星月夜

桜にく

一章 共依存


ずっと、光の中を生きてきた。


この世に生まれ落ちたその瞬間から、今に至るまで、大勢に囲まれて生きてきた。

みんなが私を必要とし、求めて。

そして、それに応え続ける日々。


素晴らしいほど、退屈で。

飽きれるほどに、穏やかな日々。


その中で私は感じた。


〝私自身が特別な存在である〟


ということを。


私が笑えば、人が笑う。

顔を覗かせれば、嬉々として働き。

また見つめれば、身体を火照ほてらせる。


たまに姿を隠してみれば、どうかどうかと、私を求めて願い乞う。


私が指し示した道を、人は正解だと信じて疑わない。

求められるほど、たして、たされる。


世界は私中心に回っている、そんな感覚さえあった。

迷うとこも、惑うこともない。

一人、えつり思う。


ああ、これが全能感か、と。



しかし。


光が眩く煌めくほどに、影はより濃く落ちていく。



それは昨日とよく似た今日のこと。


道に迷う君を見た。


進むべき道が分からず。

戻り道も分からず。

ただただ酷く戸惑っていた。


可哀想だと思い、手を差し伸べようとしたとき、周りの人は君に言った。


「フラフラして情けない」

「もう少し落ち着いたらどうなんだ」

「やっぱり安定が一番」

「お前みたいなやつがいるから、この世の行く末が不安になるんだ」


みんな、一方的に君を責めた。


未知の世界へ憧れるくせに、冒険を嫌う。

退屈が嫌だと言うくせに、平穏を求める。


ああなんて、人の心は身勝手で不確かなんだろう。

好きなくせに嫌いで、嫌いなくせに好きなのだ。

さっきまで求めていた価値のあるものが、たった今、不必要で無価値になる。

しかし同時に、人にとってそれは日常的なことで、ごく当たり前のことなのだと知った。



じゃあ、私は?



昨日とよく似た今日。


それは似ているだけで、決して同じではないから。


いつか、私が不必要で無価値な存在になる、そんな日が来たら。


私は、どうすればいいのだろう。

どう、生きていけばいいのだろう。


迷うとこも、惑うこともなかったのは、その必要がなかったから。

存在しているだけで、よかったから。

ただそこにあるだけで、価値のあるものだったから。


私は失うことを知らない。

孤独知らない。

他を照らし、光の中を生きてきたから。

どこまでも広がる宇宙のような、真っ暗な闇夜を。


私は、知らない。


知らないからこそ、怖かった。

必要とされることが当たり前だから。

求められることが私の存在意義だから。


不確かではいけない。

周りにとって私は、必要不可欠な存在でなくてはいけないのだ。

気持ち一つで切り離すことはできない。

私がいてこそ生活が成り立つ、そんな存在に。


しゃがみ込んだ君にそっと手を差し伸べる。


「今日はどちらまで?」

「……それが、分からなくて」

「迷ってしまったんですか?」

「ええ。ですが道に迷っている間に、どこへ行きたかったのか、それさえも分からなくなってしまって」


情けないですよね、と自嘲じちょうする君。

その震える手を優しく包み、柔らかく微笑む。


「いいえ。その場に留まらず、どこかへ行こうとする、それは素晴らしいことですよ」


そして、ゆっくりと抱き寄せる。


「ずっと、誰かにそう言ってもらいたかった」


私の腕の中で、君は静かに涙を流す。


「迷い、惑うことはとても怖くて。まるで、どこまでも広がる宇宙のような、真っ暗な闇夜を一人歩いている、そんな感覚でした。」

「もし、真っ暗で行く道が分からないのなら。私がその闇夜を照らしましょう。もし、行く先が分からないのなら。思い出すまでは私が手を引きましょう。」


身体が火照ほてるほどのあいで君を包み。

目がくらむほどのまばゆいあいで君を照らす。


そして。

もう離れられないように、強い引力あいで君を縛り付ける。



「さあ、どうか私の手を取って」



私なしでは生きていけない。


そんな身体にしてあげよう。

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