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 帰宅すると、午後五時半を少し過ぎたところだった。敏子はすでに帰って来ていて、台所で夕飯の準備をしている。

「どこ行っとったん? 電話も持って行かんと。あんたに電話したがね」

 五島宅に向かう際、すぐに帰って来れるだろうとスマホはリビングのソファの上に置きっぱなしにしていた。スマホを操作すると、敏子の携帯電話から一回だけ着信履歴があった。

「自治会長さんのとこ」

「何しに?」

「長くなるから、後で話す」

 美咲は自室に戻ってニットを脱ぎ、タバコに火を点けた。

 集まった義捐金は三十三万円、返還すべき金額は五十五万円。五島と東が差額を折半で負担するとして、各十一万円となる。余計な衝突を回避するためのコストとしては出せない額ではないのかもしれない。インチキをしている人間を儲けさせるのは不本意だが、ほかにどうしようもない。しかし、自治会長や役員に選ばれたからと言って、こんな負担を強いられるいわれもないはずだ。何をやっても理不尽なほうへしか事態は動かない。

「もう晩ごはんよ、下りておいでえ」敏子が一階から大きな声で言った。

 美咲はまだ長いタバコを灰皿にこすりつけて部屋を出た。

 夕食は生姜焼きとみそ汁、そして小松菜の煮物だった。味は申し分ないのだが、小松菜の煮物だけは、やはり雄一郎の家でごちそうになったものと比較してしまう。なぜこんな単純な料理なのにこれほどの差が出るのか、皆目見当もつかない。

 食べながら、美咲は先ほど五島宅においてあった出来事を敏子に話した。

「そんなことになっとったんじゃね……。まあ正直言うて、役員全員で負担とかにならんかって、ありがたいというか。そんなお金、誰も払いとうないじゃろ。自治会長さんと会計さんには申し訳ないけど」

「ねえ、自治会って、本当に要るの?」

 いつかの役員班長会議で、福井が同じような疑問を口にした。第二新光集落は合計約百五十世帯、役員と班長の数は合計で十六人、現在は水上が抜けたので合計十五人になっているが。役員や班長に選ばれる確率は、一割強。役員など誰もやりたがらないが、仕事の少ない班長でさえ敬遠されている。

 たしか会議では、行政の観点からは「自治会があるほうがコストは低い」みたいなことを水上が言っていた。しかし今回の義捐金についての問題は、自治会がなければ発生していなかったはずで、はたして自治会が住人にとって本当にプラスになっているのだろうか。

「さあ、どうなんじゃろね。自治会を無くして困ることは出てくるんじゃろうけど、この集落のなかで自治会が無くなったことは一回もないんじゃけん、なんとも言えん。でも今もやっとるような、これ以上犠牲者が出んように外出を禁止するとかいうのは、自治会がないと決められんことじゃったとは思う」

 夕食を終えて、午後八時になると、敏子は懐中電灯を手に持って厚いジャンパーを羽織った。外出自粛要請を守っているか見回るという役員の仕事は、二人組で月水金の夜に行われることになっている。

「今日は三田さんと見回り当番じゃ、もうだいぶ寒なったわい。冬みたいじゃ」

 そう言いながら敏子は玄関を出た。

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