルアはそんなカイラと別れた。カイラがいなくなるとシルアはぽつりと呟いた。
「私はそういうの出来る性分なんです。だから沖田さんに惹かれるんですよ」
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