第41話 ☆なんだか意識する
樹がきょうだいということを清々しく暴露した翌朝。
ガタゴトと電車に揺られながら、またもあたしは視線を移動する。
電車の窓から見える風景にも慣たこともあるのか、今朝はやたらと彼の方をみてしまう。
そして目が合いそうになると、ちょっと逸らすの繰り返しだ。
あたしたちが乗っている車両には、同じ高校の制服の人もちらほらといてその視線もどちらかといえば樹に向いている気がした。
「ま、まあそうなるよな……」
「……なるわね。隣の車両行かないのね?」
「い、行かない。今更隠すことも慌てることもねえだろ」
「ほう……」
「な、なんだその目は……面白がるな」
樹は苦笑しつつもあたしの方に話しかけてくる。
どうやらその言葉と態度を見ると、本当に普段通りを装ってくれるみたいだ。
不本意にも嬉しく思ってしまう。
この感じならいけるかな……?
「ね、ねえ……」
「んっ?」
「えっと、その……」
「部活の見学のことなら、俺やっぱり近いうちに付き合うからな。ちゃんと決めておけよ」
樹の言葉に少しむっとして脇腹をつねろうと手を伸ばす。
そう思ったのに、でもそうは出来ず、指先で脇腹を突くことになった。
「生意気なのよ、馬鹿……」
「えっ? あっ、お、おお……」
外でも喧嘩腰というか、言い合うような感じが久しぶりに感じる。
その空気に飲み込まれて、謝ろうとしてるのになかなか言葉が出てこないし、なんか少し……。
「美涼、入間君。おはよー」
「おはよう」
「ほら、邪魔しちゃ悪いってば……」
「そうだった。ごめん、あたしら先行くね」
「えっ、ちょっと!」
電車を降りれば、いつものようにクラスメイトの子たちが近寄って来てくれたけど、挨拶だけでそそくさと遠ざかって行ってしまう。
そんなだから2人きりで登校することになってしまった。
入学式の時以来かな……。
なんだかいつもの道なのに少し違った感じがする。
「……」
「そ、そういえば、今日は先に行かないのね……」
「ふっ、1人じゃ寂しいだろうと思って……」
「なんて口の減らない奴……この分じゃ教室に行ったらもっと大変かもね」
「まあ、ぼっちよりはマシだからな」
「……それもそうね……」
お互い心の中を探りあうように視線を重ねた。
「「っ!?」」
なんだか樹の顔が赤い気がする。朝ご飯はきちんと食べていたし具合が悪いということはないだろう。
というか、人のことはいえない。
あたしの方も顔が赤くなっていないか心配だ。
「おはよう2人とも。昨日色々とあったみたいだね。その場面に居合わすことが出来なくて残念だよ。ぜひともこの目で」
「てめえ佐野、そういうことは今じゃなく、2人きりの時にだなあ」
「おはよう佐野君。樹、先に教室に行ってるわよ」
「お、おう……」
肩を組みあってひそひそしているのを見ながらあたしは校舎へと入る。
ほんとに佐野君と仲がいいんだからと苦笑していると、佐野君は朝練に戻ったのか、樹はすぐに追いついてくる。
そうなるとすれ違う生徒の視線がこっちにやけに集まっているような……。
「日奈の迎えだけどな、何か用事がないなら……」
「もちろんあたしも行くわよ。時間決めておきましょうか?」
「おお……」
昨日までの樹なら周囲の目をすごく気にしたはずなのに、今はそれよりも自分のことを優先しているようにも見えた。
教室でもそれは変わらない。
「きたきたきた、入間よ、一体全体どうなってんだよ?」
「嘘は言ってないぞ」
「やっぱり入間君と仲いいじゃん、美涼」
「まっ、きょうだい、だから……」
登校するや否や男子の何人かにすぐに囲まれたけど、樹は塩対応というかクラスメイトとは程よい距離感を保つ術を身に着けつつあるらしい。
そんなだからついこっちもきょうだいという事実を口にしてしまった。
「……美涼、そういや英語の予習でわからないところがあった」
「……わからないところそのままにしないところは成長したわね。どこ?」
自分からあたしの側に来る始末。
それは巻き込もうとしてるんじゃなく、改めてクラスメイトに自分を教えているようにみえた。
(あー、中学のころと一緒だ)
そんなに時間は経ってないのに、やけに懐かしく感じる。
だからあたしもまだ謝れないけど、いつものノリで話すことが出来て、本来の自分に戻っていると実感できたんだ。
☆☆☆
そんな学校での時間が過ぎて、日奈ちゃんを迎えに行って家に帰る。
結局、まだ謝れていない。
ため息をつきそうになりながら郵便受けを覗き込めば、あたしたち宛てのハガキが届いていた。
『文芸部の恋愛事情』サイン会当落選通知。
「樹、こっちあなたのよ」
「おう……」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、なんでもない。サイン会外れちゃっただけだ」
樹はそう言ってあからさまに肩を落とす。
ふとその姿を見て、今のこの謝れていない現状を変えられるかもと思った。
思ったのだけど……。
「あのさ……」
「んっ?」
「っ?!……うんうん、なんでもない」
誘おうとしたのだけど、なんだか鼓動がうるさくなって言葉が出てこなくなる。
食事の席でも、試みたけどやっぱり出来なくて……。
こんなことは初めて、かもしれない。
面と向かってだと、何だか無性に気恥ずかしくて、意識してしまって言葉が出てこない。
いい機会なのに。
掛けるのは短い言葉なのに。
そんな簡単なことがなぜかできない。
夕食後、部屋に戻ったあたしは思わず大きなため息をついてしまう。
(あっ!)
何の気なしに視線を彷徨わせていると、勉強机にあった文芸恋のラノベと日奈ちゃんからの手紙が目に入る。
風邪の時に樹から借りてそのままにしちゃっていたものだ。
あの時のことも今思い出すと、つい赤面してしまう。
(あー、もう……それよりも……)
それは引っ越してきたときに日奈ちゃんから受け取った手紙。
思わず手が伸びる。
『新しいお姉ちゃんが出来て日奈とっても嬉しいです。
日奈はまだ小さいので、お姉ちゃんにたくさん迷惑かけちゃうと思います。
でもそんなときはお兄ちゃんが助けてくれると思います。
そんな日奈ですが、これからいっぱいいっぱいお話して、どんどん仲よくしたいです。
お兄ちゃんともどもよろしくお願いします』
日奈ちゃんの想いが伝わってきて、何度読んでも胸が熱くなる。
(そっか……)
言葉では上手く伝えられる自信がない。
でも、文字でなら……。
だけどそれは簡単には行かなかった。
便箋とにらめっこすること小一時間。まずなんて書きだせばいいのだろうと頭を抱える。
もうわりと付き合いも長いのに、何だか改まると恥ずかしくて進まない。
でも、不思議と嫌な気持ちは全然ない。
悩みながらも、時間をかけて、気持ちを込めて文字を記して行った。
(さて、どうしよう……)
どうにか形には出来たけど、渡さないとなんだよね。
時間が経ったりしたら余計に渡せるかわからない。
購入しておいた文芸恋の新刊をもって部屋を出ると、タオルを持った樹と遭遇する。
「っ! お、お風呂?」
「おう……」
「そ、その、これ、ありがとう」
「えっ、ああ、貸してたやつか……って、おい!」
会話の途中で緊張と気恥ずかしさに耐えられず、あたしは部屋へと逃げ帰ってしまう。
ドキドキする心音を落ち着かせながら、樹が本の中に忍ばせた手紙に気づくかどうか心配になっていた。
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