『家政婦の見仲田 見なかった目撃者』
N(えぬ)
1話完結 見なかった目撃者
ある資産家の邸宅で人が死んだ。死んだのはこの家の主人の妻だった。彼女は静かにベッドに横たわり、穏やかな顔で仰向けに横たわっていた。彼女の体からは毒物が検出されたが、これは、状況から事件か事故か、警察はすぐに判断はつきかねた。
妻が死んだのは昼過ぎ頃と推定されていた。この時間に家にいたのは死んだ妻の他には家政婦が一人。小学生の息子は学校だし、夫は仕事に出かけていたことになっている。
家政婦は警察の質問に次のように答えた。
「私は午後から、昼食の後片付けや夕食の準備に掛かりきりで……その間は、奥様は自室に籠もっておられて……音楽が鳴っていたので、それを聴きながら横になってでもおいでだと思っていました。それだけでございます、他には何も見ておりませんし聞いてもおりません、刑事さん」
刑事は家政婦の話を聞きながら頷いた。
「奥さんは、いつもそんな風にして過ごしておられたのですか?」
「ええ。大概「少し休みます」といって自室にお入りになるんです。そういう時は、もう次にご自分から部屋を出てくるまでは、よほどの用がないかぎり、私は奥様に声を掛けたりいたしませんので」
「なるほど。それで、奥さんが部屋にいるその間ですが、何か物音とか声など、聞きませんでしたか」
「はい。なにも……奥様は最近少しお疲れのご様子で、ここのところとても静かに過ごしていらっしゃいました」
家政婦は、刑事に申し訳なさそうに深く頷いて見せた。
「ボス。これはやはり自殺の線が濃厚なようですね。何も他殺を示す証拠がありません。もし他殺なら、いくら何でも家政婦が何も物音を聞いていないなんてことはないでしょうし」「ふうむ……」
部下の刑事からボスと呼ばれる大河原警部は、深くため息をついた。
大河原警部は、自殺で決着が濃厚になった妻の死について夫にもう少しと強く問いただした。すると、死んだ妻は最近浮気をしていたという。
「世間体のよくない話なので、あまり話したくなかったのですが……」と夫は弁解しながら警部に話した。妻の浮気を知った夫は、相手の男と別れるように妻に言い渡し、妻も承諾したという。だが、妻は浮気相手の男にかなり入れあげていたらしいということがわかった。
警部は妻の携帯電話の通話記録を探らせた。結果は、夫の言うとおりに、通話記録から妻の浮気相手が浮上した。その浮気相手の男も警察で調べたが、妻の死亡時間には完全なアリバイがあった。相手の男は、死んだ奥さんの夫に訴えると脅されていたから、金をもらって別れたのはラッキーだったといい、自分は奥さんに未練は全くなかったとも言った。
「そうか……そうすると」大河原警部は天を仰いだ。
「ええ。むしろこれで奥さんの自殺の動機を固めてしまったようですね。浮気相手を本気で愛してしまった奥さんが、自暴自棄になり覚悟の自殺……と」
「ううん。仕方無しか……今回は俺の勘も、ハズレたかな。これは『殺し』と思ったがな」 大河原は不満そうに、とぼけたような笑いを部下に示した。
数日が経って、夫は妻の葬儀を済ませた。
「忙しい日々で、やっとこうして時間が取れました旦那様」
葬儀の後の、誰もいなくなったと思った静けさを取り戻した家で夫は背後から声を掛けられ、振り返ると家政婦の
「キミ、いたんだね。話をしなければと思っていたんだ……ずっと」思わず目をそらしながら夫は言った。
「はい。わたくしも、そう思っておりました」
「キミがあの日、『何も見なかった』という話」
「お勤めさせていただいたお客様の家庭の秘密を口外しないのがプロの仕事ですので」
「そ、そうか」
「ご安心ください。わたくしは何も見なかったんですからぁ」
見仲田静子は夫の耳元に囁くように言った。
*
――ルルルル ルルルル―― 電話が鳴る。
「はい、見仲田家政婦紹介所でございます。当社の家政婦は、家の中で起きたことは何も見ておりませんし聞いておりませんのが特徴です。ご家族以外の第三者を目撃することもございません。必要でしたら、その第三者をこちらで用意しまして派遣もいたします。当社の社是は『見ない・聞かない・言わない』でございます。……電話ではなんでございますので、詳しくはお会いしてお話を……」
『家政婦の見仲田 見なかった目撃者』 N(えぬ) @enu2020
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