よすが堂の縁結び
とき
1章:ネックレス
第1話 星空願う守り石(1)
賑やかな喧騒から逃れるように街の中心部から離れれば、昔ながらの住宅街が見えてくる。若い世代が住む新興住宅地とは異なり、この辺りは年配の人々が多く住んでいる地域だ。そのためか自分以外に女子高生の姿を見かけることはなく、
「うーん、この道で合ってると思うんだけど……」
クラスの子たちが噂をしていた。失せ物探しにご利益のある神社があるらしい。しかし拝んだところで容易く見つかるものだろうか。半信半疑ではあったが、見つかるならばこの際神頼みでも何でもいい。瑠璃は噂話を頼りに件の神社を探していた。どうしても見つけたいものがある。その思いが彼女を突き動かしていた。
「あれ? あっち、だったかな?」
普段足を運んだことのないこの地区は、同じ町内でありながら馴染みがない。脇へと伸びていく細い路地が迷路のようだ。気合は十分でも見慣れない景色に心細さが膨らみ始めた頃、目印の一つであろう赤いポストを見つけて瑠璃はほっと息を吐いた。
「……ん?」
目印さえ見つければ方向感覚は掴みやすく、先程よりも歩みは早くなる。そうして更に道を進めば、住宅ばかり並んでいた景色が不意に変化した。視界に入りこんだのは背の高い木だ。青々とした豊かな緑に覆われたその木の幹は太い。この場所に根を張って長いのだろう。近くまで駆け寄り、次に気が付いたのは鳥居の存在である。木に重なって見えなかったようだが、木造の簡素な鳥居がそこにはあった。
「もしかしてここが⁉」
ハッとして奥へと視線を向ければ、小さく古びた社がポツリと佇んでいる。間違いない。きっと此処だろう。恐る恐る一歩踏み出し鳥居を潜れば、神社特有の凛とした空気に背筋が伸びた。ここに来るまでに感じていた住宅街の人気のない静けさとは異なる、体の芯から引き締まるような澄んだ静寂だった。
目の前の社は初詣の時に参拝する神社に比べたら遥かに小さい。狛犬も手水舎も社務所もなく、神主の気配もない小さな神社だ。社の柱や壁は長年の風雨による痛みが見られるし、頭上の鈴は艶を失くして曇っており、垂れ下がる鈴緒はゴワゴワと毛羽立っている。そして何よりも気になったのは、社の前に無造作に置き去りにされたもの。古びた本や小さな巾着袋、右腕に汚れのあるクマのぬいぐるみ、割れて欠けた手鏡。誰かが不用品を置いていったのだろうか。罰当たりだと憤りを覚えるとともに、この小さな神社の謂れを思い出す。
『失くした物が見つかる神社?』
『そう。小さい神社なんだけど、お願いすると失くしたものが見つかるんだって。あ、興味ないって顔してる。じゃあもう一つ。その神社にはね、失くされた物の方が集まるらしいよ』
『物の方? ……物って、物? なんか余計に胡散臭くなってない? それ都合よくゴミ置かれてるだけでしょ』
『もう少し食い付いてくれてもよくない? 面白くないなー』
クラスの女子たちのコロコロと転換していく話題の中に、その噂は埋もれていた。
出来る限り具体的に思い浮かべながら鈴を鳴らす。古びた見た目とは裏腹に、その音はガラガラとよく響いた。
「ネックレス! お婆ちゃんから貰ったラピスラズリのネックレスを探してます! お願いします、見つかってください!」
パンと勢いよく手を合わせ、ネックレス、ネックレスと早口言葉のように繰り返す。その様はまるで流れ星に願い事をしているかのようだ。ぎゅっと瞳を閉じて手を擦り合わせ、何度目になるか分からない「ネックレス」を唱えた。
「おやおや。これはまた随分と元気のいいお嬢さんだ」
「ネックレ、すぅわぁぁぁ!」
