第30話 エピローグ

 目覚めた時、女は真っ白な部屋の中にいた。

 窓も扉もない、ましかくの部屋。天井も床も白くて、しばらくすると自分が立っているのか寝ているのかも分からなくなってくる。

 体はちゃんとある。手も、足も。服はシンプルな白いシャツとズボン。それ以外は何も持っていない。


 ――ここはどこ? わたしは……。


 考えようとしても頭はモヤがかかったみたい。自分はいったい誰なのか、疑問に思うのも億劫だ。

 そのとき、ただ真っ白いだけだった部屋の床の中央に、黒い染みのような穴が開いた。

 近寄って覗いてみると、穴の向こうでは誰かがベッドに寝て、苦しそうにうなっている。腹が大きい。今まさに出産しようというのだろう。


 ――大変そう。


 女は穴から目を離した。

 そのままぼんやりとまた部屋を見回す。

 すると今度は天井に穴があるのを見つけた。

 背伸びして穴を見る。その向こうには美しい青空があった。

 虹色の鳥が飛び、天まで届きそうな大きな木に真っ赤な実が生っている。


 ――美味しそう。


 手を伸ばせば届きそうな天井だ。

 赤い実が食べたい。女に小さな欲求が生まれた。

 その時だった。足元の穴から苦しそうなうめき声。そして周りには多くの励ましの声が。


 ――あの妊婦は今、戦っているのだ。


 なぜか女は妊婦を応援したいと思った。

 床の穴の向こうに心が惹かれる。


 床の穴も天井の穴も、女を招いているかのように少しずつ広がっていった。

 きっとどちらかを選ばなければならない。

 けれど、女は穴から離れて壁に寄り掛かかった。


 ――今はまだ、決められない。


 穴の向こうにあるのは新しい生。

 あるいは、穴の向こうにあるのは永遠の安らぎ。

 自分はどちらに行くのか。

 決める時が来るまで、女は穴を眺めている。


【了】

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