筋肉戦記(裏)~勇者召喚したら黒ビキニのテカテカな人型筋肉が現れたんですけど泣いていいですか?
めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定
第1話 プロローグ~脳筋はびこる世界より~
「こんなのやってられるかぁ!」
王女リアスは書類を天井に向かって投げ捨てた。ひらひらと舞い落ちる紙には要望書や報告書の文字が記載されている。
男は質実剛健で筋骨隆々であれ。
女は才色兼備で献身的であれ。
フォーエイプロティン王国の国是である。
男が脳筋なので、政は女の仕事だ。そのため王である兄の仕事までやらされている。脳筋が起こす数々のトラブル。女性の報告員からあげられる愚痴と脳筋観察日記を読むのはつらい。つらすぎる。兄は今日も騎士たちと筋肉を見せ合っているだろう。
「これも全部偉大なる賢王女フィヌ様のせいよ」
偉大な先祖の姉君に思わず文句も言いたくなる。
相手はこの世界でもっとも有名な英雄譚であり恋物語の主人公だ。
数多の吟遊詩人に歌われ、戯曲として舞台で演じられない日はない名作。
かつて魔王がいた。
魔王討伐のために異世界から勇者タケオが召喚された。
後に賢王女と讃えられる王女フィヌの献身もあり、魔王は討伐される。
当時は召喚魔法はあっても送還魔法は存在しなかった。
元の世界に帰れないと嘆くタケオ。
魔王討伐の功績によりタケオはフィヌの婚約者となり、王族に向かい入れられる。
深い愛情で結ばれた二人が国を繁栄に導きめでたしめでたし――とはならない、
賢王女フィヌは送還魔法を自力で開発し、タケオを元の世界に帰す決断をしたからだ。
その決断に国中が涙し、賢王女フィヌは多くを語らず、生涯貞操を守りながら国の発展のための礎を築いた。
これは本当にあったおとぎ話。ただの冒険譚でなく悲恋モノなので女性人気も高い。
リアスは賢王女フィヌの弟の血筋を引き継いだ王族だ。先祖の功績は知っている。魔王討伐よりも魔法開発や内政の功績から尊敬の念を絶やしたことはない。
けれど男性は勇者タケオのようになりなさい。女性は賢王女フィヌのようになりなさい。これが国民の信仰となった現状には不満しかない。
「……はぁ。愚痴っても仕事は減らないよね。筋肉なんてなくなればいいのに」
呪詛を吐きながら引き寄せの魔法を使う。ばらまいた書類を順番通りに並べて元に戻す魔法。非常に高度な制御技術を要求されるのだがいつの間にかできるようなっていた。闇が深い。
「あれ? こんな本あったかな。床に落ちてた? でも見たことないけど」
書類に紛れたのか執務机の上に一冊の本が置かれていた。濃紺の装丁で題名はない。王城にある本ならば書類など含めてすべて記憶しているリアスだが見たことがなかった。
「本じゃないなら個人の日記? いや……でもこれは」
魔法の気配を感知して指を這わせる。すると本の題名が浮かび上がってきた。
「筋肉を消す方法。著フィヌ・ノーザンティア。……これって!」
ノーザンティアはフォーエイプロティン王国の旧国名だ。タケオの探し求めていた異界の食材フォーエイプロティン。白い粉状のものらしい。フィヌ王女が亡くなった時に、フィヌ王女を偲んで今の国名になった経緯がある。
つまり旧王族名であり、フィヌ・ノーザンティアは賢王女フィヌの本名だ。
だとしたら歴史に残る大発見だ。
恐る恐る本を開き、ページをめくる。それは日記だった一ページ目から驚愕の文言が書かれている。
『初めまして私の後継者さん。この本を読めるあなたは私と同じ志を持つ同志でしょう。まず謝罪するわ。悪化する戦況を前に道半ばに倒れてしまってごめんなさい。奴らの侵略は私では止められなかった。相手を軽く見て、直ぐに消えるだろうと放置したのが敗因ね。苦労をかけるわ。不老不死の研究でも完成させていればまだ戦えたでしょうけど。愚痴っても仕方ないから後継者に託します。長々と挨拶してしまったけど、伝えたことは一つだけよ』
偉大なる先祖の日記にしてはフランクで温かみのある書体。その次の一文に自然と頬を涙が伝う。ずっと誰にも言えなかった。自分の心が肯定された歓喜に震え、いつの間にか口に出して読んでいた。
『私は筋肉が嫌いだ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます