8日目 二〇八号室の少女

「ぷはー、食った食った~」


 鍋を食べ終わったモモが寝転がる。


「モモ、行儀悪いぞ。ご馳走様。おいしかったよ」

「お粗末様です」


 菊田とモモは少女のアパートに呼ばれ、晩御飯をごちそうになっていた。モモと彼女の話の馬があったこと、キャンピングカーに乗っているが何の準備もしていなかったことから、彼女から誘ってくれた。彼女は一人暮らだそうだ。にもかかわらず駅で誰を待つわけでもなくひとり佇んでいたのは、彼女なりに何か理由があったからなのだろう。


「いえいえ、材料費は出してもらっていますので。わたしも誰かと一緒にご飯を食べるの久しぶりで楽しかったですし」


 食器をお盆に移す彼女はにこやかに言った。一挙手一投足のたびに揺れる綺麗な白銀の髪は目を引き、菊田は絵になるなと感じた。

 後片付けを手伝い、軽く談笑をしてそろそろお開きとなろうとしたとき、モモが思いついたように発言した。


「ねえ! また来てもいい?」

「おい!」

「え?」

「ね! 何かあったらまた相談に乗るから! ほらこれわたしの連絡先!」

「でも」

「年頃の女の子なんだから悩み事は尽きないでしょ? 何にもないならないでいいから!」

「モモ、お前いい加減にしろよ」


 突拍子もないことを提案するので菊田はさすがに制止しようとする。しかし、彼女は顔をほころばせた。


「うれしいです! こちらこそよろしくお願いします!」


 モモはしたり顔で菊田を見る。ここで無理やり止めたほうが怪しまれると思い、菊田は二人が連絡先を交換する様子をただ見ているだけだった。


「あ、菊田さんも交換したいんですか? 素直じゃないなぁ」

「もう夜も遅いから帰るぞ! 邪魔したな」

「あ、わかりました」


 閉じかけるドア越しに、「またいつか」と手を振る姿が見えた。


「……お前、何考えてるんだよ?」

「ここまで関わったら逆に連絡取り合うほど近いほうが任務もこなしやすくなりますよ。いざとなれば高飛びです」

「だからってな……」


 菊田は言葉を切る。階段を上がってくる音が聞こえたからだ。学生服の上にコートを羽織った少年がこちらをちらりと見て会釈する。そのまま、彼女の部屋の二つ隣の部屋に入っていった。


「……ここにいるのもあまり見られたくない。さっさと行くぞ」

「はーい」


 菊田はその場を離れる前に、二〇八号室、彼女の部屋の表札を見た。


「あの子が芹沢、ねえ」


 ぼそりとつぶやいて階段を下っていった。

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