第5話 友人と夕食

『治安が悪い話は置いておくとして……、とにかく、その殺人鬼については少し話をしておいた方が良いと思うんだ。とはいえ、おれもついさっき聞いたばかりの話なのだけれどな』


 そう前置きして、高徳は話を始めた。

 この大学がある街、美澄地区に突如現れた殺人鬼。

 その名前は『レディ・ジャック』。ジャックというのは、イギリスで大量殺人を繰り広げた、切り裂きジャックから来ていると言われている。

 彼女の殺害した人間は、不特定多数。ターゲットが決まっていない。金持ちの学生だろうが、貧困にあえぐホームレスだろうが、お構いなしだった。

 殺害手段は、ナイフを用いたものとされるもので、人体を切り裂く手法が用いられている。

 つまり、バラバラ死体が殆どだ。

 そうして、いつも必ず血文字でレディ・ジャックとサインがされている。

 ただし、指で描いたものではなく、筆か何かで描かれている様子だった。

 犯罪心理学を専門とする学者曰く、この犯罪者には自己顕示欲が強い――とのことだ。

 自己顕示欲が強いから、殺人を犯して、自分のすごさをアピールしているのだとか。

 ……にしても。


「レディ・ジャック、というのは安直なネーミングだと思うけれど、その辺りどうなんだろうな? もしかして、名前を考える時間がなかったとか」

『……言いたいことは分かるが、殺人鬼にそんなことを考える余裕があると思うか? それと、お前、忘れていないだろうな。この殺人鬼に、瑞希ちゃんが殺されているんだぞ』


 知っているよ。

 分かっているとも。

 だからこそ、敢えて話題を逸らしているんだろうが。

 ……そうしないと、感情が爆発してしまいそうな気がしたから。


「……取り敢えず、その殺人鬼について詳しく知りたい。今、会えるか?」


 ぼくは、高徳と会うことを提案した。


『……おれは別に構わないけれど。それじゃ、お前の家で会おう。三十分後で良いか?』

「了解」


 ぼくは短くそう言うと、通話を切った。



  ◇◇◇



 高徳がぼくの家にやって来たのは、時刻通りそれから三十分後のことだった。

 時間管理がちゃんとしているのは流石だと思うけれど……、ところでその両手に持っているビニール袋は?


「お前のことだ。何も食べていないんじゃないか、と思って適当に買ってきたよ。あー……別に金銭は要求しないから遠慮なく食え」


 そう言ってテーブルに袋を置くと、そこから物を出していった。

 コンビニ弁当が二つ、カップラーメン、カップスープ、カレーメシ、インゼリー、エナジードリンク、麦茶、カルピス、チョコレート、カラムーチョ、ブドウ糖、プリン、クーリッシュ、ベビースター、あんパン、牛乳……。

 あれよあれよと物を出していき、あっという間にぼくの家のテーブルに載りきらないぐらいの食べ物が並べられていた。最終的な値段については、あまり考えたくはない。


「……こんなに買い物をしたって、食べきれないだろう。それぐらい、分かっていたのでは?」

「余ったら、取っておけば良いだろ。別におれだって、一度で食べきれる量だとは思っていないさ。コンビニ弁当だけで十分だろ?」


 まあ、出来ればプリンも食べておきたいかな。あと、サラダとフルーツも所望する。


「意外とまだ落ち込んでいないようで何よりだよ。……それはそれとして、取り敢えず先に飯を食べることにしようぜ。お前の知りたい話があるのは当然分かっているが、それを話した後だと、絶対に飯は食えないだろうからな」


 そう言われてしまったので、ぼくは一先ず夕食を食べることとした。

 買ってもらったハンバーグ弁当をレンジで温めて、一口ご飯を食べる。

 温かい。いつもより美味しく感じた……。気のせいかもしれないけれど、やっぱり二人でご飯を食べるのも悪くないのかもしれない。

 或いは、今回限りの感情かもしれないのだけれど。


「……ふう、旨かったか旨くなかったかといわれると普通だよな」


 ハンバーグ弁当を平らげると、高徳はそう言った。


「そうかな?」

「コンビニのご飯って、何を食べてもコンビニの味がするんだよな。フライドポテトを食べても、弁当を食べても、うどんを食べても、冷凍食品を食べても……、結局はコンビニの味なんだよ。何だろうな、保存料の味でもするのかね?」


 確か保存料を大量に使っているから、コンビニ弁当は腐らない――そんな話を聞いたことがあるけれど、あれって都市伝説なのかね。


「都市伝説だろうな。というか、そうであって欲しいものだよ。……ただ、おれから言わせれば別にどうでも良いけれどな、それぐらい。人間生きているうちにどれぐらいコンビニのお世話になると思っているんだ。逆に全くお世話にならない人間なんて、きっと居ないと思うぜ」

 

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