突如背後から被せられた声に瑠璃はびくりと肩を跳ね上げる。夢中になっていたため気付かなかったが、いつの間にやら自分の後ろには着物の男が立っていた。もしかしたらこの神社の関係者なのだろうか。瑠璃よりは年上だがまだ若そうな男だ。眼鏡のレンズが反射しているのか、金にも見える茶色の瞳が印象的だった。クスクスと笑うその人には、熱心に拝む瑠璃の姿が滑稽に映ったのかもしれない。一人声を張り上げて、ひたすら同じ言葉を繰り返す様子を客観的に思い浮かべてみれば、成程不審者である。自覚した瞬間、瑠璃の顔には熱が集まった。
「えーと、いや、これはですね」
不審者認定を払拭すべく言葉を探すが咄嗟に適切なものは浮かばない。しかし男はしどろもどろになる瑠璃を気にする素振りも見せず、その横を通り過ぎて社の前に置かれた古びた品々を拾い始めた。予想に反して大した興味を向けられることはなく、不審者の称号を得ずに済みそうだと彼女は安堵する。しかしそうなれば今度は男の行動を気にする余裕も生まれてくるものだ。
「何してるんですか?」
「連れて帰るのさ。彼らは皆、縁を見失った迷い子だからね。さぁお嬢さんも着いてくるといい。ネックレスを探しているのだろう?」
「え? お兄さん、私のネックレス知ってるの!?」
「さぁて、それはお嬢さん次第だ」
拾った品を抱えた男がクルリと顔だけ振り返る。その口元には三日月を描き、楽し気な瞳が瑠璃を捉えていた。その笑みが少々胡散臭いというのが正直な所だが、このまま神頼みをしているよりは余程有意義だろう。着いてこいと声を掛けたくせに、さっさと先を行く男を慌てて追いかけた。
「あれ? こんな道あったっけ?」
男が向かう先は社の横を抜けるように伸びる細い道だった。傍らには金木犀が植えられていて、オレンジ色の小ぶりで愛らしい花が甘い香りを放っている。時折風の悪戯でその花を散らしているが、散った花すら敷かれた玉砂利を鮮やかに染め、まだまだ見る者を楽しませるだろう。それは見逃しようがない存在感だった。それでも視界に入った記憶はないのだから、余程ご利益に気を取られていたのかもしれない。瑠璃が改めて視界に収めたその道は、とても美しかった。
「ところでお兄さん。いきなり声掛けてきて滅茶苦茶怪しいけど、着いていって大丈夫なんですか?」
ふと浮かんだ疑問を口に出す。ついネックレスという言葉に釣られて素直に追いかけているが、目の前の男は見知らぬ人間だ。安易に神社の関係者なのだろうと思ったまま確認はしていない。
「おや、質問がストレートだ。だが普通そういう事を気にするなら、もっと早い段階にすべきだろうに」
「え? えーと、ほらここ神社だし? 悪い事なんてできないでしょう、たぶん」
正論すぎる男からの指摘に瑠璃は気まずそうに目を泳がせた。自身の警戒心のなさは友人からもお墨付きを貰っていて、常日頃から知らない人には着いていくなと同級生相手とは思えぬ言動を受け取っている。そんなことはしないと毎回反論しているが、現状を振り返ると、おや、と首が傾く。
「いやいや、私だってちゃんと考えてるし」
ジャリジャリと小気味の良い音を鳴らす玉砂利と、背を押すように抜けていく風が歩みを軽くする。大きく息を吸い込めばふわりと甘い香りに包まれ気分が凪いだ。悪いことなど起きるはずもないと確信できた。
「私は少しお嬢さんの頭が心配になったが――、まぁいいか」
けれど気分を害しても仕方のない問いを気にすることなく、男はクツリと笑いを噛み締めていた。
その男の足が不意に止まる。後ろを歩く瑠璃の足も当然止まる。どうしたのだろうと不思議に思いながらその背を眺めていれば、ジャリと玉砂利を鳴らしながら男が振り返った。
「私は
いつの間にか金木犀の香る小道は途切れ、その先に一軒の建物が見えていた。
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