おてもとのお作法
押田桧凪
第1話
テーブルマナー個人準決勝。最後の挑戦者は、和食料理研究家 帆宮あげは選手! 今年七月には自身初のレシピ本を出版し、SNS上で話題沸騰。幅広い年齢層から支持を集めている若手の選手です。そして、実況解説は JTC(日本テーブルマナー推進委員会)広報担当であり、自称美食家の
今回のお題はピザ。本大会のスポンサーでもある国内大手宅配ピザチェーン店提供のマルゲリータとの対戦です。
箸 vs. ピザ
「日本の文化と和食研究家としての威信をかけた勝負でもありますね」
「ええ。うわぁ、美味しそうですね。したたるチーズがどろり。熟したトマトの甘みとバジルの香り……おっと、失礼しました。本競技での評価は『食べ方』ということで。ピザ用カッターがない今、帆宮選手は、Mサイズのマルゲリータを箸を使ってどのように食べるのでしょうか。制限時間15分間、いまスタートです!」
「さあ、いよいよ始まりました」
「戦いの火蓋──いや、これは石窯より出でし未知との遭遇! ピザというお題は本大会初とのことですが、飯田さん。この状況、どのようにお考えになりますか?」
「えー、やはり二年前から洋食部門と和食部門が統合されたということで、近年難化の傾向にあります。帆宮選手は、ふだん和食を専門にしていると言うこともあって、今回はかなり厳しい戦いになるのではないでしょうか」
「最初の関門は、カリカリしたピザのふちと絡みついたチーズ。いかにして未開の生地に踏み入れるのかが勝利の鍵を握っています。おっと、ここで帆宮選手! 箸を一本ずつ片手に持ち、続いて中心から線を引くように、生地の表面に箸をめり込ませ、切っていく! これは、箸を使って器の底から具を選び出す『ほじり箸』の準用。飯田さん、これはマナーとしては反則ですよね?」
「いえ。実は、公式ガイドブック47ページ4条第2項に記載の『例外規定の適用』では円形で厚さ1センチ以上の料理には、ほじり箸が認められています」
「なんと。いや、これはすごい。頭の回転、そして課題に対する迅速な対応が求められているところはやはり準決勝という感じがしますね。さて、器用に箸を使って8ピースに切り分けた後は、箸に絡みついたチーズを丸めていく作業に入りました。スパゲッティを絡め取るフォークの応用でしょうか。そして、そこから……あれ、これは『刺し箸』ですかね? 待ってください、これは完全に減点対象では?」
「はい、そうです。しかし、減点としては −10 ポイント。先程の8ピースカッティング技術による加点でカバーできると考えての決断でしょう。もう少し、様子を見てみましょう」
「はい」
◇
「ただ今、10分が経過。帆宮、箸を巧みに使って生地を折り曲げていく!」
「巻き寿司か……」
飯田は一言そう呟いて、天を仰いだ。
「と、いいますと?」
「いやあ、あのですね。こんがりと焼き上がったピザの硬さを解きほぐすような。懐柔する箸。ピザのひときれの先端に箸を突き刺し、それを巻いて食べる作戦ですよ。これは」
「はあ。巻き寿司作戦、ということでしょうか。少し、私にはよく分かりませんが、箸のもつ温かみに通じる何か、を感じます」
「そうですそうです! 分かってますねぇ、丹下さん。縁側に寝転んでひなたぼっこをするときのような安心感と、お風呂上がりに新品の毛布に包まれたときのような優しさ。和食のもつ素朴なおいしさを全身で感じるために必要な何か……例えば、そう。お茶漬けの付け合わせに使う梅干しのような、絶対的な存在感をもって、𝓟𝓲𝔃𝔃𝓪 は進化する!」
「おっ、落ち着いてください! 飯田さん」
「うん、これは革命だ。巻き寿司作戦では、そのピザ1枚の味覚を凝縮した結晶。懐中時計に組み込まれた歯車のような噛み合わせ。ハーモニー。マリアージュ。すべてはこの『刺し箸』をもって始まった──」
飯田の解説は止まらない。
「通常、ピザの1ピースを箸で垂直につかんで食べようとすると、ボロボロと上に載った具材を落としてしまいかねないことは想像に難くない。今回のケースで箸は、冬のおでんの巾着を閉じる爪楊枝、もしくはきんぴょうと同等の役目を果たしているといえるでしょう」
「な、なるほど」
◇
箸とピザの鍔迫り合い。この戦いを制したのは、総合203.68ポイント、帆宮あげは! 暫定1位で決勝進出決定です。
なお、来週予定しているテーブルマナー団体戦では「鍋料理」が課題として出される予定であり、本大会から新ルール『つつき箸』が追加────
おてもとのお作法 押田桧凪 @proof
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