社
私はアリア家の床で起き上がる。こんな夜中なら皆寝静まっているだろう。
私は抜き足差し足で家を出ると、お社を目指した。家を出るとひんやりした風が体を包む。さすがに村は寝静まっていて人の気配がない。灯りがあるといいが、どの家も消灯して真っ暗になっていた。仕方なく私は星明りを頼りにお社を目指す。
村の中央にあるお社を見かけるとためらいなく侵入する。日本だとこうはいかなかったかもしれないが、日本の神社と違って異世界の神にはそこまで信仰心はわかなかったので大事そうな場所でも普通に入ってしまう。
私は正面の階段から建物に登ると扉を開く。少し扉は重かったものの、すーっと開いた。
そこでふと私は違和感を覚える。お社の扉っていくらなんでも鍵などが掛かっているものではないだろうか。今まで勝手に開けたことないから分からないけど。それともこの世界では鍵をかけないのが普通なのだろうか。
中には神官(こちらの世界でも神官と言うのだろうか)が祈りを捧げるためと思われる小広間があり、その奥にご神体がいる部屋がある。
が、そこで私は中から人の気配がするのを感じた。なるほど、先客がいるから扉は開いていたのか。一応隠れようとしているのだろうが、息遣いがかすかに聞こえてくる。中にいる人物は完全に素人だ。
とはいえ、こんなところにいる相手の目的は知れている。一瞬どうするか悩んだものの、ここで引き返すというのはありえない。ここで手をこまねいていては生命の実が盗まれてしまうだろう。
中にいる人物は泥棒としては素人でも腕力が強い可能性もある。私は一応右手で剣を構えつつ、左手で扉を開く。
「何者!」
「ひゃあっ」
私の警戒に反して聞こえてきたのは間の抜けた悲鳴だった。灯りがないが私は目の前でしゃがみこんでいる少女と今の悲鳴には心当たりがある。
「もしかして……アリアちゃん?」
「その声は……沖田さん!?」
アリアの怯えたような声に私はほっと息を吐いて剣を降ろす。なんだ、アリアちゃんか。しかし直後に私はほっとした自分を恨む。
アリアが先ほど言っていたことを思い出す。彼女は病気の母を助けたいと言っていた。その上で彼女がここにいるということは目的は分かり切っている。異世界からふらっと来た私が盗みに入るのと、村でずっと暮らして来た彼女が盗みに入るのでは覚悟も段違いだろう。だからこそ彼女は先ほど思いつめた様子であった。
さて、どうする。私の背中を冷たい汗がつたう。
私は受験の時よりも試合の時よりも強い緊張に包まれる。
「沖田さんは、何でここに?」
そうか、私はアリアがここにいる目的を知っていても、アリアは私が実がここにあることを知っていることを知らないから私の目的を知らないのか。すぐに私が実を盗みに来た人物だと疑わないというのは彼女の性格の良さゆえか。
一体何と答えようか。目の前にはアリア。そしてもう少し前には生命の実と思われる物体が供えられた小さな机がある。暗くてよく見えないが。私がそれを生命の実と直感できたのは悪魔にそういう力を授かったからか、それとも生命の実の神秘性故か。
悩みつつ、私は期せずして感覚を研ぎ澄ませてしまっていたらしい。
私はふとこの場にさらに第三者が潜んでいる気配を感じる。アリアの時とは違い、きっちり気配を殺そうとしているが、私には分かってしまった。
「何者!」
私はとっさに、右手に持っていた剣を床の一点に向かって突き下ろす。
自分でもとっさとはいえこのような行動に及んでしまったことに驚く。
「!?」
床下で何かが動く気配がした。何者がいたのか、何の目的だったのかは分からない。冷静に考えるとそうする必要はなかったのだが、反射的に私は追いかける方に動いていた。
もしかしたらこの場を切り抜ける恰好の口実にもなる、と無意識のうちに思ったのかもしれない。残念ながら私はアリアと生命の実を前にしてどうするかの結論を出せていなかった。
「ごめん、私あいつを追うから」
「え、ちょっと?」
困惑しているアリアを置いて、私は気配を追ってお社の外まで走っていく。しばらくの間気配は床下にいたが、追いかけっこをしていても埒が明かないと思ったのだろう、やがて月明りの下に一人の人影が走り出た。
人影は両手に短剣を抜く。月明りに二本の短剣がきらきらと光った。私は人影に向かってゆっくりと剣を構える。
相手を観察すると十代ほどの軽装の女だ。半袖の上着にスカートという軽装だが要所要所に手甲や脚甲などの防具をつけている。構えには油断がなく、先ほどの隠密も見事だった。
「あなた、目的はあの実?」
「それ以外に何があると?」
女はにやりと笑う。しかし目つきは油断ならない。
別に私が彼女と殺し合う必要はないが、放置しておけばアリアから実を奪うかもしれない。ちょっと時間をかければアリアは実を母親にあげるだろうか。でも、今は夜だしさすがに夜中に叩き起こしてという訳にはいかないだろう。
迷っていたつもりだが、私の中でいつの間に実をどうするかは決まっていたようである。自分の命がかかっているというのに、我ながら困ったものだ。
「ちょっと明け方まで私とお茶する気はある?」
「こんな時間にナンパなんて非常識ですよ?」
彼女は私を見てくすりと笑った。
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