花いちもんめ 2

 そんな子供たちを見送ってから、椿は改めて河原に残っている子供たちを見て、にこりと笑った。

「それで、何をして遊ぶ? あ、鬼ごっことかかくれんぼとか、遠くに行くようなものはだめだよ」

「うん、わかってるよ! それに、もうやりたいあそびは決まってるの! ね、みんな!」

 一人の子がそう言うと、残りの子供たちもこくこくと頷いた。

「何をするの?」

「花いちもんめだよ!」

 一人の子がそう言うや否や、子供たちは椿の返事を待たずに、わらわらと半分に分かれて向かい合った。その流れに呑まれるようにして、片方の組の真ん中に組み込まれた椿は、子供たちの素早い動きに戸惑いつつも、二日前のことを思い出していた。

 椿が花いちもんめという遊びを知ったのは、つい一昨日のことだった。なにせ椿は子供の遊びに疎いので、花いちもんめの名前すら聞いたことがなかったのだが、子供たちはそんな椿に驚きながらも、実践を交えて丁寧に教えてくれたのだ。

 まず二手に分かれて向かい合い、最初の勝敗をじゃんけんで決める。そうしたら、勝った方が花いちもんめの歌を歌いながら前へ進んで、負けた方は後ろに下がる。歌い終わったら、次に負けた方が歌いながら前へ進み、勝った方は後ろに下がる。そこまでが終わると、それぞれの組で相手側から誰を貰うのかを相談して決めて、貰いたい相手を互いに宣言し合い、その子同士がじゃんけんをして、負けた方が相手の組に引き入れられるのだ。それを繰り返して、どちらか片方が全員いなくなった時点で終了、という単純な遊びである。

(改めて思い返しても、変わった遊びだなぁ……。まぁ、皆が散らばらないから丁度良いか……)

 そんなことを考えているうちに両側から手を握られたので、椿も小さな手を優しく握り返した。

「かーってうれしい花いちもんめ!」

「まけーてくやしい花いちもんめ!」

 子供特有の高い声で遊びが始まり、笑い声と共に進んでいく。そうやって暫くは、双方勝ったり負けたりを繰り返し、互いに子供の奪い合いをしながらも、そこまで大きな差がつくことなく時は過ぎていった。

 だが、そんなことを十回ほど繰り返したあたりで、不運にも椿がいる組が立て続けにじゃんけんに負けはじめ、あれよあれよという間に、残ったのは椿ただ一人になってしまった。

「あとはお兄ちゃんだけー!」

「さいごさいごっ」

「あはは、そうなっちゃったねぇ」

 きゃあきゃあとはしゃぐ子供たちに小さく笑ってから、椿はちらりと空に目を向けた。

 日はさらに傾いて、西の空が赤く染まり始めている。夕方と呼ぶにはまだ早いが、もうぼちぼち夕方と呼ぶにふさわしい時間帯に入る頃合いだ。

(あとは僕だけか……。これで僕が負けて取られたら、丁度良く終われるんだけど)

 そうは思うものの、勝敗を決めるのは運任せのじゃんけんなので、わざと負けることは難しい。だが、ここで勝ってしまったからといって、さすがにこれ以上遊びを続ける訳にはいかないだろう。太陽の位置からも判ることだが、そろそろ潮時である。

(できればちゃんと決着をつけて終わりたいけどな。その方が皆、納得しやすいだろうし)

 さすがにもう帰宅を譲る気はないが、駄々を捏ねられたら連れて帰るのに手間取りそうだな、などと椿が考えていると、じゃあいくよ、と言った子供たちが横一列にきちんと並んだ。それなりの人数を相手にただ一人向き合うのは、なんとなく奇妙な心地だ。

「かーってうれしい花いちもんめ!」

「負けーて悔しい花いちもんめ」

 そう歌いつつ、悔しくはないからできれば負けたいな、などと椿は胸の内で呟いた。

「あーの子ーがほしい!」

「あーの子ーじゃ判らん」

「こーの子ーがほしい!」

「こーの子ーじゃ判らん」

「相談しよう!」

「そうしよう」

 歌い終わると同時に、わっと子供たちが円を作る。より取り見取りの椿はともかく、子供たちが選ぶ相手は椿しかいないので、別に相談も何もなく、丸くなる必要もないのだが、こういうものは形式が大事だということなのだろう。

