15
「ゆうちゃん、バツイチなんでしょ? 何で離婚したの?」
「さすが、遠慮せずに訊いてくるなあ」
「遠慮したほうが良かった?」
「いや、せんでもええけど。……でも正直言うて、俺にも理由がわからんのじゃ。娘が産まれて一年が過ぎたころ、仕事が終わって家に帰ってきたら、急に嫁さんと娘がおらんようになっとった。夕方になっても帰ってこんけん、あちこち電話してみたんじゃが、どこも知らんて言うて。結局、嫁さんの実家に帰っとったらしいんじゃが、嫁さんの父親は『どこにいるかは言えない』みたいなことを言うた。ほいで、一方的に『あんたにも反省するところがあるだろ』とか、『しつこいと警察呼ぶぞ』とか」
「なに、それ。そんなことあるの?」
「しばらくしたら、家に弁護士から内容証明がやってきてな。要するに、DVとモラハラを理由に離婚をする、慰謝料五百万円を払え、拒否するなら離婚調停を申し立てる、みたいな。内容証明なんか出されたことなかったけん、びっくりしたわい。役所と警察のほうには、もう俺がDVをしていたとして通知が行っとったみたいで、どうしようもなかった」
「本当にDVとかしてたの?」
雄一郎が暴力などできない男であることを、美咲は知っている。のんびりして、人のことを優先する性格であることは、昔も今も変わっていない。
「神に誓っていうけど、一切しとらん。まったく身に覚えがなかったし、今でもなんでそんなことになったかわからん。……で、自分だけじゃどうにもならんけん、こっちも弁護士にお願いしたんじゃが、相手にはDVの証拠になる医者の診断書があるとかで、たぶんその半年くらい前に自転車で転んだときのやつなんじゃが、だからこっちが圧倒的に不利になるだろう、と。弁護士の先生が言うには、なぜ相手がこんな訴えをするのかわからないが、『もう相手にあなたを愛するつもりはないだろう、人をむりやり愛させることは不可能、そして男親が親権を取れる可能性は極めて低いから、将来のことを考えるなら、ここは前向きにいったん引いて、一から人生をやり直すほうが得だ』って説得されてしもての。親権は向こうで、俺の貯金を財産分与として八割を引き渡すかわりに、慰謝料はなしという条件で、受け入れることにした」
一方的に子供を連れ去られ、DVをでっち上げられ、離婚を突き付けられる。そういう事例があるということは耳に挟んだことはあったが、まさかその被害者に遭うとは思っていなかった。
「司法は、少なくとも親権や離婚に関しては、女の味方なんじゃ。男の言うことは聞いてもらえん。それがようわかった」
「お子さんの養育費は?」
「今も銀行振り込みで払うとる。毎月五万円。娘が十八になるまでだから、あと十三年かな」
「お子さんとは会えてるの?」
「いや、ぜんぜん。面会交流の取り決めはしとったんじゃが、知らん間にどっかに引っ越したらしくて、今はどこにおるかもわからん」
「そんなこと勝手にして、大丈夫なの? どこにいるかもわからない子のためにお金払い続けるって……、ゆうちゃん納得してるの?」
「納得しとらんが、納得するまで戦おうとすると、こっちのダメージのほうが大きくなってしまう。損か得かという面で考えると、相手の言うがままになるのがいちばんマシになるんじゃ」
しんみりとしながらも、あっさりとそう言った雄一郎の様子を見て、美咲は雄一郎が今までに受けた苦痛を推し量る。
「たいへんだったんだね。ご苦労さま」
二杯目の緑茶を飲んでいると、
「そういや、公園のうわさ、聞いた?」と雄一郎が話題を変えるように言った。
「公園?」
「そう、事件があった中央公園」
新光集落の中央公園で遺体が発見された翌々日、警察署には捜査本部が起ち上げらたらしい。ずっと捜査が続いて、すでに遺体発見から三週間近くが過ぎている。しかし捜査は遅々として進んでいない。遺体が誰なのかもわかっていない。もちろん犯人も捕まっていない。
美咲の家にはあれから三回、警察が聞き込みに来た。そのうち一回は敏子がいろいろ詳しく聞かれていたが、ほかの二回は「何か新たに気づいたことや、思い出したことはないですか?」と聞かれるだけで、何も進展はないようだった。
「何かあったの?」
「それが、あの公園で、幽霊が出るといううわさが立っとるんじゃ。若い男の幽霊で、夜になったら現れるとか」
「そんな、まさか」
美咲は鼻先で笑った。美咲はそういう類の話はまったく信じていない。幽霊などただの目の錯覚か、あるいは精神に異常をきたした人の妄想だと思っている。
「最初は小学生のあいだで広まったらしいんじゃが、怖いと言い出す子が多くて、通学路も公園の前を通らない道に変更になって、わざわざ遠回りしとるらしい」
「そんな騒ぎになってるんだね。ゆうちゃんはその幽霊見たことあるの?」
「いや、もちろんないけど。まあ子供が怖がるんはしゃあないじゃろ」
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