【ライオンちゃん】

【ライオンちゃん】


翌日、マネージャーがドアを開けて驚いたこと。


その1、テーブルに並べられた10枚の皿にコンガリと焼けたverywelldoneから welldone well mediumwell medium mediumrare rare bluerare blue raw (生肉)までステーキ屋のメニューのように実に見事に焼き分けられ、さらにそれぞれが一枚の半分の塊、3㎝角、1cm角、 粗挽き肉、挽き肉、ペースト状態でのっていたこと。

・・・そうポーラは天然キャラに似合わずプロ並みに料理ができる。今日の仕事も13時から有翼堂書店で本日発売記念サイン会をする「Pola's Kitchen」という料理本を朝の情報番組に出て宣伝することなのだ。


その2、ポーラがマネージャーに振り返り

「ねえ、【ライオンちゃん】の食べ物って肉じゃないのかなあ?」とぶっ飛んだ質問をしたこと。

そして、明るく元気なかわいい天然系キャラとは裏腹に、フィジカルトレーニング、ボイストレーニングを週に40時間以上こなすポーラは国内より先に、世界に才能を認められ、ついこの間ハリウッド映画の人気アクションシリーズ物に出演が決まったばかりで、その引き締まったラインを維持するための腹筋をしながらテーブルの上のライオンのぬいぐるみではなく、お腹の上の見えない【ライオンちゃん】に

「そっか、わかった!赤ちゃんなんだ。ミルク飲む?」

と見えない【ライオンちゃん】にしきりに話しかけていること。


 しかしこんなことくらいで動揺していられるほどこのタレントのマネージャー業は甘くないのだ。ポカンと開いた口を意志の力で強引に閉じると、何事もなかったように

「本日の予定です。8時日テレ入り、8時15分から打ち合わせ、9時からメーク、10時から本番で‥(おかしい、やはりおかしい。いつもならいちいち「オッケー」とか「うん、わかったー」とか業務連絡などまともに聞かないはずなのに。)‥ここまではよろしいでしょうか?」こちらを見向きもせずただ一回大きく頷いただけのポーラに思わず

「体調でも悪いのですか?」

黙々と腹筋をしている人に向かって言うのもなんだが、万が一ということもあるし、そもそもタレントの体調管理も立派なマネージャーの仕事のうちだ。

「ううん。大丈夫。マネージャーさん、この『ライオンちゃん』見える?」

「えっ、テーブルの上の?」

「ううん、お腹の上の!」

「…『ライオンちゃん』のような力強い腹筋という事でしょうか?それともまた私をからかっているのでしょうか?」

「・・・そっかー。OK!何でもない。それで?」

「(やはりおかしい)で、10時から12時まで『Run!』の本番で、13時から銀座の『有翼堂書店』での出版発表会・サイン会ですが、事前打ち合わせは私の方で済んでますので、テレビ局を出てそのまま12時50分入りの13時から14時までがキッチントークショー、これは特設キッチンセットで実際に13ページの『Pora’s salade』を作ってもらいます。その後、14時から15時までサイン会となりますので、本購入の方に直接書いてもらいますが、いちいち書いていると時間がかかりすぎますので、10時の本番までの空き時間と書店までの移動中の車内で100冊の本にサインしてもらいます。お昼も車内でお願いします。いつものスムージーとノンカフェインのソイラテを御用意しておきます。あとは適当に色々と。(反応がないだと!やはりおかしい。本格的におかしい。食べ物に関してはミシュランの調査員などよりはるかにこだわるはずなのに!)その後はTBS・テレ朝・テレ東の情報番組の生放送に飛び入りで宣伝したのち、本日最終はCXの『プライムニュース』に生出演します。23時入りの24時10分頃の出番となります。晩御飯は・・・」

とここまで一気に畳みかけてきたマネージャーを遮ってポーラが一言

「うん、わかった。今日、この『ライオンちゃん』連れていくね!」

と両手で昨日の誕生日プレゼントの山の中から、さっきまでテーブルの上で肉満載のおもてなしを受けていた、ライオンのぬいぐるみをプラプラさせながらいつも通り元気よくお返事をした。しかし、部屋の反対側の大きな鏡の中に移るその榛色の目は、自分のブロンドの髪を荒く束ねただけの頭の上の方を見つめてニッと笑っていた。

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