令嬢と作戦会議 2
病についてそう結論付けたアルマニアは、続いて二つめとなるリッツェーナ王国について考えを巡らせた。
リッツェリーナ王国は、魔石を用いた科学技術の発展が目覚ましい国だ。シェルモニカ帝国で利用されている科学技術のほとんどはこの国が開発したもので、帝国は技術の利用料として、毎年決して安くはない金額をリッツェリーナに支払っている。
(利用料が高すぎると思っている帝国側と、安すぎると思っている王国側とで、定期的にちょっとした論争が起きるのよね……。さすがに戦争にまで発展したことはないけれど、それは所詮、これまでは帝国と王国の戦力が拮抗していたからに過ぎないわ。帝国が伝説の聖獣を味方につけた今、果たして王国側は互角に渡り合うことができるのかしら……)
実際、王国側もアルマニアと同様のことを考えたのか、聖獣が姿を現したあの日を境に、リッツェリーナでは軍事方面の技術開発が著しく活発になったらしい。ただひとつ気になるのは、リッツェリーナが軍事部門の技術開発に注力し始めたの自体は、もっと前である点だ。
(ヴィレクセストの資料によると、五年ほど前から、リッツェリーナは技術開発の比重を軍事関係に傾け始めている。表沙汰にならないように秘密裏に設備投資などをしていたみたいだけれど、どうして……? ……いえ、どうしても何も、隠れて軍事増強を図るだなんて、他国との戦争を想定しているとしか思えないわ。けれど、三国の戦力バランスは拮抗しているから容易に手が出しにくい上、たとえ戦争に勝利したとしても、戦争によって疲弊したところを残りの一国に狙われるだけ。だからこそ、ここ数百年は戦争らしい戦争が起こらなかったのだもの)
と、そこまで考えたところで、アルマニアははたと思いついて、資料の山に手を伸ばした。そして、リッツェリーナ王国における魔石採取に関して書かれた資料を引っ張り出す。
「……多分、これが理由だわ」
資料に目を落とした彼女は、そう呟いた。
アルマニアの手にある資料には、リッツェリーナの魔石に関する情報が纏めてある。採掘場の様子や、採掘技術の変化をはじめ、魔石の用途や年間使用量など、記載の内容は様々だが、その中でもアルマニアが目をつけたのは、数百年に渡る魔石の採掘量の変遷についてだ。
(十二年ほど前から、魔石の採掘量が少しずつ減っている。それに、こっちの資料にある採掘場の写真を見る限り、魔石鉱山の様子は最悪だわ。一体どれだけ掘り込んだのか判らないほどに深く広く掘ったせいで、底が見えないじゃない。そのせいか、採掘場での事故も増えているみたいだし……。でも、そんな状況だというのに、科学技術が進化を続ける影響で、魔石の年間使用量は増すばかり。そして、この資料の数字を信じるのであれば……、)
およそ五年前に、年間の魔石の採掘量を使用量が僅かに上回った。恐らくは、これが答えだろう。
(自国の鉱山ではもう魔石を十分に確保することができないから、他国の鉱山を狙っているんだわ……!)
そう考えると、狙いはシェルモニカ帝国ではなくザクスハウル国である可能性が高い。魔法と併用して科学技術も用いている帝国とは違い、ザクスハウルは魔法一色の国だ。故に、あの国の人々は、国内に存在する魔石鉱山には一切手をつけていない。
(侵略の意図を悟られたらまずいから秘密裏に戦力を増強していたけれど、聖獣の出現で国家防衛のためという大義名分を得たことにより、大々的に軍事開発を始めたのね)
こうなってくると、軍事増強が加速するリッツェリーナ王国と聖獣を有するシェルモニカ帝国が二強となり、残るザクスハウル国が相対的に弱体化することで、現状の三竦みが崩壊する可能性が危惧される。だが、
(ザクスハウルはザクスハウルで、様子が変なのよね……)
ザクスハウル国と言えば、三国の中で唯一王政を敷いていない国で、国民全員が大なり小なり魔法を扱える魔法国家だ。魔法こそが至上とするお国柄な分、魔石による科学技術は一切と言っていいほどに受け入れられていないが、それがなくとも残りの二国に劣らぬ生活水準を保てるほどに、この国の魔法は汎用性が高く強力である。
(シェルモニカ帝国にも魔法師はいるけれど、ザクスハウルのそれと比べたらおままごとみたいなものだわ。……とはいえ、残りの二国の状況を考えると、このままではいくらザクスハウルの魔法が優れていても、近い未来で他の二国に後れを取ることになる。……でも、)
資料の山の中からとある紙の束を探し出したアルマニアが、手にしたそれに目を落とす。
(……帝国を襲ったあの秘術があれば、もしかすると最大の脅威になるのかもしれない)
胸中で呟いたアルマニアが、資料の文字列を指でなぞった。そこには、ザクスハウル国の情報の中でも一際重要なものが書かれている。
(秘術の詳細は不明だが、少なくとも人を魔物へと変貌させるものであることだけは確かで、調べた限りでは、解呪の方法は未だに開発されていない、ね……)
改めて資料の文字を目で追いながら、アルマニアは複雑そうな顔をした。
本当にこの情報が正しいなら、今のところこの秘術を解呪できるのは、聖獣だけだということになる。
(……でも、本当にそんなことがあり得るのかしら? 普通は、毒を開発したならば解毒薬も用意するものだと思うのだけれど。だって、交渉とはそういうものだわ)