 微笑ましさに少し笑いつつ、椿も誰を選ぶか考える。少しばかり迷ってから、この中でまとめ役のような立場にいるあの子で良いか、と対象の子に目を向けた。どちらにせよこれで終わりなのだし、誰を選ぼうと関係ない。

「決ーまった」

 椿がそう言うのと殆ど同時に、子供たちも声を揃えて宣言する。

「決ーまった!」

 元の通り一列に並び直した子供たちが、にっこりと椿に笑って見せた。

 こうも喜んでもらえるのなら、少しばかり延長して遊んで良かったかな、と椿が思ったところで、丁度椿が選ぶ予定の子が代表で一歩前に出た。そしてその口が、椿を呼ぶために開かれる。

「お兄ちゃんが――」




「椿くんが欲しいな」




 とん、と肩に置かれた手と、耳元に落とされた声に、椿は反射的に背後を振り仰いだ。

 そうして見上げた先にあったのは、大層美しい顔だった。月光を掻き集めて織り上げたような髪と、雄大にもどこか優しい海のような瞳に、降り積もった朝の銀雪のような白い肌。どれもが完璧なものであるかのように構成されたそれらは、今は赤々とした日に照らされて、不思議な色合いに輝いているようだった。

 朧さん、と椿が彼の名を呼ぼうとする前に、涼やかな口元が眼前で開かれ、



「じゃん、けん、」


 ぽん。



(え?)

 と、驚いた椿は、しかし目の前に差し出された手と向けられた言葉を受けて、何を考える前に咄嗟に手を出していた。

 その手は握られていて、対する朧の手は五指が開かれている。

 朧の勝ちだ。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、椿は自分の手と朧の手を交互に見る。唐突なことに、頭が全くついていけなかった。

「私の勝ち。椿くん、もーらった」

 そんな椿に朧は微笑み、それじゃあ帰ろうか、と椿の手を握った。呆けた顔の椿はそこでようやく我に返り、慌てて口を開く。

「え、あの、朧さん、どうされたのですか? どうしてここに?」

「君を迎えに来たんだ。もう皆、とっくに家に帰ってきているんだよ、椿くん」

「え、いえ、今、皆と、」

 そこで子供たちの方へと向き直った椿は、大きく目を見開いた。

 先ほどまで確かに一緒に遊んでいた子供たちの姿が、どこにもない。きょろきょろと辺りを見回せど、河原にいるのは自分と朧だけだ。

 一体どうしたことかと思った椿は、いなくなった子供たちの名前を呼ぼうとして、そこで初めて、誰の名も判らないどころか、顔や服装すら思い出せないことに気がついた。

 困惑に暮れる顔で、椿が再び朧を見上げる。赤い目に見つめられた朧は、椿の手を握ったまま、優しく微笑んで椿を見下ろしている。その姿が赤く夕日に照らされていることに遅れて意識が向き、椿は慌てたように今一度辺りを見た。

(あ……)

 川も、地面も、空も。椿と朧を包む世界の全てが、すっかり傾いた西日に染められている。


――夕暮れだ。


 驚いた顔をした椿に、朧が柔らかく笑う。

「さ、一緒に帰ろうか、椿くん」





 二人が身を置かせてもらっている家に戻ると、住人である老人が出てきて、椿を見てああ良かったと目尻を下げた。

「なかなか帰ってこんから、どうしたもんかなァって思っとったけど、ちゃんと帰ってこられて何よりだね」

 安堵したように言ってから、老人は闇の気配が濃くなってきた空へと目を向け、日ィ落ち始めっとあっちゅうまだねぇ、と呟いた。

「ここらは、昔ッからたまぁに神隠しが起きるのよ。日ィ暮れても外で遊んでる子ぉらの中でね、一人だけ帰らんもんが出るっつって。なんに連れてかれッちまうのやら、俺んが小僧っ子の頃にも、近所の兄ィが消えちまったんだよなぁ」


 そん子が見つかってほんとに良かったね、薬師先生。

 

 老人はそう言って、歯の抜けた口でにっかりと笑った。

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