第二話

7

 パジャマを脱いで、Tシャツとひざ丈のハーフパンツに着替えた美咲は、サンダルを履いて表に出た。昨日の夜のうちに雨が降っていたらしく、アスファルトがシミのように黒くなっている。

 サイレンの音が消えたあたりに小走りで向かうと、中央公園の入り口にはすでに黄色いテープに「KEEP OUT」と黒字で書かれた規制線が張ってあった。

 美咲と同じく野次馬として表に出てきた住人が、すでにその規制線の前に数人いた。

 パトカーは二台停まっており、分厚い防弾チョッキを来た制服警官が四人いた。

 救急車の救命士もいて、制服警官と何やら小声で話をしている。

 ざわついてる人の声にパトカーの無線の音が混ざって、「検視官」や「搬送」などという単語が部分的に聞こえた。

 美咲は野次馬のなかの一人に、美容院経営の酒本サチ子の姿を見つけた。公園の向こう側に酒本の美容院はあるので、すぐに出てくることができたのだろう。酒本は美咲と同じく全く化粧をしておらず、明らかにパジャマという服に薄手のカーディガンを羽織っていた。

 美咲は恐怖と好奇心の混ざった顔をしている酒本に近づいて、

「すみません、何があったんですか?」と尋ねた。

「あ、美咲ちゃん。どうやら、死体が見つかったみたい」酒本が答える。

 公園の真ん中を見ると、四メートル四方はありそうな大きな青いビニルシートが地面にかかっていて、その中央が盛り上がっている。そこに、死体があるようだ。

「酒本さんは、見たんですか?」

「いやあ……、来たらすでにこの状況だったから。たぶん、あずまさんが第一発見者じゃないかな」

 昨日、集会所で顔を見た会計担当役員の東陸男が、警官ふたりに挟まれるのような格好で、聴取を受けている。

 東の口から、「犬の散歩をしとったら」とか「携帯電話を持って出んかったけん」や、「ぜんぜん心当たりがない」みたいな言葉が発せられている。

 また遠くからサイレンが聞こえてきたと思うと、ものすごいスピードで覆面パトカーが二台やってきて、タイヤをきしませながら集会所の前に停車した。

 そして一台からそれぞれ二人ずつ、私服のスーツ姿の警察官が飛び出してきた。

 そのうちの一人が、美咲と酒本の前にやってきて、

「この近くの方ですか?」と興奮しながら尋ねてきた。

「はい、そうですけど……」と酒本が答える。

 美咲も、

「この向こうの角から二番目に住んでるんですが……」遠慮がちに答えた。

「私は県警の者です。昨日の晩から明け方まで、変わった出来事はありませんでしたか?」

「いえ、ぜんぜん。さっきサイレンが聞こえてきたから、出て来ただけですので」

 私服の警官は美咲のほうを向いた。

「私も同じです」

「そうですか。またあらためて話を伺うことになると思います。お名前を聞いてよろしいですか?」

「酒本サチ子と言います。向こうの看板が見えるあの美容院がうちです」

「古瀬美咲と言います。家はさっき言ったとおり、あそこですけど」

「古瀬さん。失礼ですが、ご職業は?」

「普通の会社員です。東京の会社に勤務してるんですけど……、今はリモートワークになったから、こっちに帰ってきたんです」

「ああ、なるほど。ご協力ありがとうございました」

「あの、すみません」酒本が言った。

「なんですか?」

「えっと……、殺人事件なんですか? 事故とか病死とかじゃないんですか?」

「それを今調べているところなんです」

「亡くなった方は、どんな方ですか?」

「あまり具体的なことはお答えできないんですが、男性のようですね。若い、たぶん二十代か三十代前半くらいのようです。と言っても、私もまだホトケさんのお姿は拝見してないんですが」

 いつの間にか、野次馬が倍以上に増えていた。

 私服警察は、野次馬のひとりひとりに声を掛け、さっきと同じような質問をしていた。

 さらに警察の車らしいワンボックスカーが到着した。そして中から青いユニフォームを来た一団が下りてきた。手には四角の金属製ケースを持っている。

 そのうちの一人が、雨上がりのぬかるんだ公園の土を見るなり、

「これじゃ、ゲソコン出ねえなあ。人、入れるんじゃねえぞ」と言った。

 二十分ほどだろうか、美咲は警察が捜査をしている様子を眺めていた。救急車のストレッチャーが規制線を超えて、公園のなかに運ばれていった。そしてブルーシートが掛かったままの遺体を乗せ、救急車に収容した。

 救急車は発車したが、サイレンは鳴らしていなかった。

「とりあえず、帰ろうか。ここにいても、もう何か知ることはできそうにないから」酒本が言った。

 美咲も自宅に帰ることにした。

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