アリア
「ところで、ずっと気になってたんだけどこの化物たちは何?」
「え、ゴブリンですけど」
アリアが当たり前のように答えるので、私は慌てて取り繕う。
「ああ、ゴブリン。そう言えばそういうのもいたね」
「ゴブリンなんて一番よくいる魔物なのに。沖田さんはよっぽど遠くから来たんですね」
アリアは少し不思議そうに首をかしげる。
やはりこの世界は魔物が普通に存在する世界なのか。これ以上少女に心配そうな顔で見られるのもつらいし、ここは分かっていることにしておこう。
「まあそうだね、ただ私の故郷の近くにはいなかったな、うん」
「へえ、ゴブリンがいないなんていいところですね!」
アリアは目をキラキラさせている。
ここがどんな世界なのかはまだよく分からないけど、命の危険がないという点だけでも日本はこの世界に比べて相当いいところだろう。
「そういえばアリアちゃんは悪魔って知ってる?」
「え、悪魔って世界を作った悪魔のことですか?」
そうか、奴の存在はこの世界の住人にも認識されているのか。それは私にとって少し驚きだった。
「う、うん。その悪魔」
「そんなのこの世界の人全員知ってますよ」
アリアは怪訝な目をする。しまった、また怪しまれてしまった。
「ごめん、ちょっと色々記憶が」
「まさかそんなことまで忘れてるなんて。いいですか、あるところに悪魔がいました。悪魔はこの世のすべてを自在に出来る力を持ってましたが、だんだんそれに飽きてきました。何でも出来る力を持つと逆に自分で何とかならないものが恋しくなるものです」
「そんなもんなんだ」
言われてみれば、中学のころの私は剣道部でも周りの部員が私に比べて弱すぎて、いつも勝ってばかりいたけど全然楽しくなかった。こういう気持ちを抱いてしまった以上何を言っても失礼になるのは分かるけど、他の部員がどれだけ頑張っても私に手も足も出ないというのはこちらからしても心にくるものがあった。
それでわざわざ県内ではまあまあ強いと言われるうちの高校を選んで受験することにしたのだ。
「あ、私は何でも出来る力欲しいですよ? それはともかく、悪魔は新しい世界を作ることにしました。なぜなら新しい世界は悪魔が介入しない世界。そこで起こることは悪魔の予想を超えることのはずです。悪魔はしばらくの間、世界が発展していく様子を見て楽しんでいました。しかしやがて人々は言い始めます。『この世界を作った悪魔のせいでこんな災害が起きる』『悪魔に心があるならなぜ私の子供は非業の死を遂げなければならなかったのか』と」
「ああ、私たちが嫌なことがあると天を呪うような心境だね」
私も最初に自分の身体の異変に気付いた時は神を呪ったものだ。神の存在は全く信じてなかったけど。
「そうですね。でも悪魔は人々のそんな声を聞いてカッとなりました。心があるもないもこの世界には全く介入してなかったのに、と。そして自分の悪口を言う人を次々と雷で殺していきます。それに対して立ち上がったのが七柱の神々でした。彼らは三日三晩の壮絶な戦いの末、ついに悪魔を倒してこの世界に介入しないよう約束させたのでした」
「……あれ?」
「どうかしました?」
アリアは首をかしげるが、結局元のままに戻っただけではないか。
「いや、それで皆がいいんならいいけど」
何というか、神も悪魔も思ったよりしょうもない存在だということが分かった。
でもなるほど、そういう感じの悪魔なら私を使ってお遊びするのも分かる気がする。きっと今頃私がおろおろしているのを見て楽しんでいるのだろう。悪趣味な奴だ。私をこの世界に送り込むのは介入のような気もするけど。
「何というか、思ったより色々忘れてるんですね。助けていただいたお礼もしなきゃですし、今夜は私の家に来ませんか?」
「ありがとう」
そう、今の私は根無し草で一文無し。私はちゅうちょなくその提案に飛びついた。はしたないとは思うけど、いきなり飛ばされてきた異世界だし仕方ない。
アリアが住んでいるのは十五分ほど歩いた先にある小さな村だった。コンクリートの建物を見慣れた私からすると頼りない、木で出来た小さな家がぽつぽつと並んでいる。その周囲をあまり広くない農地が囲んでいる。
一見するとのどかな村だけど、十五分歩いただけで魔物に襲われるような土地に住んでいるのはかなり危険だろう。
「普通の村だと思ってましたがそんなに珍しいですか?」
「そ、そういう訳じゃないんだけど」
私がまじまじと周囲を見回していると、アリアにも不思議がられてしまう。ふと村の中央にお社みたいなものがあるのが目についた。鳥居のない神社みたいである。
「あれ? あれは村の守護神様を祀っているところです」
「へー、守護神なんているんだ」
そこだけ聞くと何か日本みたいだ。
「そうなんです、この村は特別なんですよ。作物を豊かにしてくれるし、魔物の侵入も阻んでくれるんです」
アリアは少しほこらしげに言う。なるほど、この世界にもそういう信仰はあるんだな。アリアの言い方から察するに、七柱の神とかよりももっと在地の神様なのだろう。
歩いていくとアリアはいくつも並んでいる家のうちの一つに入っていく。
「お母さん、帰ったよ」
「ごほっ、アリア、お帰り」
アリアの母親がせき込む声が聞こえる。そうか、それでアリアは危険を冒して薬草を採っていたのか、と納得する。
「どうぞ、上がってください」
「お邪魔します」
私はアリアが靴を脱がずに家に上がったことに内心驚愕しながらも何とか当然のような顔をして土足で家に上がる。家には台所と食卓がくっついたような部屋があり、そこを抜けると寝室があった。母親は三十代ぐらいの女性で、寝台に横たわっていて顔色が悪い。それでもアリアの姿を見ると少し嬉しそうにする。
「あら? その方は?」
「実は魔物に襲われたところを助けていただいたんだよ。旅の方らしいのでお礼もかねてお招きしたの」
「ごほ、それはアリアが、げほげほ、ありがとうございました」
母親は寝台の上で上体を起こそうとして激しくせき込む。私は慌てて寝台に駆け寄ると母親の体を寝かせる。
自分が体の悪さに苦しんでいたこともあって、全く他人事には思えない。
「いや、私には構わず横になっていてください!」
「すみません……せっかく娘を助けていただいたのに何も出来ず……」
「いえ、私はただの旅の者なので本当にお構いなく!」
「すみません……」
母親は申し訳なさそうにはするものの体が辛いのか、それ以上身を起こそうとはしなかった。自分のこともあるので病の人に無理に応対してもらうとかなり心が痛む。もしどうしてもと言われたらベッドに押さえつけようかとすら思った。
「代わりと言ってはなんだけど、私がご馳走するよ!」
アリアはそう言ってくれるが、家の中と母親の様子を見た限りこの家が裕福とは思えない。私が命の恩人だからといって無理しないでくれるといいけど……。
とはいえ、それを直接言うのも失礼なので私は笑顔を浮かべて答えることしかできない。
「ありがとう、楽しみにしとくね」
「はい! あ、でも準備の間暇になっちゃいますね」
「そういえば今日剣の稽古してなかったな。夕飯の前にちょっと一汗かいてくるね」
「分かりました」
アリアはちょっとほっとしたようだが私も少し一人になって頭の中を整理したい。
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