令嬢と最強種 2
結局流されるようにして食事を済ませたアルマニアは、やはりいいように言いくるめられてシャワーを浴びに浴室へと足を踏み入れた。公爵家のそれと比べれば狭く質素な浴室だったが、しかしあのベッドがそうだったように、シャンプーやボディソープなどの備品だけは何故か一級品だった。
正直アルマニアは、浴室にいる間に男が突然入って来るのではないかと気が気ではなかったのだが、そんな彼女の心配に反し、男がそのような行動に出ることはなかった。
そうして身体を綺麗に清めた彼女は、落ち着いた深い青色のドレスに袖を通し、男が待っているリビングへと帰ってきた。ちなみにドレスは男が用意したものだったのだが、何故かサイズがぴったりで、アルマニアは盛大に顔を顰めた。
「お、戻ってきたか。ああ、浴室狭かっただろ。というか、この家自体が狭いよな。仮住まいの予定だから、最低限生活ができりゃあ良いと思って小さめの家にしたんだが、でかい屋敷とかにしといた方があんたには良かったかな」
でもそうすると掃除が面倒なんだよな、などと言った男を無視して、アルマニアは早速本題に入ることにした。この男のお喋りに付き合っていては、訊きたいとこも訊けずにはぐらかされてしまいそうだと思ったのだ。
「さあ、言われた通り食事をして入浴も済ませたわ。今度は、貴方が私の質問に答える番よ。国を追われ、身分すらも失った女をこんなところに連れてきて、何が目的なの?」
真っ直ぐに男を見つめてそう言った彼女に、男は一度だけ瞬きをしたあとで、にこりと笑った。
「さっき言った通り、俺の目的は、大きく分けて二つだ。一つ目は、お前を嫁に迎えること。二つ目は、お前を王にすること」
「…………は?」
思わず呆けた声を出してしまったアルマニアは、困惑のままに男を見つめた。だが、男の表情にアルマニアを揶揄うような色は見られない。少なくともアルマニアには、どこまでも真摯な顔をしているように見えた。
「……一つ目に関しては、まあ、この際置いておきましょう。どこまで本気かも判ったものではないし」
「酷いこと言うなぁ。俺はちゃんと本気なのに」
「問題は二つ目よ」
拗ねたような男の声を無視して、アルマニアが言葉を続ける。
「誰を、何にするですって?」
「お前を、王に」
僅かな遅れもなくさらりと言われたそれに、アルマニアは今度こそ大きく顔を顰めた。
「冗談でも笑えないわ」
つい先日次期皇帝によって身分をはく奪された女に言う台詞ではない。いや、そもそも仮にアルマニアがまだ公爵令嬢の身分だったとしても、彼女に皇位継承権はないのだ。
だが男は、やはり真剣そのものの顔で口を開く。
「冗談じゃねぇよ、俺は本気だ」
お前こそが王に相応しい、と。まるでそう確信しているかのような表情をして、彼が言う。その真っ直ぐな眼差しがあまりに眩しいような気がして、アルマニアは自分の手元へとそっと視線を落とした。
「……貴方の真意が判らない以上、その言葉を鵜呑みにする訳にはいかないわ。…………けれど、仮にそれが本心だったとしても、無理よ。私は皇帝にはなれない。元々私には皇位継承権がないし、今となってはあの国の国民ですらないのだもの。国籍を持たぬ浮民の身で皇位を得ることなんて、」
「おいおい、勘違いして貰っちゃ困るぜ公爵令嬢」
アルマニアの言葉を遮って言った男は、大袈裟に肩を竦めてから、にやりと笑った。
「俺があんたに求めてるのは、たかだか一国ごときの王じゃねぇ。この世界に存在する三つの国を統べて世界の頂点に立つ、唯一無二の王だ」
僅かな揺らぎすらない声で、男が言った。それに呆気に取られたような顔をしたアルマニアは、暫し呆けたあとで、思わず叫ぶ。
「ば、馬鹿じゃないの!? 貴方、三大国の人口や軍事力を判って言っているの!? できっこないに決まっているでしょう! それとも貴方が一千万を超える兵を従えているとでも!?」
「いいや、今んとこ味方は俺とあんただけだな」
「ますますできる訳ないじゃ、」
「できるさ」
アルマニアの言葉を遮って、男がそう言った。
「……できないわ」
「いいや、できる」
「…………何を根拠に……」
目の前の彼があまりにはっきりと断言するものだから、アルマニアは思わずそう呟いた。そしてそれを聞いた男は、自信に満ち溢れた顔で口を開いた。
「俺がいる。だから、あんたの進む道を阻める奴なんて存在しない」
なんでもないことのようにそう言って、アルマニアを映す空の瞳が柔らかく細められた。
「俺の役目はな、この世界を統一する王を誕生させることだ。そのために、俺はこの世界に来た。……だけど、別にあんたがあの国のことなんてどうでも良いって言うなら、それでも良いんだ。そのときは、王だのなんだのは忘れて、ただあんたと一緒に面白おかしく暮らせたら良いと思ってる。そんで、あんたが婆さんになって穏やかな眠りについたら、それからまた、新しい王の卵を探せばいい。……でも、あんたはそうは思わないだろ?」
男の目が、見透かすようにアルマニアを見つめる。あまりに深く澄んだその青に、アルマニアはまるで吸い込まれてしまいそうだと思った。
「俺は、あんたが生まれてからずっと、あんたを見つめてきた。国を導く皇帝の隣で共に歩むため、民を慈しみ守る国母となるため、常に努力を惜しまなかったあんたを、この目で見てきた。それが公爵家に生まれ、次代の皇后として定められた者の義務なのだと、僅かに手を抜くこともなく研鑽をし続けたあんたを、俺は知っている」
低く優しく、そして甘やかなその声が、慈しむようにアルマニアの耳を撫でる。
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