00:29.28

森のエリアからそう進んでいないところで、角を曲がるとそれはいた。


足場が土からタイルにちょうど変わるその境目だった。

とても機械とは思えないほど精巧な手足。大きく裂けた口だけのある顔。

今度は四足歩行型のものだ。


(異形の多様化の時代に合わせて、オートマータも多種多様な型を用意しているだなんてご丁寧なことだな!)


すぐにこちらの気配に気が付き、襲ってきた。

間一髪のところで避ける。


「危なっ! 逃げないと……!」


初めの時と同じように背を向けて、逃げる。

どれほど距離があるか確認するために後ろを振り向く。

距離を詰めるわけでも、離すわけでもなく、全く同じ速度で追いかけてきていた。

明らかにさっきのものよりも動きが洗練されている。

床はすっかりと固いタイルに戻っていた。

廊下に終わりが見えない。

この調子では、体力が持たずに追い付かれてしまう。

その動きから判断するに、走って逃げ切れるものでもないだろう。


(なら一か八か……!)


急ブレーキをかけ、それと対面する。

こちらも何か攻撃を仕掛けようと拳を握る。


(怖い)


全てがゆっくりに見える。


見たくないものまでよく見える。


砕く牙。


駆ける爪。


(何もできない)


握った拳をどうすることもできずに、ただそこに突っ立っていた。

そんなこともお構いなしに、オートマータは突進をしてくる。

恐怖で足も固まり、避けることもできず、まともに食らってしまった。

無機物にもかかわらず殺気を感じる。鉄製の牙が天井の照明の光を受けて鈍く光る。

尻もちをついてしまった状態で、またそれは襲い掛かってきた。


「異能、なんでもいいから来いよ! 来るなら今がベストタイミングだと思うんだけど!」


そんな叫びも虚しく、何も起きない。

爪が床にあたる音を鳴らしながら、構わず突進してきた。

必死の思いで、座った姿勢のまま横の方に飛びのく。

鋼鉄の爪は空を切り裂いた。

巡がそれを確認する間もなく、それはこちらを振り向き、飛び掛かる。

お腹にあたる部分がキラリと光るのが見えた。

まだこちらは体制を立て直せていない。左腕で自分の顔を反射的に覆っていた。


ゴリッともバキッともいえない嫌な音がした。

自分の顔の目の前に、顔のない顔がいた。

自分の腕にこれでもかというほど強く嚙みついている。


痛い。


嚙み砕かれる。


必死にもがく。


だが、離してくれない。


背中の鞄に手が届く。


(これを打てば、助かる……)


取りやすい位置に信号銃を引っ提げてある。


(だが、盾の過徒にはなれない)


そんなことを考える余裕があったのかと自分で驚く。


(なんのためにここまでやってきたのだろう)


(不思議と諦めるという選択は今までに思い浮かんだことはなかった)


だが、今、目と鼻の先にそれがある。


(ああ、諦めるってこんなに簡単なことだったんだな)


信号銃に手が触れた。


(なら、それは今じゃなくていい)


信号銃から手を離す。


(その選択をするのは、自分には、俺には何ができるのかを見つけてからでも遅くないはずだ!)


「ああああぁぁ!」


叫びにもならない大声で恐怖も雑念を掻き消す。

全ての力を込め、足で自分の体に乗りかかっているものを蹴り上げる。

左腕に感じていた重みが消えた。

その好機を見逃すわけにはいかなかった。

元来た道を一目散に走る。


巡は森の中に逃げ込んだ。



次話は2/2 23:00に更新されます。

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