そう思ったところで、アルマニアは己の凝り固まった考えを解すように、ふるふると頭を振った。
固定観念に囚われては駄目だ。定石に当てはめて推測するのは有効な手段ではあるが、それは飽くまでも十分な情報が揃っている場合の話である。つまり現時点では、この件に関して正解に近い推測をすることはできない。
というのも、他の二国と比べると、ザクスハウル国に関する情報は著しく少ないのだ。
しかし、それだけ情報が限られているというのに、全ての情報の中でアルマニアが最も気になったのは、この国のものだった。
ザクスハウルでは、二年ほど前から突然刑罰が厳しくなり、些細な罪でも監獄へと連れていかれることが増えたようなのだ。その上、更生の意思がないとみなされると、いつまでも牢に閉じ込められたまま解放されないらしい。
あまりにも非人道的な仕打ちだとアルマニアは思うが、ザクスハウルという国の特殊性を鑑みれば、ない話ではない。
あの国では王がいない代わりに、八賢人と呼ばれる八人の魔法師が国を治めている。その統治体制は王政とは大きく異なっており、残りの二国が皇帝や王と中心とした数百人から成る議会によって国の方針を定めているのに対し、ザクスハウルでは八賢人のみで構成される議会の方針が全てなのだ。たった八人によって国の方向性が決められているからこそ、八人の意思が同じ方向に向きさえすれば、傍目から見れば有り得ないような事柄でも国全体の方針として決定されてしまう。
その決定に逆らおうにも、八賢人が持つ魔法の力は非常に強大であり、それに加えて優秀な魔法師の多くが属している、ザクスハウルの軍であると同時に八賢人直属の部隊でもある魔法師団までも敵に回すことを考えると、とてもではないが踏ん切りがつかないだろう。
(……確かに、ザクスハウルの統治体制は、そのときの賢人次第では国家の腐敗に繋がるわ。けれど、これまでこの体制のせいであの国が崩れたことはなかった。それは、長い歴史を紐解いても、賢人たちがそんな愚かな選択をするようなことがなかったからのはず)
それが、どうしてこんなにもあからさまな愚策を講じているのだろうか。
何かしらの理由か、もしくは原因がある筈だ。だが、資料にはそれに関する話はなく、またアルマニアも、どんなに手元の情報を繋げて考えてみても、答えを見出すことはできなかった。
(監獄にはかなり強力な魔法がかかっており、中に侵入して探りを入れるのは至難の業、という記載があるけれど、逆に言うと、そこまでする何かがあるってことよね)
重罪人がいる監獄ならば、厳重な警備体制が敷かれていても驚かないが、資料には国にあるすべての監獄で同様の措置が取られているとある。添付されていた、収監されている人物と罪状のリストを見たが、重罪人と呼べるような犯罪者は全て、首都にある国内最大の監獄に入れられていたから、全ての監獄で同等の厳しい警備がされている理由にはならないだろう。そして当然ながら、突然刑罰を厳重化した理由はもっと見当がつかない。
(……そう。他の二国と違って、ザクスハウルだけ異常なくらい、国の変化が生じている理由も意味も判らないのよ)
だからこそ、アルマニアは強い引っ掛かりを覚えたのだ。
(そもそも、他の二国の情報はあんなにも詳細だったのに、あの国だけここまで情報不足なのもおかしな話だわ。秘術ひとつ取ったって、どうして開発しようとしたのかは不明だし、いつから開発されているのかも不明。どうやって開発したのかも不明なら、どんな機構の魔法なのかも不明で、それを使って何をしようとしているのかも不明。それどころか、どうしてシェルモニカ帝国に秘術を仕掛けてきたのかすら、未だに判らないまま)
あのとき襲撃を受けた帝国も、今後のザクスハウルの動きを予測するために色々と調査をしたのだが、成果と言えるような情報は集まらなかった。そして、ヴィレクセストの資料の中にも、これといったものは見られない。
やはり明らかに、情報不足だ。だが、だからこそこの問題は無視できない、とアルマニアは思う。
情報が少ないということは、それだけ情報統制がされている可能性を示唆する。つまり、それほどまでに重要な何かが隠されているかもしれないのだ。
仮にヴィレクセストが、全ての国で同じような基準を持って調査をしたのだとしたら、その基準内であそこまでの情報が集まった二国に対し、ザクスハウルではほとんど情報が手に入らなかったということになる。
(……まずは、ヴィレクセストに情報収集の手段や、各国における収集方法や収集に費やした時間等の差違を訊く。その上で必要だと判断されたら、この“八賢人の決定に不満を持つ者が秘密裏に集まって結成した、レジスタンスなる組織があるという噂がある”という記述について、より詳しく調べて貰いましょう)
そうやってアルマニアがおおよその方針を定めたところで、まるでそれを待っていたかのように、執務室の扉が叩かれた。
「……どうぞ」
あまりのタイミングの良さにどことなく不愉快な気持ちになったアルマニアだったが、拒否する理由はないので入室を許可する言葉を告げる。そうすれば、この三日ですっかり見慣れた顔が、紅茶とお茶菓子を乗せたワゴンを押して入ってきた。
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