洞窟

「あれ、まだ蛇いるね」

「本当ですね。全く、飽きもせずにうじゃうじゃと」


 村を出て北に向かうと、小高い山が近づいてくる。あの山に洞窟があるのだろう。

 進んでいくと、先ほど倒した蛇たちほどではないが、蛇がうろうろしているのを見かける。私とシルアにかかれば一撃で倒せる程度の蛇たちだが、北に向かうにつれて数は増えているように思える。


「この蛇たち、明らかに北の山中から獲物のいる村に向かってやってきている感じですよね。まあ、例の洞窟から来てるかまでは分からないですけど」

「そうだね」


 不意にシルアは神妙な顔をして私の顔を見つめる。


「沖田さん、もしその神官が蛇を操っているとしたらどうします?」

「さすがにそんなことはないでしょ」


 そう言ったものの、私の中でも気になってはいた可能性である。

 神官失踪と蛇出現のタイミングが近いだけでなく、突然湧いた蛇たちに対して都合よく蛇よけの結界を知っているなんてことがあるのだろうか。


 村人たちは脅えていたものの、王国役人が殺されたとは聞いたものの村人に被害が出たとは聞いていない。もちろん、被害が本当に出てないかは分からないけど。それに村を蛇で囲んでおけば村人は困るのは困るけど、もう役人はやってこられない。税が徴収されないなら暮らしは楽になるかもしれない。

 現実にはそうはなっていないが、神官がそうなると思ってやった可能性はあるのではないか。


「仮定の質問ですよ」


 そうは言うものの、シルアの目は本気である。

 仕方なく私も本気で答えることにする。


「だとしても村に連れ帰るだけだよ」

「なるほど。ちなみに、沖田さんは浮世離れした方なので一応確認しておきますけど、魔物を生み出して使役するという魔術は禁術ですがそれでもですね?」


 まあ、普通に考えてそんな術使っていい訳ないよね。そんな術があることは今知ったけど。


「何であれ、あの村を救えるのはその神官だけだから」

「沖田さんには他人には甘いんですね。でも、そういうところが好きですけど」


 シルアはどこかほっとしたような表情になる。他人には甘い、か。だがそもそも私の乏しい人生経験では誰かを裁くような立場になったことはないし、自分にその権利があるとも思えない。


 そう考えるとシルアが「他人には優しい」ではなく、「他人には甘い」と表現したのがしっくりくるような気がした。でも、シルアは私が異世界から来たことを知らないはずなのにどうして私のことを「甘い」と思ったのだろうか。

 いや、それよりも。


「え、シルアって私のこと好きなの?」


 何気なく気になったことを尋ねると突然シルアはぽん、と赤くなった。おそらくそういうことを言おうとして言ったのではなく、何気なく零れ落ちてしまい、恥ずかしくなったのだろう。

 彼女のこういう表情を見るのは初めてだ。普段のリアリスト的な彼女とのギャップもあいまって少し可愛い。


「え、ちょっと、何言ってるんですか、言葉の綾に決まってるじゃないですか!」

「いや、言葉の綾でも好かれてるんだったら嬉しいけど」

「わーっ! もう知らないです、せいぜいその甘さが命とりにならないよう気を付けてください!」


 捨て台詞(?)を残してシルアはぷいっとそっぽを向いてしまった。正直シルアとはタイプが違うと思っていたのではっきり好意を表現されて少し驚いている。




 そんなことを話しているうちに私たちの行く手の山中に洞窟が見えてくる。地面を見ると、洞窟に続く道にはところどころ人間大の足跡が残っているのが分かる。

 木々の間だったが、出入り口からは数匹の極彩色の蛇たちが出入りしているのですぐに分かった。それを見たシルアの表情が険しくなる。


「沖田さん、神官さんは蛇の餌になったか、蛇の親玉になっているかどちらかですよ」

「そうみたいだね」


 どっちも嫌な可能性だったので私はため息をつく。


「どうします? 私が隠密して様子を見てきましょうか?」

「もうちょっと様子を見てからにしよう。蛇も四六時中出入りしてる訳じゃないかもしれないし」

「分かりました」


 観察を続けることしばらく。洞窟に入っていく蛇はどうも皆動物の死骸や木の実など餌になるようなものを中に運んでいるように見えた。洞窟から出ていく蛇は大体手ぶら(手はないけど)で、よく見ると少し前に入っていった蛇たちがそのまま出てくるようでもある。ただ、中には新しい蛇も混ざっていた。


 が、やがて戻ってくる蛇たちの数は減り、洞窟の入り口は閑散としてくる。もしかしたら私たちが来たタイミングだけたまたま餌をとって戻ってくる蛇が多かっただけかもしれない。


「じゃ、中に入ろうか」

「分かりました」


 私たちは足音を立てないように洞窟に向かっていく。シルアは明らかに訓練を積んでいないと出来ない水準の隠密をしていたが、私も運動神経には自信がある。

 入口のすぐ近くの木立まで来ると、私は携行食の干し肉を投げた。それに反応して近くにいた蛇がそっちに進んでいき、入口には誰もいなくなる。


「私が先に行きます」

「お願い」


 シルアはするすると音もなく洞窟に入っていき、指で〇を作る。それを見て私も続く。

 洞窟の中はひんやりとした湿気と血の匂いに満ちていた。入口近くは陽が入っていて明るいが奥は暗そうだった。足元がぬめぬめしているため、私たちはゆっくりと進んでいく。

 暗くてせまくてじめじめした中、蛇に出会ったらどうしようと気が気でなかったが、途中シルアが無音で小蛇を絞め殺したときはむしろシルアの方が怖くなった。シルアはそのまま何事もなかったように進んでいく。


 さらに奥に入っていくと、前方にろうそくの火が揺れるような光が見えた。蛇も魔物になるとろうそくを使うようになるのだろうか。いや、蛇は夜目が利くようだし中に人がいるということだろう。なるほど、本当にそっちの可能性だったか。神官が死んでいるよりは良かったけど。

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