第13話 家に連れて帰れないから公園で飼う

 それが何かは分からないけれど、私たちはただ『穴』と呼んでいた。

 ショウタと私。

 小学校の一年生で同じクラスになって、それ以来友達だ。

 家が近かったこともあって、私たちは毎日一緒に遊んでいた。

 その日、うちの近所の公園にいたのは私たち二人だけだった。


「ユズ、これ見て」


 ショウタはベンチをしきりに指さしていた。

 ペンキの黄色が剥げかけている木製のベンチは、真ん中に丸を黒く塗りつぶした落書きがある。

 ベッタリと闇を塗ったように黒い。それはまるで深い穴のようだったが、ベンチの下に突き抜けているとかではなかった。


「汚いね。座るところ黒く落書きして」


 私が嫌そうに言うと、ショウタは首を横にぶんぶん振る。


「違うんだ。これおかしいよ」

「なに?」

「アリの行列が」


 ショウタに言われてよく見たら、アリの行列がその黒いところに向かって歩いてる。そして見えなくなってしまうんだ。まるで穴に吸い込まれていくように。

 角度を変えていろんな方向から見ても、やっぱりアリはどこに消えてるみたい。

 触ってみようと手を伸ばしかけたけど、ショウタに止められた。


「汚いから、これでつついてみようぜ」


 ショウタが地面に落ちてた木の枝で落書きを触る。すると木の枝がするっと吸い込まれて消えてしまったのだ。


「うわっ」

「消えたの?」

「食べたみたい」


 そう。やはりその落書きは穴のようだった。

 しかも生きている穴。だってその証拠に、木の枝はぺっと吐き出された。


「出てきたね、木の枝」

「固かったのかな?」


 雑草を抜いて穴に入れたら、半分だけ齧って吐き出された。生垣に咲いていた花を摘んで入れたら、それは食べてしまった。

 私たちは面白がっていろんなものを食べさせた。


 その公園は普段はあまり人が来ない。住宅街の端っこにあるんだけど、この辺で遊ぶのは私たちくらいだ。たまに大人の人がベンチに座って休憩しているけど、穴のことは気にせずベンチの真ん中に座ってる。

 穴は真っ黒なのに、汚れてるとか思わないのかな。


 その答えは思いがけないものだった。

 穴は動けるのだ。

 私たちが公園に行くと、穴はベンチの隙間から這うようにして表に出てくる。


「穴、花だぞ」

「私は家からキュウリ持ってきたよ」

「さっきそこで、セミの抜け殻拾ったからこれも食ってみろよ」


 穴は好き嫌いも結構あったけど、食べれるものも多かった。

 セミの抜け殻を喜んで食べたから、公園で虫の死骸を見つけたら食べさせた。

 家から持ってきたオヤツも穴の好物だ。

 そうやって、私たちは穴をこっそり飼っていた。


 しばらくすると、私は穴が前より大きくなっていることに気が付いた。最初は一センチくらいだったのに、一年もたつとピンポン玉サイズに。そして大きさに比例して餌も大きくなる。

 私たちが小学校を卒業して公園で遊ぶ歳ではなくなる頃、穴の大きさはバレーボールほどにもなっていた。


 ちょうどその頃、最近野良猫がいないという噂が流れた。

 公園でも時々見かけていた何匹かの猫は、いつの間にか見かけなくなっていた。公園の花壇も荒らされていたから、質の悪い悪戯をする人がいるんだろう。そう大人は心配する。そして私たちも公園で遊ぶことはなくなった。


 穴のことを忘れたわけじゃない。どうしているか心配になることもあった。

 けれど久しぶりに見に行った公園のベンチにはもう、穴はない。穴はどこかへ行ってしまった。

 いや、最初からそんな穴など無かったのかもしれない。

 子どもというのはおかしなごっこ遊びをするものだから。

 やがて私もショウタも高校生になり、穴を飼っていたことは記憶の下のほうに沈んだ。


「ユズ、公園の、あの穴のこと覚えてる?」


 ある日ショウタからそんなメッセージが届いた。


「覚えてるよ」

「夢じゃないよな。確かに穴がいたよな」

「うん」

「あのさ」

「なに」


 しばらく間があいて、ショウタから届いたメッセージは「ごめん、忘れて」だった。

 気にはなったけど、私も追及はしなかった。

 何日か前に部活の帰りで遅くなった時、道の真ん中に真っ黒い大きな穴があるのを見た。マンホールより大きくて、まるで闇で塗りつぶしたような暗い穴。

 穴はまるで生きているかのように道路を横切り、どこかへ消えていった。


 あの穴が今何を食べているのか、私は知らない。

 だってあれはきっと私たちの妄想の産物にすぎない。

 生きている穴なんて、あるわけがない。

 そう自分に言い聞かせた。

 その夜、私はショウタからのメッセージを消去した。


【了】

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