第17話 新歓オリエンテーション

 ホームルームを終えると、入学初日にも関わらず新歓オリエンテーションというのがあるらしく、みんな楽しそうな顔で教室を出ていく。

 俺はといえば小首を傾げながらとりあえず校庭に出てみた。


 俺の志望動機に偏差値がちょうどよかったとか、特定の部が力を入れているのでとか、単純に家から近いから……などの理由はなく、ただ単に美涼と同じところにだったので、この学校のことを事前に詳しく把握してはいない。

 たぶん新入生の中で俺が一番学校の情報に無知だ。


「君、背高いね。何か部活してた? テニス部どう?」

「あっ、いえ……」

「カッコいいそこのお兄さん。君には演劇が向いてるよ」

「……す、すいません、俺、演技とか出来ないです」

「珈琲研究会です、どうぞ。バリスタに興味があったらぜひっ」

「ありがとうございます……」


 その場に立ち尽くしていたら、あっという間にチラシやら珈琲を渡される。

 校庭も校舎までの通路も各部の出している屋台や模擬店などがひしめきあって、凄い熱量だった。

 目にするだけでなんだか高揚してくる。


 ここ、高校だよな? と錯覚すらしそうだった。

 いや現に錯覚していた。

 気がつけば先ほどまで傍にクラスメイトがいたはずだが、すでに何人かで動き出したのだろう、俺1人取り残されている。


「樹、1人?」

「お、おお」

「なら、一緒に回ろうか」


 別のクラスになってしまったが、中学の同級生で友人の佐野が声を掛けてくれた。


「すげえな、これ文化祭みたいだ」

「ここは偏差値も高いけどスポーツに、というか部活にも力入れてる文武両道の学校だからなあ。入学式早々に派手に部の説明と勧誘を始める。それがこの新歓オリエンテーションだね。運動部だとサッカー部やバスケ部、あと野球部、テニス部なんかも有名かな。文化部だと吹奏楽や演劇部に入りたくて入学する人も多いらしいよ」

「へえ……そういやさっき演劇部の人には声を掛けられたな」

「まっ、樹は美浜さんしか目に入ってなかったから初耳だろうけど」

「……ほっとけ。さっき無知なのは自覚したところだ」

「ごめん、少しデリカシーなかった……」

「……」


 気を遣ってくれているんだろう。

 フラれて家族になってどうなることかと思ったけど、関係は険悪ってわけじゃない。むしろきょうだいとして悪くない関係を築いてると思う。

 今まで知らなかった美涼を知れたし、より心配は増して気にかけておかないとという想いが強い。

 それに想像を超える意地っ張りだしな。あー、挑発的に笑うんじゃねえ!


「どうかしたの?」

「いや、あいつの憎たらしい顔が浮かんでしまった」

「ははっ、大丈夫そうだね……この学校、校則もちゃんとあるけど基本的に自主性に任せてくれて、バイトとかも出来るみたい」

「そうなのか……」


 運動部が出している模擬店には傍目からでもやけに気合の入った新入生や大きな声で挨拶している子などなんだか異様な空気を感じた。

 佐野も同じふうに感じたのか、少し間をおいてから説明してくれる。


「……部で好成績を収めれば大学進学の時に有利に働くし。指定校推薦枠もいくつか持ってるみたいだから。実績のある部はそれだけ入りたい人もいて部員数も多くなるね。一応、何かしらの部に所属しなければならないといは決められてる、そんな感じ」


 佐野くらい知っているのが普通なんだろう。

 新入生の多くがたしかに興味深いまなざしで各部の模擬店などに入り、熱心に話を聞いている。


「佐野は入る部決めてあるのか?」

「運動部は少し躊躇するけど、ここ、生徒の評判もいいから。強豪校だしテニス部に入ろうかなとは考えてる。部員多そうだけど」

「……そっか。まあなんかあればいつでも言えよ」

「ごめん。樹には凄い恩があるのに、それを返す機会がなくて……」

「なにいってる……恩でも何でもねーぞ。クラスでうまくやっていけそーか?」

「どうかな……まあ樹と違って美浜さんみたく意識する人もいないし、上手くやっていくってところ。あっ、またまたごめん」

「美涼のことを話題に出来るのは佐野だけだし気にしないでいいぞ……クラスでうまくやれるか俺も心配なんだよな」

「なんかあった?」

「いや、流行りの話題に全くついていけなくて……園児の中で流行ってるものとかなら抑えてるんだけどな」

「それ、樹らしいね」


 歩くごとに勧誘される始末だが、しつこい人はいなくて迷ってるならやってみない? という感じや誉め言葉からのどう? みたいな感じで貰うビラだけが増えていく。

 俺たちは運動部から順に回っていく。

 実績のある部は尻込みしそうになったが、初心者のような俺でもきちんと歓迎してくれる。


 野球部では新入生が打席に立ちフリーバッティングをさせていた。

 佐野いわく、ピッチャーの人は三年生でなんと今年のドラフト候補という話だ。

 打席に立ってみるとセーブして投げてくれてるんだろうが、それでも球が速く流石に制球も抜群だった。


(バットに当たんねえ!)


 3球フルスイングして思い出だけ作って去っていく。



 テニス部では佐野とペアを組んでラリーだけ参加してみる。

 ラケットにボールは当たったが、それはコートの白線をはるかに超えて金網のフェンスまで何度も達した。

 おまけにサーブでは空振りを連発。

 なるほど、テニスの才能は俺にはなさそうだ。


 サッカー部ここも確かに強豪らしい。

 少しゲームに参加してみたところ、軽くしてくれているんだろうがやたらとパスが早くトラップすら出来ず。背が高いからかちょっとキーパーをといわれやってはみたものの、やたら強く見えたシュートが顔の真横を通過した瞬間身の危険を感じグラウンドを後にする。


 散々な結果ではあったが、案外楽しかった。


 次は文科系の部を回ろうかと話していたところ、やたらと大きな歓声が耳に届く。


「なんかすごい新入生がいるらしい」


 その言葉に佐野と顔を見合わせると、周りの人と同じく歓声が響く体育館に駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る