第28話 もしかして機嫌悪い
美涼からのメールに思わず足が止まる。
訳が分からなかった。
補習で俺が間に合わないと思ったのか?
いやそれよりも、熱心に勧誘を受けていた部はどうしたんだ?
また俺が何かやらかしてしまったかと思うものの、それは今に始まったことじゃないし、心当たりがありすぎて……。
(あー、もう!)
補習のこと知ってたら、ちゃんと間に合うというのを言えたのに。
なにか理由があろうとも、俺にとって日奈の迎えは特別で、わかったとは行かないんだ。
『俺も今から行く』
そう短くメッセージを打って足早に校舎を後にする。
「樹、ちょっと話が……」
「悪い、ちょっと急いでるからまたあとで……」
テニスコートにいた佐野に呼び止められたものの、俺は足を止められないくらい急いでいた。
美涼のやつ、既読になったものの返事を寄こさない。
なんか最近俺も同じようなことしたような、その時の自分が頭に浮かびながらも懸命に駅に向かって走り出す。
それから30分後。
もうみんな迎えに来た後なのか、保育園の前はいつもよりもお母さんたちの姿は少なかった。
駅からここまでずっと走りっぱなしだったおかげで膝に手を突いて呼吸を整えながら、日奈が美涼に迎えられたその様子を見つめる。
(間に合った、か……)
「美涼お姉ちゃん」
「日奈ちゃん、遅れちゃってごめん」
昼休みの終わりから塩対応な気がしたけど、日奈の前ではいつも通りの美涼に見えた。
日奈に向ける笑顔はとても作り笑いには思えない。気のせいだったか。
対する日奈はといえば美涼に微笑んだものの左右を見回している。
「お兄ちゃんは……?」
「……お、おう。ここにいるぞ……」
まだ息が整っていない中でゆっくりと日奈に手を上げ近づく。
そんな俺の姿を視界にとらえると、日奈は嬉しそうに駆けてくる。
妹の反応をみて、やっぱり急いできてよかったと思った。
どうしても俺が迎えに行けないときもあるけど、そういう時は事前に日奈に伝えておくからな。
「お兄ちゃん、疲れてる?」
「んっ、少しな。み、美涼お姉ちゃんと待ち合わせ上手く行かなくて、すげえ走ったから」
「なにもそんなに急がなくても。日奈ちゃん待たせちゃうかなと思ったから、わざわざメッセージ送ったのに」
「まさか補習があるとは、思わなかった」
若いお母さん方に頭を下げて、保育園から遠ざかって行く。
「……日奈ちゃん、今日はスーパーにでも寄っていこうか?」
「買い物! 日奈ね、日奈ね、買いたいお菓子ある」
「そうだな、卵とか、お弁当のおかずとかも少し買いたしておきたいしちょうどいいな」
「……じゃあこっち」
日奈とは笑顔で喋っていた美涼は、俺が喋ると目を合わせてくれないような、いや気のせいだとおもいたいけど、気のせいじゃないなこれ……。
「そういえば日奈、今日のお弁当間違えちゃったけど、大丈夫だったか?」
「うんっ! 大人っぽいお弁当って褒められた。みんなと交換しながら今日も日奈全部食べられた。お姉ちゃんのと間違え?」
「いや俺は日奈のを食べたんだ……じゃあみんないつもと違ったお弁当を……ごめんな、もう間違えないように次からはもっとちゃんと確認するから」
ということは美涼が俺のお弁当を食べたということ。
少し量が多かったから、だから機嫌悪かったりしたのだろうか……?
「大丈夫。日奈は大人のお弁当も食べられる」
「すごいね日奈ちゃん」
「えっへん」
「そんな日奈ちゃん、今日は何して遊んだの?」
「日奈ね、今日は新しいお友達とかくれんぼした」
「そっか。仲良くなれてよかったな」
「……樹君にも仲のいいお友達が出来たみたいよ。女の子の」
「えっ?」
美涼のどことなく冷たい言葉が心に突き刺さる。
言葉だけでなく表情も冷たいように感じられ、昼休み以降の塩対応を否が応でも思い出す。
いやもうこれ、前言撤回だ。
お弁当間違えたこと関係なくね?
「お兄ちゃん、その子と仲良し?」
「とっても仲良しみたい。お昼も2人きりで盛り上がってたみたいだし。ねっ?」
「ああ、三井さんのことか……いや、確かに話はしたけど、まだ友達ってわけでもないんだが……」
まさか見られていたのか……。
だが隠さなきゃいけないようなことでも特にないように思う。
三井さんとしたのは他愛のない話だけ、だったはず。
でも、やんわりと否定しようものなら、冷たい視線がさらに鋭く凍り付くようでごくりと言葉を飲み込むしかなかった。
もしかして、もしかしなくてもか、美涼のやつ機嫌悪いのか……?
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