第四話
21
大山田宅火事の翌々日の夕方六時から、臨時の役員班長会議が開催された。火事以降、大山田が集会所で寝泊まりしていたのだが、いったん大山田に退出してもらって、大部屋に役員と班長が集まった。
大部屋のすみには、大山田が使用しているらしい布団が畳まれてある。少し大きめの衣装ケースもあった。
会議の仮の議題が、「大山田さん宅の火事と、支援について」と通告されていたので、いつもはだらだらと遅れてくる役員や班長も、時間の五分前に全員揃っていた。
もちろん二班班長で、怪しげな新興宗教の信者の高崎の姿もある。
「えー、皆さま、お忙しいところまことにありがとうございます。全員揃ったようなので、臨時の会議を始めたいと思います」五島が起立して言い、一礼して座った。
美咲はいつものように、パソコンを開いてワープロソフトを起ち上げた。
「えー、まず、皆さまご存知のように、三日前の夜から一昨日の朝にかけて、大山田さんのお宅が火災に遭いました。大山田さんには現在、この集会所で寝泊まりしただいております。大山田さんのご子息の
異議なし、と何人かが言った。
「異議なしと認めます。本日以降もお使いいただく予定とします。その間、住人の集会所利用は、大山田さんの了承を得た場合と緊急時を除いて、禁止といたします。」
自治会長、と大きな声を上げて会計の東が挙手をした。
「どうぞ」
「大山田さんの調子はどんなんです? 大丈夫なんじゃろか」
「たいへん落ち込んどりますが、ようやく物を食べられるくらいにはなっております」
「日々の食事は、どうしてるんですか?」
「うちに来て食べてもろうとります」
「自治会長もたいへんですねえ」と班長のうちの誰かが言った。女の声だった。
「いやまあ、私とせいちゃんは昔からの釣り仲間ですけん。せいちゃんのとこの上の息子と、うちの息子が同級生じゃったし」
「で、燃えた家の様子はどうなんですか? 家財道具とかで使えそうなものは残っとるんですか?」東が問う。
「いや、家電製品なんかは消火の時の水に浸かってしもて、使えるかどうかは……。衣類は二階のたんすに入れ取ったから、それらは全部問題ないようじゃが」
大部屋のすみにある衣装ケースの中身が、大山田の衣類らしい。
付け加えるように五島が、
「あと、仏壇は燃えずに残っとったんで、奥さんの位牌はきれいに無事だったそうじゃ」と言った。
「で、火事の原因は?」
「それが……、まだはっきりとはわかっとらんのじゃけど……」
五島は言葉を濁している。誰もが次の言葉を待った。
「放火の可能性もある、と」
「放火?」と複数人が同時に言った。
「どういうことですか、放火って」衛生担当の玉木が、五島を問い詰めるように尋ねる。
「どうやら、灯油に火が点いて火事になった可能性が高いと、警察が来てせいちゃん……、大山田さんに言うたようです。家に灯油缶はあったか、とか、灯油を使う製品はあったか、と訊いてきたそうです。最初に燃えたのは、玄関に向かって右側の壁のほうで、家庭用の灯油ボイラーがあるのとは反対側なんで、ボイラーが誤作動して燃えたっちゅうことはないようです。大山田さん宅では、冬に暖を取るのに灯油のストーブを使っとるようですが、今年はまだ出してなかったようです。去年使って余っとった灯油を、灯油缶に入れたまま物置のなかに置いとったようなんですが、出火場所近くの物置もほとんど燃えてしもたから、何かの拍子に物置の灯油にが点いたのか……、それとも誰かが灯油を撒いて火を点けたのか……」
「でも、出火したのは、夜中でしょう。火の後始末をおろそかにして物置が燃え始めるなんてことはありますかね?」防犯担当の佐藤が言った。
「正直なところ、私に聞かれてもわからんとしか言えんです。放火事件なのか、それとも火の後始末をおろそかにした事故なのか。もう少し待って結果が出んことには、何とも言えん」
「大山田さんは、タバコはお吸いになるんですか?」佐藤が再び問う。
「ええ。……でも、火事の後はよう吸わんようになっとるみたいですが」
「今の段階で断定するのは危険そうじゃね」副会長の島本が言った。
「仮に放火だとして、大山田さんが誰かに恨まれるようなことはあったんですか?」酒本が問う。
「いやあ、せいちゃんは人に恨まれるようなことをする人間じゃないと、私は思う。でも、こればっかりは何とも言えん。私もせいちゃんの交友関係を全部知っとるわけじゃないし……」
美咲は燃え尽きた家の前で、声を出して泣いている大山田の姿を思い出した。ふつうの七十代の紳士という印象。戦後に生まれ、高度成長のなかで働き、結婚して家を建てて子供を育て、妻に病気で先立たれて余生をひとりで生きている。妻を先に失うということ以外は、この世代の男性が歩んできた典型的な平凡な人生といったところだろうか。まさか、ここに来て思い出の詰まった家を失うことになるとは、想像もしなかったに違いない。号泣して、呆然自失となるのも当然だという気がした。
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