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 大山田の死体は、集会所に敷いた布団のなかにあった。第一発見者は自治会長の五島。

 火事があった日以降、大山田は旧友である五島の家に三食の世話をしてもらっていたようだが、「奥さんにも迷惑になる」という理由で旧友である五島の好意を辞退して、公民館前のコンビニで弁当やスーパーの総菜などを買って食べていたという。

 息子が帰ってくるまで、そうして集会所で寝泊まりしていた大山田が、なぜ殺されたのか。

 死因は失血死。全身に刃物で刺した痕が十か所あまり。死亡推定時刻は十月三十日の未明。

 大山田は家が火事に遭うという不幸に続いて、殺されたということになる。火事のほうも放火の疑いが濃厚になっていた。誰かが執拗に大山田を狙って殺害したのは、素人の目にも明らかだった。

 警察が最初に被疑者として疑ったのは、なんと五島だった。

 集会所の鍵を持っているのは自治会長の五島で、大山田が集会所で寝泊まりするにあたって、鍵は大山田に預けようとしたのだが、「どうせもうわしには盗られるようなものはありゃせん。集会所のなかも別に盗られて困るようなもんはないじゃろ。もし失くしてしもたら困るけん、鍵はそっちで持っといて」ということで、引き続き五島が所持していた。そもそも集会所に施錠する目的は、空き巣が入ることを防止するためではないく、部外者が勝手に侵入するのを防ぐことだった。

 殺された日、もし大山田が集会所の出入口を内側から施錠していたとしたら、もっとも侵入しやすかったのは五島ということになる。

 第一発見者で、鍵を持っている。警察が疑うにはじゅうぶんな材料だった。

 美咲の家にも、前とは違う警察官が聞き込みにきた。もちろん美咲には警察官に告げるべき事実をまったく持っていなかった。

 九月に若い男が公園で殺された事件に続いて、住人が放火に遭い、そしてその後に刃物で殺される。

 メディアは連続殺人事件として取り上げた。県庁所在地の支局や東京から来たらしいマスコミの人間が、緑ナンバーの高級車ハイヤーで乗り付け、集落の住人にしつこくインタビューを求めた。



 大山田の遺体が発見された五日後、再び臨時の役員班長会議が開催されることになった。議題は、「防犯カメラの設置、義捐金の返還、一時的な外出禁止措置」とあらかじめ通告されていた。

 しかし殺人事件の現場である集会所は、すでに鑑識作業は終えているものの、入りたがる人は役員にも班長にもいない。自治会長の五島宅のリビングで会議は開催されることになった。

 美咲は敏子と出掛け、時間の十分ほど前、五島の家のインターホンを鳴らすと、五島が出てきて、

「ようこそいらっしゃいました。狭いですが、どうぞ」と言った。

 五島は少しのあいだに一気に痩せこけて、顔に深いしわが入っていた。旧友である大山田を失った上、警察に疑われたということがショックだったのだろう。玄関の三和土には、無造作に脱がれた靴がいくつも並んでいる。

 五島に導かれてリビングに入ると、すでに役員班長のうちの大部分がやってきているようで、同じ方向を向いて、座布団の上に座っている。十畳を超える広いリビングだが、たくさんの人がいるため狭く感じる。本来ならばこの部屋の真ん中に置いてあるらしいテーブルが、足をたたんで壁に立て掛けられていた。

 五島の配偶者は会議が終わるまで別室に控えているのか、姿が見えない。

 リビングの空気は重く沈んでいた。連続殺人などという、前代未聞の物騒な事件が発生し、しかもまだ犯人が見つかっていないのだから、誰もが腹に重い物を飲み込んだような気分になっている。

「どうぞ」

 五島が美咲と敏子に座布団を渡してきたので、敷いて座る。

 美咲のすぐ横は酒本が座っており、

「美咲ちゃん、こんばんは」と言った。

「こんばんは。……酒本さんのとこにも、メディアの取材来ましたか?」と美咲は訊いた。

「うん、何社か来た。テレビや新聞だけじゃなくて、週刊誌も来てたみたい。『何か知ってたら連絡ください』って名刺置いてったけど」

「あ、それたぶんうちにも来ました。週刊真相ってところじゃないですか?」

「そう、それ。……でもなんで、テレビ局の人はハイヤーなんかに乗ってくるんだろうね。うちの前にも何台か乗り付けてたけど、ハイヤーなんかここらじゃめったに見ないから、まじまじと眺めてしまった」

「たぶん、タクシーのほうが高くつくからじゃないですか。ハイヤーだと一日いくらの料金設定ですけど、タクシーは待たせてたらいくらでもメーターが上がるから」

「あ、なるほど。……美咲ちゃん、ハイヤーに乗ったことあるの?」

「一度だけ。もちろん自分で呼んだんじゃないですけど。取引先の忘年会に呼ばれて、ハイヤーが迎えにきたことがあったんです」

「そう。さすが都会はすごいわねえ」

 インターホンが鳴り、五島が玄関まで迎えに行く。最後にやってきたのは、水上だった。リビングに、班長・役員あわせて十七人が座っているので、ぎゅうぎゅう詰めとまではいかないものの、空間的な余裕はほとんどない。

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