第12話 恐竜の町

 箱崎はこざきは四十八年間この町で育ってきた。

 片田舎の町は海辺の工業地帯に支えられている。住民のほとんどは何らかの形で工場と関りを持つ。箱崎もそうだった。

 箱崎の仕事は山の中に深い深い縦穴を掘ることだ。穴は厚いコンクリートで補強され、いずれ工場から出る廃棄物を安全に保管する場所となる。

 掘り出される土もまた、建築用土として有用に使われた。

 穴を掘る現場で、箱崎は監督の補佐のような仕事をしている。この仕事はもう長く、責任のある立場に負けない経験もあった。


 箱崎は現場の山から海を眺めた。そこからは海岸の工場群が、まるで首をもたげた恐竜の群れのように見える。

 町で一番大きな化学コンビナートからは黒い龍が空へと昇る。箱崎が子供の頃はもっと禍々しい巨大な龍が何本も空に向かっていた。

 今は環境に配慮しているのだろう。色も白っぽくあせた小柄な龍ばかりだ。それでもここはその龍を生む恐竜たちで成り立っている町だった。


 箱崎が子供の頃、今立っているこの山の中で恐竜の化石が見つかったことがある。イグアノドンの仲間だっただろうか。何度もテレビで取り上げられて、小さな町は恐竜の町としてひどく騒がれた。だが流行りは長続きしない。珍しがってきてた観光客もすぐに数を減らした。

 この町の恐竜は、化石じゃない。あの工場群だ。

 箱崎はそう思う。


 彼にとってこの町こそが唯一無二の故郷だ。しかしその娘はあと一か月もしないうちに都会へ進学することになった。

 箱崎にとっては嬉しいような寂しいような。けれど金のかかる今だからこそ、寂しいなどいう暇もなく毎日の仕事をだた実直にこなすしかない。


 穴の底から何トンもの土が掘り上げられる。その中にはもしかしたら、古代の恐竜の化石も混じっているのだろうか。

 ふと、足元に転がった灰色の石を手に取った。


「あれー箱崎主任、どうかしたっすか」

「いや、石が目についたんでな」

「石なんて珍しくもないっすよ。あ、もしかして恐竜の化石だったりして」


 手に取った灰色の石は妙に軽い。

 まさかな。


「もし恐竜だったら、箱崎さんが発見者っすね。ハコザキザウルスなんちゃってー」


 手の中の石が急に重みを増した気がする。

 これが恐竜だったらいったいどうなる。

 掘削現場の一主任にすぎない俺の名前が付くわけもなし。工事はストップ。環境問題で町は大きく揺れるだろう。


「そんなわけあるか。ほら、さっさと仕事するぞ」


 箱崎は灰色の石を掘り出された土の山に放り投げた。

 化石なんてない。

 この町の恐竜はちゃんと海辺に生きている。

 そこにいて今も毎日、龍を生み出しているのだ。


【了】


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