令嬢と最強種 1
鼻を擽った食欲をそそる香りに、アルマニアはベッドの中でぱちりと目を開けた。そして、視界に映った見慣れない天井に数度瞬きをしてから、はっとして身体を起こす。
(馬鹿皇太子に婚約破棄だの国外追放だの言われたかと思ったら、変な男に言い寄られて、そうしたら男が竜になって、私はそれに捕まって……、……そこから記憶がないわ。……きっと気を失ったのね)
急速に回り始めた頭が覚えている限りの記憶を辿り、アルマニアは自身が身体を置いているベッドを見下ろした。
狭くて質素な部屋には不釣り合いな、高級なベッドだ。大きさこそ一般階級が利用するようなシングルサイズではあるものの、備えられている寝具一式は、公爵令嬢であるアルマニアがこれまで使っていたものに勝るとも劣らない品だろう。
肌触りの良いシーツをするりと撫でてから、アルマニアは改めて顔を上げて、部屋の内装に目をやった。
床を覆う絨毯は光沢が美しいビロードで、ベッドの傍には小物を置くための小さな机が設置されている。どちらも見た目は派手ではないが、かなり上質な品である。そして壁には、シンプルながらも大きそうなクローゼットが備え付けられいた。
やはり部屋そのものの規模と備品が釣り合わない気がする、とアルマニアが思ったところで、何の前触れもなく部屋の扉が開いた。
「お! お目覚めか、公爵令嬢」
そう言いながらにこやかな笑顔で部屋に入って来たのは、アルマニアを攫ったあの男だった。
「…………淑女がいる部屋にノックもなしに入るなんて、失礼だとは思わないの?」
そう言って男を睨み上げたアルマニアに、彼は数度瞬きをしたあとで、何故だか嬉しそうにはにかんだ。
「俺のあの姿を見て、それでも怯まないか。さすがは俺の惚れたご令嬢だ」
「寝言は寝て言いなさい。私と貴方は初対面よ。貴方だってそう言っていたでしょう?」
だから惚れるも何もないだろう、と暗に言ったアルマニアに、男はいいやと返した。
「確かに初対面ではあるが、俺は一方的にあんたを知ってたし、ずっとあんたを見ていたよ。それこそ、あんたがこの世界に生まれ落ちた瞬間からな」
愛しいものを見つめるような甘やかな瞳が、アルマニアを捉えてそう言う。そんな男に、アルマニアは思わずぞっとして顔を顰めた。
「……貴方、ストーカー?」
「はははは! いやぁ言われるとは思ったけどな! うーんなんだろうな。ずっとあんたのことを見てたのは事実だし、ある意味ストーカーみてぇなもんなのかね」
「……それじゃあ、そのストーカー行為の末に、私を攫って監禁なり軟禁なりしようということなのかしら」
警戒を解かずにそう言ったアルマニアに対し、男はいやいやと首を横に振る。
「監禁も軟禁もしねぇよ。別にあんたを閉じ込めたくて攫ったわけじゃないし、そもそもあんたがあのまま皇后になるんだったら、こうして直接会ったりもしないつもりだった」
男の言葉に、アルマニアはますます訝し気な顔をした。
「…………一体何が目的なの?」
まだるっこしい質問はやめにして単刀直入に尋ねたアルマニアに、男がにっこりと微笑む。
「そうだな。俺の目的は、本質的には一つで、大きく分けると二つあるんだが……」
と、そこで男が言葉を切ると同時に、アルマニアの腹が、きゅううという可愛らしい音を部屋に響かせた。ぶわっと赤くなって咄嗟に腹を押さえたアルマニアに、一拍置いてから、男が噴き出す。
「そ、そりゃそうだ、あ、あんた、丸一日、ね、寝てたんだから、げほっ!」
ひーひーと笑いながらそう言った男は、最後の方でとうとう咳込んだ。アルマニアがそんな彼を睨みつければ、悪かったよ、と言った男がアルマニアに向かって手を差し出す。
「色々と訊きたいこともあるだろうし、シャワーの一つも浴びたいところだろうが、ひとまずは倒れる前に食事にしようぜ、公爵令嬢」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます